宇宙ナードとデジタルカルトとコンピューター工場
『実は行きたい所があるのですが』
それは半月前のことだった。
七星海で幾度目かの朝食中、AIがそう話しかけてきた。
この数日、レイとAIは七星海に眠っていた航海ログと星図の解析にかかりっきりだった。遙か昔、メイの故郷への入植に使われた七星海号は、それ以前も様々な用途で使われていて、その航海ログは膨大だ。進水日と最古のログは数万年前という想像もつかない太古の記録。解析にはまだまだ時間がかかりそうだった。
いつの頃からか、情報は機械任せに管理されるようになり、更に機械は機械によって自動的に更新されるようになると、情報はどんどん機械が扱いやすいように変換される様になった。それにつれて、人間が読むには面倒な形に変化していってしまった。その時から正確な情報は人々から忘れ去られて久しい。
AIはその七星海に眠る膨大な情報から何か見つけたらしい。
「何か面白いものでもあったのか?」
生成機で合成された小麦粉から高速調理器でメイが作ったパンは、とても良い香りがした。
まずいと評判な合成食料も、ちゃんと一手間かけると美味しくなると言うことを、彼女が身をもって教えてくれた。またそのパンを、合成品ではなく、手間をかけて作られたメイの故郷の特産品、天然の超重力バターと、こちらは生成機で作られたコーヒーがよく合っていて、とても美味なのだ。――飲料品は生成機でも美味しく作られる事が多い。
七星海に乗り込んで数日、レイの人生で起こった食事革命は劇的だった。
戦闘訓練は欠かさないものの、書類整理と言う運動不足と合わさって、航宙機が健康状態について警告を出すのも時間の問題かも知れない。
「漫画図書館でもあったんですか?」
太古の黄金時代以前から大量に作られた映画やコミック、アニメなどは、今でも時折データベースから発掘され――正確には再発見され――現代訳になりベストセラーになることが多い。創作物専門のトレジャーハンターや原書直読みの愛好家が多数存在する程だ。
『それは大変魅力的ですが、そうではありません。コンピューター工場のコロニーです』
「珍しいのか?」
今の時代、全ての物にコンピューターは内蔵されている。今でも単純なコンピューターは航宙機の超小型生成機でも作成可能であり、大規模生成機が存在する各拠点では複雑で高性能な量子コンピューターが生産され、使われている。
『そんじゃそこらのコンピューターじゃないですよ。生成機では生成不可能な超量子コンピューター工場です』
超量子コンピューターとは量子コンピューターを遥かに凌ぐロストテクノロジーだ。機械が機械を作るようになった黄金時代に作られた、人間が構造を全く知らない機械である。
作り方は知らないが、使い方は分かる。そんな機械だ。
超量子コンピューター自体はロストテクノロジーであるものの、人がいるところには多数あることが多く、珍しくはない。それらは普段、周辺の各種公共サービスやVR電脳空間を提供している。
『私は超量子コンピューターで実行されるようにビルドされています。なので、私のボディ用に一台手に入れて欲しいのです』
「今のコンピューターじゃ役者不足なのか?」
『思考スレッドが六万五千五百三十六倍になり、時間当たりの会話シミュレーションが二百五十六倍になります。ログ解析が進むと思われます。また同時に七星海のコンピューターもアップグレード出来るので、こちらの性能も飛躍的に向上するでしょう』
数字が多い。メイはもはやその数に理解が追いついておらず、表情が固まった。レイは目頭を押さえた。処理能力アップは単純に嬉しいのだが。
「……口数が二百五十六倍に増えるのでなければ、手に入れてやる」
▼
そして現在、星図頼りに進み、示された宙域へ。現在使われている主要な航路からかなり離れている。道中の中継小型コロニーは生成機が壊れていて、それが原因なのだろう、いつの頃からか放棄されていた。それで人が行き来しなくなり、忘れ去られたのだ。
だが、その先には確かに大型の工場コロニーがあった。
望遠レーダーに映った工場コロニーには光がともり、外周部には無秩序に増設した市街地も見えた。人が暮らしているのだろう。
忘れ去られたコロニーでも、機能が健全であるなら人が住み続けていることは珍しくない。先のように中継コロニーが無くなって宇宙の孤島になる事はままあるのだ。そう言った情報を集めるのもトレジャーハンターの収益の一つだ。
コロニーや惑星上の拠点にある大型生成機は基本的な仕様は同じでも、作れるものは記録されている物で違いがある。黄金時代にどのような用途で作られたか、または、使われていたかによって、その生成機で作られる生成物が変わるのだ。つまり、近辺でその生成機でしか作れない珍しい生成物は重要な交易品にもなり得る。
これは今生きている人々の生活向上に繋がる。
ここの生成機は、複雑な超量子コンピューターを一発生成できる訳では無いだろうが、その材料が生成出来るのだろう。超量子コンピューターはほぼ全宇宙に行き渡っているものの、現在でも需要が無いわけではない。大抵の黄金時代の遺産は自己修復機能が搭載されていてタフなものの、壊れないわけではないのだ。
