僕の初めての親友
きっと僕と云う人間はこのままなのだろうなと、ふと思った。
テレビの向こう側の人間の様に才気あふれた人間などではなく、そしてまた通常の社会においてもそこまで出来た人間ではない。
ボールペンの使い捨てインクの様に使えなくなればすぐに捨てられてしまう、そんな人間だ。
けれどもこれは誰が悪いという訳ではないのだろう。強いて言うのであれば僕の人間性が腐っていたか、才能などと言う可視化不可能な曖昧なものが欠如していたのだろう。
であるならば一番僕の中で渦巻いている暗く深い何かはただの嫉妬でしかなく、誰かに言ったところで流されてしまう程度に誰かしらが持っているものなのだ。
つまり僕は子供のころに一番なりたくないと言っていた社会の歯車とやらになってしまったのだろう。
今になってやっと分かるその重要性ではあるが、子供の自分は精神が年よりも幼かったのだ。
誰かれ構わず自慢ばかりを繰り返し、ありもしない事を本当の様に言い、周りから外れた位置で輪の中にいない友達でしかなく、親友など居た事がない。
もしかしたらいたのかもしれないが、その事に僕自身が自覚的ではなかった。
誰よりも己の事が一番で、他者の事には興味こそあれすぐにどうでもよくなってしまっていたのだ。
こんな僕はある日気がついた。このままでは何よりもつまらない人生のままで終わってしまう事に。
かといって、今からなにがしかの新しい事に挑戦し、新しい自分を作るなんて面倒なことはしたくないのが僕だ。
夜中にひとりで酒を飲む事が何よりもの楽しみであり、その為ならばいくら頭を下げることだってやぶさかではない。
だが、金はいずれ尽きる。きっとこのまま行けば身体を壊すと同時に身寄りがない僕は、治療費だけで金が飛び酒が飲めなくなってしまうに違いない。
このままでは不味いと思いながらも、その日も昨日までと同じように日々を過ごし布団に入った。
瞼を閉じ、明日はどの酒を飲もうかと夢想する。酒を呑んだ後にこうして考えるのもまた乙なものだ。
日本酒の辛口でうまい酒があるとの話を上司が言っていたなと思いだしたものの酒の名前が思い出せず、うんうん唸っていた。
瞼を閉じていたはずなのにひどく白く、眩しい明りが、目をくらませる。
とっさの事に驚くことすらできずただただ状況が推移する事を布団の中で待つ。
光が弱まり、どうにか目が開けられそうな状況になってきたようだ。
さて、一体何が起こったのやら。
目を開けると真っ青な青空が見えた。青い空とは快晴の時によく見るが、その青空はまるでペンキで塗りたくったのかと思うほどにムラがあり、気味が悪い。
どうしようもないが、起き上がるしかないだろうと起き上がると辺り一面が花畑になってしまっている。その花もどこか絵の下手な子供に描かせたものをそのまま現実に出して来たとでも言わんばかりのものだ。
一体これはどういった状況なのだろうか。
あり得ない事が起こりすぎると、驚くよりも先にその情報の整理に時間を取られてしまう。一番あり得そうなのはこの全てが夢だということだ。明晰夢というものは夢の中で夢と自覚できるらしい。
であるならばきっとこれは明晰夢なのだろう。つまり、ここならば何をしても良いに違いない。
と、僕がここを夢の世界だと結論付けた時だった。背後に誰かいる気配がする。気配なんて曖昧な表現は良くないな。影が僕の目端で動いたんだ。
その人物が誰なのかはとても気になる。であるならば振り向いて確かめるべきだな。よし、美少女でありますように。
「なんだか君は凄く変なヤツだね」
振り向く前に声を掛けられてしまった。だが、その声は女の子の美声だった。つまりはこれで後確認すべきはその姿と言う事だけなのだが、夢の中とはいえ久しぶりに女の子と会話するのだ。
振り向く前に緊張してしまう。このままだと話しかけることすらできないだろう。夢の中なのに。
「……うんまぁいいや。君が女に飢えているのにも拘らずそこまで縮こまっているのは可愛く見えるからね」
僕がアクションを起こす前に謎の美少女の声を持つ子が、僕の背中に抱きついてきた。いきなりの事過ぎて喜びよりも驚きの方が大きい。
「ふふふっ。やっぱり君は、変なヤツだなぁ。こんなに可愛い子がサービス精神旺盛に抱きついてやってるんだよ?もう少し肩の力を抜きなよ」
なんだか、いけない店でそういうプレイをしている気分になってきたぞ。どうしてこの子は僕に抱きついてきたのだろうかなどと疑問に思うより先に下半身に血が集まり出した。
流石に夢の中とはいえ恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。手元にある布団で下半身のふくらみを隠す。
「おっと、こんな可愛い子に抱きつかれて期待するのも分かるけど、そこまでは無理だよ?」
……どこまで見抜かれているのか不安になってきた。夢の中だというのに最後まで出来ないのは僕の心がねじ曲がっているのか。それとも僕が救いようのないただの変態でありこうして詰られる事に興奮を覚えているかのどちらかだろうか。
