第二話 新世界探索中と刑務所脱走中
更新遅れました。
前回より少し長めに書きました。
優しい光に包まれたヒビキはふと目を覚ますと、自分が無数の白い花に埋もれていたことに気づいた。
「なんだ…この花…」
閑静な花畑だった。空は透き通った淡い水色で、雲ひとつ見当たらなかった。
ヒビキがスクッと立ち上がると、遠くまで果てしなく広がる花畑を見ることができた。まるであの草原のような場所だった。
「肌寒い…。ってもしかして俺…」
解決するまで一秒もいらなかった。一年前あの草原でも同じようなことが起こっているからだ。気づいたら裸。ヒビキはこの展開に慣れてしまった。慌てても服は出てこない。そう考えたヒビキは思うがままに花畑を歩き始めた。
「ヒビキ~!いるんですか?っていなかったら脱獄ってことですよ!」
壁に向かってヒビキの応答を待つ。
「寝てるんですか?少しは考えてください!」
壁からは、ただ寂しさが漏れてくるだけだった。
「脱獄以外頭にうかばないってどういうことですか!」
ヒビキの返事を諦め自分で考える。
「何ですか…この感じは…あのやる気のない声がないとなんか変です…」
言葉で表現できないような嫌な感じが彼女を包んだ。
彼が言っていた事をたやすくは信じられない。しかし今までこの城壁に囲まれたこの街から出たことがないメルはヒビキが目を輝かせて語った世界を信じてみたかった。
ベルクムント…
かつての王ベルフェルが長きにわたる戦いにおいて勝利し勝ち取った土地を、城を中心に大きな円を描くように城壁を築いた国。城の城門側に北門、そのまま東、西、南と大門があり街や農耕などが栄えている。街の建物は大体、木組みかレンガで城門は石でがっちりと守りを固めている。城壁の外に広がるは、歩いても歩いても緑色の背の高い草花しか見えない「果ての草原」が広がっていた。
そんな街の東地区で生まれたメルは城門の外に広がる、果ての草原の向こう側の国に行くことを夢見ていた。
その向こう側の国とはいままで土地を取り合ってた敵、グリュックス・ヒューゲル国、通称ヒューゲル。もちろん近づくことは反逆罪であり、行くことは禁止されている。また果ての草原は「魔王の狩場」と呼ばれ、この草原に足を踏み入れれば二度と帰っては来れないというほど広大であるため誰一人として外に出るものはなく、国を築こうと思うものはいなかった。
ルールは人の行動を縛ることはたやすいものの、強く夢見る者の想いを完全に縛ることは難しい。そう、彼女の「他の世界を見る」夢は決してルールなどに負けることなく力強く彼女の心に根を張っていた。
「っち…どこなんだここ」
歩いても歩いても終わらない花畑と、滅茶苦茶に歩き続けるヒビキを嘲笑する太陽と青空がヒビキの心に深刻なダメージを与えていた。
「いったい何時間歩いたんだ…。いまごろあいつ何してんだろうな…」
立ち止まることなく歩き続け、独り言をつぶやきながら空を見上げる。きれいな空なのに、何故か気に入らない。
「もうあきらめた」
バタンと花畑に仰向けで倒れこみ、また空を見上げる。
「いたずらに歩いても無駄だったか…」
目を瞑って考え込む。
俺はなんでここにいるんだ?