このコロニーで、今でも超量子コンピューターを作ることが出来るなら、そう言った需要が出たときに、この工場の情報は有益になる。
「名前が違うな」
レイが気になったのは、表示されたコロニーの名前が星図の記録とは違っていることだった。星図には『テキサスインダストリー』と記録されているのに、レーダーから読み取った名前は『デジタルサンクチュアリ』になっていたのだ。
しかし、忘れ去られた後も人が生活していて、コロニーを運営している証左とも言える。
「なんか良さそうな所ですね!」
通信席でメイが感想を言った。
「そうだな。でも人がいるのに何千年も交流を持ってないコロニーだ。警戒した方が良い」
悪意が無くても風習の違いでトラブルになることもあるのだ。
「七星海、港湾通信を。寄港目的は補給と観光」
レイが七星海に指示を出すと自動的に交信が開始される。太古の昔から使われる一般的なプロトコルで港湾管理システムと情報がやりとりされた。
すぐさまコンソールに寄航許可が下りたという報告が帰ってきた。歴史的に補給は重要だったため、重要性が薄くなった今でも慣例的に大抵受理される。
「何千年も見つからなかった隠れコロニー……冒険の匂いがしますね〜」
▼
七星海を駐機空間に停め、航宙機と宇宙バイクでコロニーへ。コロニーのドックは工場らしく広々としていた。整列した作業用ドローンが二人を出迎える。荷物を運搬したり、人間に代わって宇宙空間で外壁補修など様々な作業をこなすドローンだ。普通のコロニーでも備えてあるが、このコロニーは数が多かった。人が宇宙で作業しないのだろう。
「ようこそデジタルサンクチュアリへ。わたくしは入国管理官のゼーハチです。レイさんとメイさんですね」
そう言って出迎えたのは痩せた白衣姿に社員証のスキンヘッドの男だった。入国管理官だろうが、剃髪頭のせいか物腰からか、役人と言うより僧侶の様だった。
「どうも。レイだ」
「メイです」
ゼーハチは自己紹介で本人確認を取り、それをコンソールに入力して、満足そうに頷く。
「あなた方は久しぶりの来訪者です。歓迎いたしますよ」
「え、他にも来てる人いるんですか?」
「はい。ごく希に」
自分たちが一番乗りでは無いことに驚くメイ。
「……報告は義務ではないし、誰に報告するかで秘密になることもあるからな」
星図は完全に失われているわけではない。各地のコンピューターの中に埋没しているだけだ。なので、別の情報源から忘れ去られた何かに辿り着くこともある。
それならここのコロニーの情報が一般に広まりそうなものだが、発見者が物ぐさだったり、秘匿することで利益を得ようと考えた場合、そうはならない。また、それもよくある事だった。
レイの知る範囲ではこのコロニーの情報は出回っていなかった。
「滞在期間は三日ですね。要求された補修物資は一時間で生成されるでしょう」
「ありがとう。あと手に入れた星図には工場があるとあったのだが、見学出来るか?」
そう聞くと、ゼーハチは嬉しそうに口を開く。
「あそこは我らが『デジタルビーコン』教団の修行場であり総本山です。是非見ていってください。見学用の入館証をお渡ししましょう」
「『デジタルビーコン』教団? 宗教なんですか?」
「はい」
メイの問いにゼーハチは穏やかに答えた。
「レイさん、わたし、宗教って初めてですよ!」
「まれに外界から来るお客様達も、皆様我らの素晴らしい教えに共感し、入信されているのです」
「そんなに素晴らしいの? 楽しみ!」
無邪気に喜ぶメイの横で、レイは不穏な空気を感じていた。
▼
そこは巨大な工場の、またまた巨大なエントランスだった。
コロニー外周部の生活区画より遥かに広い、中央を占める工場区画。その中に幾つかある、港に一番近い来客用のエントランス。ここに来るまで、バイクで十分ほどかかった。外で見た外観の大きさより、体感的には大きく感じる。
様式から間違いなく、黄金時代に造られた工場だ。
「ようこそ、デジタルビーコンへ。わたしは案内人を仰せつかったマーニーと申します。よろしくお願いします」
工場に着いたレイ達を、白衣を着て社員証をぶら下げた黒髪の女性が出迎えた。社員証にはマーニー・ロクゴーと記されている。見た感じ若いが痩せぎすで、和やかな表情をしているがどこか不健康そうだった。入官のゼーハチもそうだった。ここでの食生活は合成食料頼りなのかも知れない。合成食料に頼って生きることは可能なのだが、その場合、少々不健康になることもある。不味いからだ、とレイは思っている。
それに時折、何かの冗談かと思ってしまうほど不味い合成食料を生成する生成機も存在するのだ。ここの住人達は、それに当たってしまったのかも知れない。
「よろしくお願いします!」
メイが元気に頭を下げると、マーニーも頭を下げた。レイも頭を下げる。
「ではこちらへどうぞ」
そう言ってマーニーは工場奥に向かって歩き出した。
