運呼
僕は恥ずかしいことをしてしまった。
それは地獄だった。
運を呼び込んだ。
略して運呼だ。
***
いつも通りの朝だった。身支度を済ませ会社に向かう。いつも通りのはずだが、一つだけ違っていた。今朝に限って便意が無かったのである。僕は少しだけ気に掛けていたのだが、会社で済ませれば良いだろう、そう思っていた。
出社しトイレに向かった。別に便意は無かった。それでも便座に座れば自然と出ることもあるものだ。
ところがトイレに篭ったものの全く出る気配は無い。僕は便秘がちな体質でもない。必ず腹の中にはあるはずなのだ。
無意味に時間だけが過ぎ、無情にも出発時間は迫ってくる。
その時ある考えが浮かんだ。
そうか、今日は一日持つ日なのか!
気分を取り直し、さあ出発だ。しかし少しづつ変調をきたす腹。
グー、グギュゥー、グググ。
あ、あれ、おかしいな、、
だがまだ余裕だった。これはきっと屁だ、ブォンといつもの屁が出てスッキリするはずだ。
それでは、、屁を、、、あれ?
やばい、なんかやばい、嫌な予感しかない。奴が居る。そこまで来ている。肛門を閉めたら奴が少し戻って行く感覚があった。
待て待て待て待て。落ち着け。
これから目的地まで1時間半だぞ。
グゥー、グギュー。アイドリング状態だ。エンジンがかかってしまったのだ。無情にも僕の直腸内ではウンコミサイル発射までのカウントダウンが既に始まっていた。
はじめのうちは押し寄せては引く、肛門堤防によっての完全ブロック。
たまに肛門を少し緩めミサイルたちのガス抜きをしてやる。そうして時間稼ぎをするのだが、奴らは単に隙を伺っているだけだった。
おっと! 肛門をキュッと閉める。
危ねえ、まだセーフだ。今日だけは、今日だけは絶対に耐え切ってやる。
いきなりまた閉じ込められたミサイルは機嫌を悪くした。
ドン、ドン、ドン。
肛門ドンだ。奴らが苛立っているのが分かった。
首すじに汗が流れる。
グイ、グイグイグイ!
彼らは本気モードに入ったようだ。
もう寄せては返すとはならず、寄せオンリー一点張りだ。
彼らの掛け声さえ聞こえてきそうだ。
クッ…クゥーッ…
声にならない声が漏れる。
尻肉超引き締めモード。背筋ピーン。意味もなく周りを見回し気を逸らそうとする。
クラッチが…ブレーキが…踏みづらい…クゥゥー…
苦悶の表情を悟られてはならん。
だが脚はプルプルだ。手汗を何度も腿のところに拭い、ハンドルを回す。
なんでこんな意地悪をされなきゃならんのだ。しかも自分に。
やや小康状態が訪れた。
ここで距離を稼いでおかなければいけない。しかし腹は痛い。気は全く抜けないのだ。
しばらく時は過ぎ、少しづつ体力気力が奪われていく、僕は消耗していた。その間奴らは強固な堤防の綻びを見つけていた。
そこに一斉攻撃をかけたのだ。
まっ、待て、ア、アーッ! アーッ!
ブリ…ブニュニュ…
堤防決壊ッ!堤防決壊ッ!
一部の先発隊が体外に出ることに成功したのだ。
ヒク…ヒクヒクヒク…
僕の肛門はそれ以上の被害拡大を瀕死の状態ながら止めた、止めたのだ!
しかし脱出に成功した彼らは尻の形に沿って移動、拡大し、僕の下着を汚したのだ。
なんていうことだ、ここまで頑張ったのに。
クソッ、クソッ、クソォーッ!
ハンドルをぎゅっと握りしめた。
わずかに漂い始めた悪臭。
まずい、これはまずい。
すぐさま窓を開けた。フレッシュエアーが臭気を持ち去ってくれた。ありがとう。
だが僕は負け犬だ、いい大人が便失禁だ、ウンコマンだ。うっ…
腹の状態は、先発隊が出たおかげで少し楽になった。だがまだ奴らはいる。
「どうなんですか?本当にあるんですか?」
「UNKOはあります(泣)」
小保方晴子氏のように自問自答した。
‥‥だが何の意味も無かった。
到着後脱兎の如く便所を目指し、勢いよくドアを開けた瞬間信じられない光景がそこにあった。
個室が全て埋まっていたのである。
こういう時どうするか。
小便器の前に立ち、小便のみ用を済ませるのだ。その時間で個室が開くのを期待するのだ。
今日の僕はウンはあるが運がなかった。
膀胱内の小便、直腸内の大便、どっちも催していたからだ。
その状態に於いて小便器にて小便のみを排出させるのは至難の技。
ゆっくりと筋力を緩める。
あ、小便が…出る…
ブリブリブリ…
あ!は!あぁー!
咄嗟に括約筋に力を入れる。小便も大便も止めた。だがもう限界だ。
も、もう駄目だ…
その瞬間空いた個室に飛び込み慎重かつ素早くパンツを下ろし二穴同時解放した。
安堵の時が訪れたが、解決しなければならない問題はまだある。
‥情け無いッ、情け無いッ。
トイレの水でパンツを洗い、手洗い器ですすいだ。
泣きそうだった。しばらく立ち直れなかった。
取り敢えずノーパンでスボンを履き車に戻り、換えのパンツとズボンに着替えた。
シートには座布団敷いてるので、外しておいた。
振り返ると僕には何の落ち度もないじゃないか。僕の気まぐれな腹が悪いんだ。
…クソゥ。
ポコン
腹を殴った。
そして僕が痛かった。
腹はキュルルル…と僕を嘲笑い、何事もなかったかのようにおとなしくなった。
彼は寡黙だが熱しやすい。そして仕事熱心なのだ。今後彼と良い関係を築けるだろうか。
そして彼の機嫌を損ねずに済む方法はあるのだろうか?