答えようがない考えに戸惑うことなく回答する。
いや、死んだからだよ。
納得。「いや、死んだからだよ」という聞き覚えのない声に驚く。
「いやいやいや!そんなことないでしょー!死んでたら思い残したことが走馬灯見るみたいに頭を超高速でよぎるでしょうが!!」
体を思いっきり起こし、答える。
「ハハハハハッ!面白いなあんた。わしの答えに否定する者がおるとわな」
後ろから枯れた声が聞こえる。ふと、振り向くとそこには白いローブを着た髭の長い老人が杖を突いて立っていた。
「あ、あんた誰だ!」
「わしはな、ここの周辺にある巨大な国の大賢者と呼ばれている者じゃよ」
「大賢者な。俺のいた国でも大賢者って呼ばれてるじいさんがいるよ…。ってこの周辺に国があるのか!」
いままで歩き回っていたヒビキにとって、その言葉は彼の心に希望を与えた。
「ああ、あるよ。国境をなぞるように築かれた城壁が特徴の国が、ちょっといったところにあるわい」
「ど、どこ行けばいいんだ?」
さっさと建物の中に入って休みたい彼は大賢者の次の言葉を待つ。
「まぁ、そうあわてるな。その国に行くにはあと数時間またないと無理じゃ。この花に似て、ちょうどこの時期睡眠作用のある花粉を放出する花があるんじゃ。明日になればたぶん終わるんだろうが、危険じゃ。それまで待つのだな」
「ま、まじかよ…。休めねぇのかよ!散々歩き回ってきたのに!」
絶望でしかなかった。変わらない光景を見ながら足が痛くなるほど歩き続けたのに、ゆっくり休むことすら叶わない。ヒビキは落胆した。花に埋もれながら絶望に浸り始めた。大賢者が放った、「死んだからだよ」がまた頭の中を渦巻く。辛い。ただひたすらに辛い。
すると口が勝手にこんなことをしゃべり始めた。
「なんであんた達は大賢者とか呼ばれてんだ?そんなに名誉なのかその肩書」
「人は実に不思議じゃよ。誰かそれらしいことをいったらそれを丸っきり信じる。わしも呼ばれたくて呼ばれたわけじゃないよ。国同士の戦のときに戦略を立てる役割を担っていた私はある作戦を立てた。偶然私がたてた作戦が成功して勝利したことでそう呼ばれるようなったんじゃ」
大賢者はうつむきながら続けた。
「私の頭は世界を血に染めるために役立ってしまったんじゃ。実に情けないことをしたと思っているよ」
「そんな世界に生きてんのかあんた」
大賢者の気持ちはわからなかったが、その悲しそうな姿を見たらそう言葉をかけたくなった。
「っつーか。ここは一体どこなんだ?変なこと考えてたらなんかここに来てたっぽい」
「ここは天界道じゃよ。お前が知りたいことはわかっておる。国でもない地名でもない。この世界の根本よりもっと深いことを聞きたいのだろう?」
「で、でも本とかで読む限り、天界っていうのはめっちゃ静かで戦もなければ何もない平和すぎる世界なんじゃないのか?」
「すべてには始まりがあるんじゃ。そうなるには幾千の昼を過ごし、幾万の夜が過ぎたと思う?最初はすべて一つだった。しかし、まとめられなくなったんじゃよ。何もかもが」
「な、何がだ?言っている意味がよく分からん」
彼の言葉を何一つつかめなかった。すべてが一つだったと語られても、幾千幾万の昼夜が過ぎ去ったかどうか問われても、掴みどころがなさ過ぎて考えられなかった。今思えば「死んだからだよ」という言葉も意味が分からなかった。大賢者の言う通りならと思っても、体がその言葉を納得しようとする自分を許容しなかった。
「わしも、お前がなぜ死んだかどうかは知らん」
「何でお前が死んだかどうかわかるんだ?」
ここにきて一番の疑問。根本的な問題。今までそれが正しいかのように信じ込まされていて気がする。何故初対面の人が他人の状態を把握できるのかヒビキは理解できなかった。
「お前の質問を違う意味でもう一度答えよう。ここは「果ての花園」通称「天使の遊び場」じゃ。死に添えるような白い花が無数に咲き誇り、たまに自分の過去をすべて忘れた者がここへ現れるんじゃ」
「だから天使の遊び場…か」
「まあ、お前は過去を覚えているらしいから多分死んではいないのかもな…。じゃが、妙にお前はここに慣れた感じじゃな」
「それは多分何時間もこの周辺を歩いているからでしょう」
「そういう慣れじゃなくて、お前の元いた世界と別なところでもここに生まれた住人と同じような、何とも言えない親近感があるんじゃ」
「わからないけど、俺が特別ってことか?」
「大雑把にいえばそういうことなんじゃが…」
「いよっしゃあ!俺がついに特別な最強能力を秘めた異端児だって事が大賢者さまに公認されたぜ!激熱すぎる!」
「お前、自分が知らない自分を知りたければ、記憶の書庫へ行くといい」