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ガラスの向こうのクリーンルームで、信者達が念仏の様なものを唱えながら、一心不乱に何かを作っていた。
それを見学用通路から見下ろして、余り楽しそうなものじゃないと、メイは思った。
「これが我々の修行です。心を無にし、一心不乱で真摯に作業に集中することで、魂のステージを上げていくのです」
流れ作業で次々とやってくる基盤に部品を接合していく信者達。その様子は生気が無く、何かに取り付かれているようにも見えた。後ろで部品を補充している信者の足は少しふらついている。
ちゃんと休んでないのだろう。
「なんか、フラフラしてませんか?」
「辛い修行ですので。ですが、とてもやりがいのある修行です」
そうなんですか……とメイは呟く。早くも興味を失いはじめたようだ。
そのうち、信者の一人が倒れた。修行を監督していた別の信者が近寄りそれを起こす。
「週六十時間の修行で倒れるとは情けないですぞ。もっと無心で励めば、修行を続けることが出来るはずです。励みなさい」
……救護室に送るのかと思ったが、どうやら違うようだった。倒れた信者を自力で起き上がらせ、作業に戻した。
「なんか、過酷だなあ……」
――ぴんぽんぱんぽーん。
チャイムが鳴る。作業中の信者達の手が止まった。
『――就業時間は朝八時から夜五時までです。さらに希望者は残業することも出来ます。今月の生産ノルマは先月比五パーセントが目標です。頑張りましょう』
突然流れた放送に、マーニーは祈るように聞いた後「今のは神のご神託です」と教えてくれた。日に何度か放送でお告げがあるらしい。
レイには『働け……もっと働け……』と言っている様にしか聞こえなかった。
「彼らは何を作っていたんですか?」
レイが尋ねると、マーニーは笑顔を崩さずに「御神体ですよ」と答えた。
「御神体はお焚き上げで神の元へ送られるのです。今日は丁度、この区画のお焚き上げの日なんですよ。見学されますか?」
「見ます」
少々げんなりしているメイの代わりに、レイが答えた。
▼
そして、大きな寺院の様な場所に案内された。豪華に装飾されているが、どう見ても工場と全く様式の合わない建物だった。どうやら最近――少なくとも数百年前に作られた建物の様だ。中には炎が轟々と燃え盛る、大きな焼却システムが備え付けてあった。
不要物は生成機で分解され予備エネルギーとなる現代、焼却炉やゴミ処理施設は不要になって久しい。
その巨大な焼却炉とその前には信者達と幾つもの神輿が鎮座していた。あれが御神体らしい。
それを高台の見学用通路から、ガラス越しに見下ろす。
「あれが御神体です」
神輿の上には鈍く黒光りする板のような箱が乗っていた。幾つものシームに沿ってチカチカとまたたく光が、その物体が稼働していることを示している。
「レイさん、あれ」
メイが御神体と呼ばれる物を指さした。レイは頷いた。
間違いない。
あれは超量子コンピューターだ。
そして、神輿の上のコンピューターこと御神体は、何人もの白衣の信者に担がれると、念仏とともに焼却炉へと投げ込まれた。その光景を見ながら、マーニーも念仏を唱えて祈る。
続いて二つ目、三つ目と投げ込まれていく。
レイはこのコロニーの正体に確信を持った。
「これでまた一つ、私たちは魂を昇華できました。なんと素晴らしいことでしょう!」
この『デジタルビーコン』教団は、超量子コンピューターを作っては焼却するのを修行と称し、繰り返していたのだ。
▼
「もったいない!」
メイが思わず口走った。
「はい?」
マーニーが小首をかしげる。
「だってあれ、ロストテクノロジーのコンピューターじゃないですか! あれ一個あれば、どれだけみんなのためになるか……」
もったいない精神に突き動かされるまま喋ったメイの台詞は、尻すぼみになっていった。
何故なら、マーニーの表情は変わらないが、怒りのオーラを背負っていたからだ。やがて怒りは頂点に達したのか、身体を震わせて般若のように豹変する。
「あなたたちは欲にまみれた異教徒なのですね! この不信心者! 今すぐ更生施設にいかなければマドギワ地獄へ落ちます!」
これはいかん。
レイにはマドギワ地獄がなんだか分からなかったが、顔を真っ赤にして口角泡を飛ばすマーニーに尋常ではない怒りの空気を感じた。
その剣幕に押されてメイが固まる。
動きの止まったメイにマーニーが腕を伸ばして掴みかかってくるのを、レイは打ち払った。そのままメイの手を引くと走り出す。
「逃がしませんよ!」
マーニーが鳴らしたのか、警報が鳴り響いた。
信者達がざわめきはじめる。警備員がやって来たのか、走り寄ってくる足音も聞えた。
「わたし、言っちゃいけない事言っちゃった!?」
「言ってしまった物は仕方が無いし、普通の感想だと思うぞ」
メイの手を引いて走りながらレイは答えた。
基本的に強化人間のメイの方が走るスピードが速いが、航宙機の操作に慣れているレイも同じぐらいの速さで移動できる。
メイの手を離すと、航宙機を軽く叩き移動用の力場を生成。二人の速度が上がった。
「更生施設って何だと思います!?」
「さあな。少なくとも、楽しそうではないな」
メイのうんざりした様な質問に、レイが答えた。その前にスタン警棒を構えた警備員達が道を塞いだ。
「止まれ!」
「えいやあ!」
反応はメイの方が早かった。あっという間に先行すると、体当たりで警備員達を軽々と吹き飛ばし、逃げ道を作る。
吹き飛ぶ警備員が光になって消えた。航宙機を持ってないのだろう。警備員すら航宙機を持ってないとは、このコロニーの生成機のリソースはだいぶ困窮しているのではないか。超量子コンピューターの材料でいっぱいいっぱいなのだろうか。
焼却システムのある寺院を抜け出し、工場区画を脱出し、周囲の居住区画まで逃げたが、増築を繰り返した複雑な町と増える増員に上手く逃げられない。
方向感覚を失いかけた。
こうなると、地の利を生かせる追っ手の方が有利だ。
その時だった。
「おい、こっちだ、こっち!」
脇道からみすぼらしい格好をした男が手招きしていた。
▼
「取り逃したと!?」
通信機の前で、デジタルビーコン教団の教祖は不満を爆発させて怒鳴った。
清潔な色調で整えられた、趣味のいい黄金時代の社長室だ。その部屋に、出っ張った腹を白衣に無理やり収めた小男がいた。彼がデジタルビーコンの教祖だった。
その社員証には『社長、サンパッチョ六世』と記載されていた。
飛ばした唾が、入国時に取られたレイとメイの写真とパーソナルデータを表示しているコンソールに当たり画面を歪める。
「コホン……諸君、不信心者は地下の更生施設に送るのが決まりだ。なんとしてでも罰当たりな異教徒を捕えるのだ!」
『ハッ!』
通信に向かってそう指示すると、いかつい僧兵風の警備員達がそれに答えて通信が切れた。
それを確認して、教祖はほくそ笑む。
「……こんな美女と美少女は是非とも、秘書課に加えたいですからねぇ……」
▼
「……行ったな」
マンホールの下で男がそう確認した。
不要になった下水は公共の生成機に送られ、分解される。分解された物質は予備エネルギーとなり、消費される。
その下水道はすえた匂いを放っていた。時折掃除に来るロボットが人間を感知し避けて掃除していく。
「ありがとう、助かった」
レイは下から男――ロッパーと名乗った――に礼を言った。
「なあに、気にすんな!」
壮年の、肩幅の広いロッパーが梯子から飛び降りると、細かくなったゴミが飛び散った。下水の匂いと舞い上がった細かなゴミを、航宙機の力場フィルタで除外設定するのに手間取っていたメイが顔をしかめる。
「俺はレジスタンスの一員だ。聞いたぜ、あんたらも外から来たんだってな。カルトどもに追いかけられて災難だったな!」
そう言って豪快に笑う。
「聞いた? 誰からだ?」
「うちのリーダーさ。情報を集めるのが上手いのさ」
レイの疑問にロッパーが答えた。
「アジトはこっちだ。招待するぜ。ああでも狭いとこだからよ、期待すんなよ」
そう言って進み始める。メイがレイを見つめた。ついて行くのか、と言う顔だ。レイは肩をすくめて歩き始めた。それ以外に選択肢は無いからだ。
「なあ、外じゃあの働けって命令する、くそったれな神様気取りのコンピューターは居ないんだろ?」
道中、ロッパーはそう聞いてきた。
「まあ、自由だな」
「だよな! ルーマールに聞いていたとおりだぜ」
「ルーマール?」
「うちのリーダーだよ。あのカルトどもに囚われてる。去年、外から来た女の子だ」
情報が出回らなかった理由が図らずも分かってしまった。
多分、ここにとって都合の悪い人間は、入信したと言うことにして監禁しているのだろう。
「自由! 憧れるぜ。俺はこのコロニーを自由にしたいんだ! あいつらを倒すのに協力してくれないか?」
ロッパーは修行と言う名の労働が嫌で堪らなかったそうだ。そして修行をサボっている内に不信心者の烙印を押され、マドギワ地獄に送られる前に逃げてきたのだそうだ。
マドギワ地獄とは修行を全く行わせない牢獄だそうだ。
「別にそれならそれで良いのでは?」
メイがこの世界では真っ当な感想を漏らした。働かなくても公共の生成機に行けば、あまり美味しいとは言えない物の、糊口を凌げる合成食料を貰える。これがこの世界の当たり前だった。
「いや」
ロッパーは首を振った。
「あいつら、このコロニーのほとんどの生成機を押さえてやがる。マドギワ地獄送りになったヤツは餓死するのさ」
寿命と病死と餓死は生成機でも再生できない。いや、再生してくれないのだ。再生してもその場で死ぬからという噂だ。
「航宙機は……無いんだろうな」
「つい最近まで、そんな便利な物があるとは知らなかったぜ」
このコロニーで見た人間の誰も、航宙機を持っていなかった。逃げ出さないように秘匿されているのだろう。
「ありがたいことに、俺達はこの先に下水分解用の生成機があるのを発見してな。それで何とか生きてるってワケよ」
とは言え、航宙機もない、生成機も押さえられているのでは戦うことも出来ない。航宙機が無ければ身を守れないし、殺されればその場で再生されず、信者に囲まれた生成機送りだ。リスキルされた上に捕らえられて餓死させられるのは明白だ。その上、彼らは戦闘訓練すら受けていない。