「記憶の書庫?なんだそのレアアイテム多量入手できそうな場所は!?」
「まあ落ち着きなさい。わしもあるかどうかははっきりとは言えないが、輪廻の輪のどこかに必要な時、現れる七つ目の道があるらしいんじゃ。しかし必要だと思っても、輪廻を回る時は死して霊魂となった時。つまり普通は不可能なのだ。しかしお前の妙な感じがするんで行ける気がしてのう」
大賢者はヒビキのほうをじっと見つめる。
「いったとして、その書庫で何をすればいいんだ?」
「七道にある記憶の書庫には、輪廻の始まりから全ての事象まで詳しく書かれている、全事象記憶媒体がまずあるんじゃ。そして訪れた人が必要な内容に関することをその媒体が書籍化されて手元へいく。一度頼ると六道のうちどこかへ飛ばされてしまうんじゃ」
「アカシックレコード…な。俺の知らない俺を知るためにはそこへ行けってことか」
つまり存在するかどうかも定かではない「記憶の書庫」へ行って、何でもかんでも知っている全事象記憶媒体とかいう存在から、書籍化された情報を受け取るということ。
しかしそこで一つの疑問が生じる。それは
「その書庫にたどり着くまではまだ自分があると思うんだが、別の次元に飛ばされて転生したら、それまでの自分の情報は意味がないんじゃないか?転生後の自分は今までの自分なのか…?」
「そこで矛盾が生じてきたため人は存在を否定してきた」
「俺はどうすればいいんだ?」
「こんなうわさを聞いたことがあるんだ……」
「それって今さっき言ったことみたいな掴みどころのない物じゃないのか?」
大賢者は首を横に振り話し始めた…
「いつしか、流れに逆らう霊魂があった」
ベルクムンドの刑務所にて……
「はぁ。ヒビキは寝てるらしいし、どうすればいいんでしょうか…わたし」
壁は足を抱え込んで隅に座るメルにただ悲哀を感じさせるだけだった。
「あんな張り切ってましたけど、何にも案はありませんよ…」
絶望に浸りまくったメルは閑静な刑務所内を眺めてから、今まで聞こえなかった音に気付いた。それは石レンガの階段を一段ずつ靴で上がってくる音。無機質かつ冷たく感じるその音は、驚くほど刑務所内にこだました。ぎりぎり檻を通して見える壁に備え付けられた階段から、人影がどんどん伸びていく。やがて影ではなく姿が徐々に表れ始めた時、メルはすっと体を部屋の隅に隠した。
「メル・アルビーネ。ここにいるのだろう?」
低く響く声は石レンガの室内をこだまし、また靴が石レンガを踏む音が聞こえた。
「ふ、そこか」
それだけ呟くとそれまでより急ぎ足で進み始めた。何故音も立ててないのにわかるのかと、メルは驚いたがその答えを考える時間を現実は許してくれなかった。数秒後、ついにメルの前にその姿を現した。
「メル・アルビーネ。貴様を特別にここから出してやる」
「あ、あなたは…誰ですか?」
「私は王立図書館司書兼魔術研究会会長、とだけ言っておこう。私の名前など聞いてもすぐ忘れるさ」
背高の全身黒いローブを身にまとった、黒髪でぼさぼさ。真紅眼を輝かせ、男はメルを見つめる。
「王立って…城内関係者のかたですか?」
「まあな。私の権限で貴様を連れ出す。理由は聞くな」
「って、どうやってここから出すんですか?」
「貴様魔術を知っているか?」
「あ、はい。あの限られた方しか使うことができず、その方たち以外研究することを禁止されている妖術の一種だとか…」
「あんな下等な似非魔術などと一緒にするな。魔術とは人が夢見るようなものではない」
「は、はあ」
「伏せろ」
男は手を前に出し目を瞑る。メルはその場にうつ伏せになって男のことを見上げる。
「爆ぜよ、脆き檻よ」
刹那、赤く輝く複雑なルーンが出現し、爆発を起こした。爆風が空を裂き、檻はおろか、周辺の石レンガもろともすべて粉砕された。一部分を大胆にえぐられた刑務所は以外にも建物が近くにない場所に寂しくたっていたため周りあまり被害を及ぼさずに済んだ。
「っく…激しいですね」
床に伏せたメルは頭を抱えながらゆっくり起き上がった。
「早く立て。貴様をある場所に連れて行かなければいけないのだ」
「ど、何処にですか?」
「城の近くだ。安心しろ、貴様や貴様の身内などに危害を加えたりはせん。ただお前に質問したい人が多数いるのでな」
男はそう言ってメルに手を差し伸べた。
「いくぞ、手を取れ」
「は、はい…」
「行くべき場所へ」
男はメルの手を取りながらそう唱えた。すると、周りが歪むとともに先の爆風に似た勢いのある風に包まれ、メル達はその場を一瞬にして去った。
次回お楽しみに
更新遅いかもしれませんが出来るだけ1週間以内に更新するよう努めます