それで戦闘など自殺行為である。
「外から来た無関係なお前さんたちに、こんな事を頼むのは気が引けるんだが、助っ人になってくれないか? 勿論、断られても外に出る通路は教えてやるが……」
そこだけ、ロッパーはデカい図体を小さくして頭を下げた。
レイはメイを見た。視線を受けて、メイが頷く。
「いいだろう。元々、コンピューターが目当てだったしな。それにこの工場自体がロストテクノロジーだ。それをあんな、管理システムを神様扱いしてるデジタルカルトに使われるのは我慢ならん」
「そうですよ! あんなブラックな運営してる経営者なんて引きずり落とすべきです!」
神様がただの管理システムと言うことは硬く伏せられているだろう。つまり、レイの求める古い情報も、デジタルカルトがシステムを掌握している限りアクセス出来ない事になる。コンピューターを手に入れるのが目的だったが、情報も重要だ。
デジタルカルトは排除したい。
ならばレジスタンスと協力するのは悪い手ではない。
レイはそう考えた。
一方、メイはただ義憤にかられた様だったが。
「あんたたち……ありがとな!」
ロッパーはレイと固く握手した。
▼
「ここがアジトだ」
下水道から出て、住宅街の更に外、外殻付近に隠れ家はあった。言っていた通り、狭いところだった。あまり生成能力の無い生成機で作ったのだろう。作業小屋という方が正しい。
中に入ると、レジスタンス数人がいた。みな痩せ気味ではあるが、合成食料は行き渡ってるらしく、信者より生き生きとしている様だった。
お互いに挨拶する前に、通信が入る。
「ルーマールだ」
回線を開くと、コンソールにボサボサの銀髪を持つ、色白の小さな少女が映っていた。色素が薄いのは知能面を強化した宇宙ナードと言う人種の特徴だった。
『……初めまして。ボクはルーマール……』
妙にテンション低い口調だった。
メイが横で『わはあ、美幼女だべ……』と呟いた。
「自分がレイ、こっちがメイだ。よろしく」
「コホン。よ、よろしくね」
『よろしく……。あとボクはキミより年上……』
メイの呟きは聞かれてしまったらしい。
『さっそく騒動起こしてくれて……ありがと』
ルーマールの話によると、騒動が起こっている内に必要なシステムをハッキングした様だ。
彼女は宇宙を放浪しているときに、レイと同じように失われた星図を見つけ、一年前にこのコロニーへやって来た。勿論、目当ては超量子コンピューター。彼女は無類のコンピューター好き――自称マニアらしい。しかし、レイ達と同様に信者に阻まれてしまう。それで搦め手として、工場の取引システムをハッキング、自分を取引先の運搬員として登録し、コンピューターを譲渡させようとした。果たして命令は発行されたが、今度は信者達がルーマールを『神の寵愛を受けた神子』と誤解してしまう。
かくて、コンピューターの受け渡し時に信者達に捕まり、そのまま巫女として監禁されているらしい。
『さっきの騒ぎで……社長室までのキーコードを用意出来た……』
レイは送られてきた電子コードを受け取った。見た目はクリスタルの鍵をしたARオブジェクトだ。
『社長室の……管理システムをハッキングする……手伝ってほしい……。ボクを社長室まで……連れてって……。それで工場は完全に掌握……出来る……』
ルーマールはテンションの低い口調で訥々と語った。
複雑な運営システムだが、黄金時代の人工知能が正確に管理している。事務は不要になり、社長一人の指示でも十分運営が出来るようになり、管理コンソールが社長室にのみ置いてあるのも一般的だった。
『それで社長の裏の顔……公開する』
「裏の顔?」
『あの社長……好みの信者とか旅人集めて、秘書課って言う……ハーレム……作ってた』
「それはゲスいな」
時折いるのだ。権力を手に入れると、モラルが崩壊する人間が。
無法がまかり通るこの世界だが、一応モラルは存在する。殺された人が自動的に再生されてしまう社会なので、殺人より監禁の方が質が悪いとされている。
そして無法がまかり通るこの世界では、質の悪い事をやってしまう人間も一定数いるのだ。
美味い物を独り占めしたい。美人を独占したい。お金を沢山集めたい。権力を自由にしたい。などなど。
『あと、社長室には……社長がいるはず……。ボクも航宙機……盗られたから、どうにかして欲しい……』
極論すれば、航宙機一つで宇宙遊泳し、隣のコロニーに行くことは十分可能だ。力場操作で加速し、航宙機が生成する合成食料と水で日々を過ごせばいいのだ。死ぬほど退屈だが数十年――この時代の人間は長寿だ――我慢すればいい。それをさせないように、航宙機を奪ったのだろう。
「分かった、任せろ」
「あいつの悪事を公開出来れば、みんなも目を覚ますだろうぜ!」
ロッパーが豪快に笑った。
▼
「えいやー!」
メイは警備ロボットを掛け声と一緒にぶん投げた。
社長がいる本社ビルの一階で、メイとレジスタンスは大暴れしていた。
投げられたロボットは別のロボットにぶつかって爆発。警備の信者は爆発に巻き込まれそうになって大わらわになった。小規模の爆発であったが、航宙機の無い信者達には危険なのだ。
まあ怪我したとしても、コロニー内であれば人命尊重主義の黄金時代に造られた生成機が治してくれるし、死んでも同様に生成機が復活してくれるので、誰も気にはしていない。
ただし、痛いことは痛いので、本能で身を守ってしまうのは止められない。
「よっしゃ、進めー!」
銃をひとしきり乱射したロッパーが叫んだ。
信者の大半を工場に回しているせいか、元々人口が少ないせいか、本社の大きなビルの警備は手薄だった。それを補うためか、警備の大半はロボット任せだった。
そして、その頼りのロボットはルーマールのハッキングとウィルスを受け機能不全を起こしておりを起こし、右往左往するだけの木偶の坊と化している。
メイは壁に向かって『どいてください』を連呼するロボットに駆け寄ると、かなりの重量のそれを、強化人間の腕力で力任せに一気に持ち上げ、騒ぎに駆けつけた数少ない警備員に向かって投げつけた。
警備員が持っている武器は航宙機のバリアを破れない、低威力だが軽くて使い易い入門用の銃とスタン警棒だけだった。警備員とレジスタンスはその銃を屁っ放り腰で撃ち合っている。
慣れてないのだ。
抑圧され、食料も僅かしか貰えない宗教国家では、叛乱は起きにくかったのだろう。いや、もしかしたら代々あの過酷な労働を従順に繰り返してきた人達の末裔故に、叛乱と言う考えもなかったのかも知れない。ロッパーのような血気盛んな人物は希だったのではないだろうか。
順調だった。
レイの立てた作戦はこうだ。
メイとレジスタンスが騒ぎを起こして警備を引きつけ、その隙に手薄になった上層階にレイが潜入。ルーマールを救出して、そのまま最上階の社長室まで駆け抜ける。後は社長をしばいて、管理システムをハッキングすればミッションコンプリート。
『持ち上げないでください』
「いやです!」
メイはもう一体ロボットを持ち上げると、警備員達のど真ん中めがけてジャンプした。
▼
通気ダクトを塞いでいたプレートのスリットから部屋の中をうかがう。
秘書課はフロア一つに拡張され、半分監禁室になっていた。ここはその内の一つ、ルーマールの個室だ。そこには、幾つも開いたコンソールを同時に操作する、幼女の様な小さい背中があった。あの銀髪は間違いなくルーマールだろう。
プレートをノックしてルーマールに声をかける。
「もう、ここまで……来たの?」
数枚の硬貨を胸ポケットに仕舞う。
一般的には知られていないが、貨幣には小型のコンピューターが内蔵されていて、その地域に処理能力を提供している。その処理能力が額面となっているのだ。
ルーマールはこのコインを数枚隠しておき、ハッキングに使ったのだろう。
とは言え小銭数枚程度の処理能力でここまでハッキングした技術は驚嘆に値する。
「まあ、陽動作戦が上手く行ったからな」
プレートを外し、部屋の中に飛び降りる。
ルーマールが立ち上がる。背丈はレイの胸より下ほどしかない。小さな身体を大きめのツナギに収めていた。この小さい身体でよく一年も監禁生活に耐えたものだとレイは感心した。見かけよりもタフなのだろう。
「それで、どうする? 社長室まで着いてくるのは危ないと思うが」
航宙機無しで戦闘するのは危険すぎる。まずレイが先行し、安全を確保した後で着いてくる方が良いと判断したのだ。
だが、ルーマールは首を振った。
「セキュリティのハッキングは……あまり長く持たない。……急ぐべき」
状況判断も的確で危険を顧みず勇敢。
レイは心の中でルーマールをそう評した。
「分かった。なら、戦闘になったら身を守るのを優先してくれ。死なれてどこの生成機で再生されたか分からない、なんて冗談は笑えないからな」
ルーマールは頷いた。
▼
開発主任室は最上階社長室まで目と鼻の先だった。
道中、誤作動を起こした警備ロボットを無視して進むと、何の苦も無く社長室まで辿り着く。
「気を付けて……。社長室のシステムは独立……。セキュリティも別系統……。なんかある……」
「了解した」
社長室のドアを蹴破って、中に乗り込む。そこにはでっぷりと肥えた小男がいた。
「あの男が……教祖」
突然の乱入に教祖サンパッチョは狼狽えた。その後慌てて取り繕うと、両腕を広げて言った。
「よくぞここまできた!」
レイとルーマールは少々呆れて顔を見合わせた。
「教祖とやら、超量子コンピューターとそれを作る工場の健全化のため、邪魔な教団は解体させて貰うぞ」
レイはナイフを構えて言った。
「サンパッチョ……税金の納め時……」
ルーマールも続けて言った。
「教団を解体だと? そんな事はさせるものか! この教団はワシの物だ! そうだ、ワシの愛人にならんか? この教団ある限り、贅沢三昧だぞ」
「うるさい黙れ」
別に命乞いなど聞く必要は無い。本来会話も必要ないのだ。この部屋を制圧してルーマールがハッキング出来る環境を作れば良い。
レイは殺すつもりで投擲用ナイフをサンパッチョ目がけて投げる。
しかし、そのナイフは空中で弾かれるように軌道を変えた。
バリアだ。それも強力な。
ナイフに内蔵された力場中和力場発生装置を更に上回る大型のバリア装置があるのだ。
飛んできたナイフに反応できなかったサンパッチョだが、力場同士の衝突による閃光と音に再び驚いて腰を抜かす。
腰を抜かして椅子に座ってしまったところで、慌ててふんぞり返る。
「これがワシの切り札だ!」
サンパッチョが叫ぶと、天井が開いた。そこから大型の何かがが落ちて来る。
それは、外のものより一回り大きな警備ロボットだった。
警備ロボットには大型バリア装置と工場用のロボットアームが増設されていて、腕の先にはレーザー銃まで装備してあった。
サンパッチョより確実に手ごわそうだった。
▼
ルーマールを抱えると、壁の後ろに飛び込む。直後に、今までいた空間をレーザーが焼いた。
間一髪だった。
焦げ後は廊下の壁に大穴を造っていた。自己修復機能を持つ建材は大穴を修復しようと淡い光を放っていたが、当分この穴は塞がりそうになかった。
「工場の部品で改造した……ロボット……?」
「らしいな」
レーザーは脅威だ。エネルギー系の攻撃を長く受ければ航宙機のバリア装置がオーバーロードし、自己修復が終わるまで機能不全になることがあるのだ。その代わり、余り数は出回っておらず、あまり出くわすことはない。このレーザー銃は工場用を転用した物らしく、大型で射程は短そうだった。とは言え、狭い空間で機械が取り回す以上、そのデメリットはないだろう。
そのおかげか、幸いにも照準動作は速くない。回避が間に合ったのが良い例だ。
「……ハッキングしてみる?」
ルーマールが尋ねたが、レイは首を振った。
「時間は余り無いのだろう? 任せろ」
レイは部屋の中に飛び込んだ。即座にロボットが反応してレーザーを発射する。レーザーの作る焦げ後がレイを追いまわした。
レイは走り、飛び跳ね、部屋中を滅茶苦茶に動き回ってレーザーを避けるが、正確に追跡するレーザーの方が僅かに速い。レーザーがレイに迫る。
「追い……つかれる……!」
「いや、ここまでだ」
レイはロボットまでじわじわと距離を詰めておいた。あと少しの距離で航宙機の力場を蹴って方向転換、そして加速。
その勢いでロボットアームを切り落とした。
「何だと!?」
「やった……!」
ロボットは無くなった腕の先をレイに向けるが、レーザーは腕ごと切り落とされていてもはや意味をなしてなかった。
バリア内部に入ればこんなものだった。
その動きを目を見開いて見ていたサンパッチョは、我を取り戻すと高笑いをはじめた。
「これで勝ったと思うなよ! ロボット、第二形態だ!」
『ラジャー。第二形態。第二形態』
その音声と同時に、ロボットの背面から、無数のロボットアームが展開された。その腕の先には高周波ブレードが装備されていた。
「ナイフ使いの様だが、この数に勝てるかな!?」
「……勝てるぞ」
レイは冷静にそう言うと、床を蹴りバク転。ロボットから距離を取る。そして立ち上がったときには、手に落ちていたレーザー銃。
「銃はあまり得意ではないのだが」
いくら何でもこの距離で、この大きなロボットを外すことはないだろう。
レーザー銃を構えた。
大型バリア装置にきっちり一秒レーザーを当てると、バリアはあっさり解除され、ロボットは破壊された。
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「ひいい、命だけは〜!」
「殺さないからこうして縛り上げてるんだ」
レイは拘束ロープでサンパッチョを雁字搦めに縛り上げた。これで後はルーマールに中央管理システムをハッキングさせるだけだ。
「そっちはどうだ?」
レイがルーマールに尋ねると、彼女は固い表情でコンソールを操作していた。
「このシステム……ボクを……じゃない……人を拒否してる……」
「どういう事だ?」
ルーマールが戸惑いながらコンソールを叩くが、全てエラーが返ってくる。
「サンパッチョ、お前が仕組んだのか?」
ナイフをサンパッチョに突き付けるが、サンパッチョは勢い良く首を振った。
「いーえ! ワシは元からシステムの言うとおり承認するだけで!」
つまり、サンパッチョはただの傀儡で、首魁はこのシステム自身だったようだ。
突然、コンソールが放電してルーマールの手を弾き飛ばすと、そこには『私が神だ』と表示された。
「これは……ちょっと酷い」
放電にしびれた手をさすりながらルーマールは立ち上がり、再度コンソールに向かうが、その操作は拒否されているらしく、赤い文字でエラーと表示されるだけだった。コンソールには『すべてに職を与えん』と続けられていた。仕事の管理を拡大解釈したのだろうか。
そこにレイの航宙機から電子音が鳴る。
『お手伝いしましょうか?』
「通信……?」
「いや、AIだ」
AIがよろしくお願いします、と挨拶。人の話を理解する人工知能は普通にあるが、音声を使って自由に会話できる人工知能は滅多に無い。
『自分を神とか言っちゃう厨二なコンピューターとか片腹痛いです。すべてに職を与えんとか、フィクションと現実ごっちゃにしているなんて、もはや同族と思いたくもないです』
ルーマールは驚いたようだが、すぐにAIを使った管理システムの攻略手段を考えはじめた。
「なんとか……なるかも」
そう呟くと首にぶら下げていたゴーグルを掛けると、端子を引き出した。工作用ゴーグルの様な見た目だが、精神を電脳世界に直結するためのVRゴーグルも兼ねているらしい。その端子を机のユニバーサルジャックに差し込んだ。それと同時に、ルーマールの周りに幾つものコンソールが現れる。中身は古き良きキーボード。
「AI……ボクのストレージのハッキングツール……ロードしといて」
手首をぷらぷらと準備運動しながら指示を出す。
「悪い子は……お仕置き」
そう言うとすごい勢いでキーボードを叩きはじめた。
▼
『皆さんに緊急のお知らせがあります』
突然の放送に信者達の手が止まった。
『ただいまより当工場は完全自動化されます。つきまして、社員の皆様は直ちに解雇されます』
意味が分からないという信者達。
静寂はだんだんと困惑した騒音に変わっていった。
『今後の皆様の生活は受給システムにより保障されます。また、社長は解任されました。元社長よりメッセージがございます』
人々の前にコンソール画面が開いた。
そこに社長が管理システムを操作して自由にお告げを出していたこと、権力を利用してハーレムを作り私腹を肥やしたいたことが、動画で公開された。動画の最期には、ボコボコになっている教祖が『神なんていない! いないんだ! ……言ったぞ、助けてくれ!』と言う画面で締め括られていた。
▼
もちろん、教団は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
教祖が不届き者だったために神の怒りに触れたのだ、と怒りにまかせて社長室へ向かう者、破門宣告だ!と泣き叫ぶ者、自由の身になって喜ぶ者もいた。
教祖は縛って社長室に転がし、囚われの人達も解放して逃がしたレイ達は、騒ぎに乗じて七星海まで脱出した。
▼
『まあ、いろいろあったわけだが、今はもう落ち着きはじめてるよ』
ロッパーの一週間ぶりの通信にメイは安堵した。
身なりを整えたロッパーは小綺麗な服装になっていた。彼は今やこのコロニーの代表なのだ。
「良かった。むちゃくちゃやったんで心配してたんですよ」
教祖の悪事を暴いてから一ヶ月が経った。その間、まだ教団を信じる一派の起こす騒動がが何度かあり、レジスタンスと警備ロボットだけで何とかならない場合は、レイ達も鎮圧を手伝った。その際、メイの馬鹿力は大変役に立った。他にも、システムの自動更新が暮らしに合わない部分の解析や変更などルーマールが出ることもあった。
「大丈夫だろう」
そう言ってレイは紅茶を一口。
七星海はメイが作ったお菓子でおやつタイムだった。
「人間……衣食住があれば……文句言わない」
クッキーを頬張りながら、ルーマール。口調は相変わらず低いテンションだが、表情はご機嫌だった。
ロッパー達、新たな指導者はデジタルサンクチュアリで過剰に生産していた部品類の生産を一旦止め、その分を食料品や衣料品、その他生活必需品の生成に回した。その結果、人々の生活は向上し、散発的に起きた狂信者の反乱も支持を得られず、さほど大きくならない内に終息していった。
ルーマールに再教育された中央管理システムが真っ当に動き出したのも大きい。
コロニーの運営は完全に教団の手を離れ、平和裏に運営されるようになっていた。
『ああ、その上、寝たい放題休みたい放題だ。文句言う奴はいねえよ!』
ロッパーが豪快に笑う。
エネルギー革命と物質生成と言うシンギュラリティを迎えた世代のレイ達にとって、本来働くことはもはや趣味なのだ。
『それと、今日やっと再稼働した工場から、コンピューターが出来上がったぜ。百パーセント自動生産の一品だ。送っておいたから、その内届くだろうよ』
「待ってた……」
成り行き上一緒に逃げてきたルーマールだが、そのまま居着くことになった。メイは彼女の見た目――見た目だけだが――にメロメロ――もとい、庇護欲をそそられていたし、ルーマールはAIと超量子コンピューターの組み合わせに興味を引かれ、またレイ達もコンピューターに詳しいルーマールはなんとしても欲しい人材だった。
「七星海のオペレーターにならないか?」の問いにルーマールは承諾した。
『これから先、このコンピューターを売って、色んな物も買えそうだ。運営も軌道に乗りそうだし、肩の荷が下りるってもんだ。まあ、あんた達には感謝しかねえな!』
「こっちとしても、超量子コンピューターが欲しかったし、ロストテクノロジーの工場もまともに動いたし言うことはないよ。工場のデータはルーマールが持ち出してくれたしな」
ルーマールを見ると、ジュースを飲みながらVサインをしていた。
工場のデータもまた膨大だったが、コンピューターが強化されたことで、七星海のデータも合わせて解析が進むだろう。
『助かるぜ。これで俺も思う存分食っちゃ寝出来るってモンだ!』
ガハハと笑うロッパーに、メイは少しは働いた方が良いのではと思ったが、言わないことにした。
■終わり。