「うん、そうだね。正直どっちでもいいんだけどそろそろ顔を見てキチンと会話しないかい?思考を読むのも簡単じゃないんだ」
そんな発言を受け今更ながら気がつく。どうして疑問にすら思わなかったのだろうか。僕は今の今まで一切声を出していないにもかかわらず声の主はずっと僕と会話していたのだ。
奇妙な事実に気が付きはしたものの夢なのだから深く考える必要もあるまいと、するりと抱きついていた手が離れたタイミングで声の主と顔を合わせようと振り向く。
「やぁ、こんばんは」
そう言った彼女の恰好は長方形の布の中央に穴をあけ、そこから頭を出しへその辺りをひもでくくっているだけの非常に見る側が気を遣うファッションだ。
顔は中性的ではあるが、胸のふくらみもほどほどにありすらりと伸びた生足がどこか艶めかしく感じてしまう。
とはいえ挨拶をされたのだからこちらも挨拶をし返さなければいけないだろう。
「ああはい、こんばんは。えっと……」
聞きたい事なら山ほどあるし、彼女としたい事も無い訳ではないが、それより何よりも確認しなければならない問題が一つある。
ここが本当に夢の中なのかどうかだ。
「うん?何か聞きたい事があるのならばぜひ遠慮せずに聞いてくれよ。あと、思考は身体が接触していないからもう読めないんだ」
はにかみながらフレンドリーに僕に話しかけてくる彼女に対しても疑問があるのだが、まずは聞くべきだろうな。そうしなければ何も進まないことは間違いない。
「そうですね……ここは夢の中か何かですか?それと貴方は一体どなたなのでしょうか」
「ふむふむ、かなり良い質問だろうね。この場所の定義と相手の存在の認知。話が早くて助かるよ」
「それはつまり教えていただけると解釈してもよろしいですか?」
「もちろんさ!ちょっと疲れたから座らせてもらうけどね」
目の前の美少女にしか見えない存在は、座ると言いながら僕の方へと近寄ってくる。どうするつもりなのかと布団の上で胡坐をかいていると、何と僕の胡坐をかいている足の間にすっぽりと入ってきたのだ。
「ちょ、ちょっと。どうして僕の上にに座るんですか?」
「んふふ、さーびすだよ♪」
ニヤニヤとどこかこちらをもてあそんでいるような笑みを浮かべる美少女。これはきっと僕の理性を試されているのだろうな。何よりも脆いこの理性を試すのであらば恐らく覚悟は出来ているのだろう。
僕の上で楽しそうにしている彼女をそっと抱き締めてみた。
「おっと、君はおとなしそうに見える割に中々やるねぇ♪」
「いやぁ、流石にこれぐらいですけどね」
あんまりやりすぎて反感を買うのもよろしくは無いだろう。目の前の存在が人間なのかどうかも怪しいのだ。不興を買って一瞬で消されてたりすることも無いとはいえないだろうし。
だけれどもこうも温かい相手がいるのも久しぶりだし少しぐらいは良いに違いない。
「おお!すごいね君。大正解、人間じゃないんだ」
「と、おっしゃいますと?」
「んーそうだなぁ。なんていえばいいかな?えっとね、すっごく大雑把にいえばただのシステムなんだよ」
「システム?それは一体?」
目の前にいるこの子が人間でなく、システムだという。システムと聞いて思い浮かぶのは無機質なコンピューターぐらいであり、目の前のあたたかくて優しい存在とは正反対な気がする。
「これは君が理解できるか微妙なんだけど……そうだねぇ。君達には理性と本能っていうのがあるでしょ?」
「ええ、人間ならば誰しもが持っていると思うんですが」
「だろうね。君達は動物が知性を持った存在だからね。こっちはその逆なのさ」
逆……となると、動物が知性を持ったのが人間なのだから、ええっとシステムが本能を解析して取り込んだ……とか?
もしもそうならば大体のつじつまは合う。興味と言う枠組みの中で最善の行動を常に取れる存在だと定義すれば、不自然な行為は無かったはずだ。
「うんうん。君が賢い人間で良かったよ。こっちは説明下手でね」
「であるならば、お聞きしたいのですがそのような存在が、なぜ今僕とこうしてお話をしてくれているのでしょうか?」
「あーそれはねぇ……」
この質問の答え次第できっと僕の運命とやらが決まってしまうのだろう。何かしらの大きな目的のための協力だったり、生贄が欲しいからとかだったりするに違いない。
聞いてしまった訳だが、今になって心臓の鼓動が早まる。ああ、どうか簡単なものでありますように。
「えへへ、暇だったから来ちゃっただけなんだ」
「……特に何の目的がある訳ではないと?」
「うーんそうだねぇ、強いて言うなら友達づくりかな?」
「友達……ですか」
いくら人類より高位の存在といえども仲間内で起きている事はスケールこそ違えど僕らと変わりないのだろうか?彼女ほど明るいのだから友達がいないはずないのだが。
「人類の上位存在であることは確かなんだけど、あくまで一つのシステムに過ぎないの。人間でいえばたった一人だけ」
「それは……」
僕らの様に大多数が集まって一つの社会と言うシステムを作り上げるのとは真逆の存在。システムがあってから自我をかくとくし、観測し始めたのだろう。自分以外は誰もいない場所で。
きっとそれは自我を得てしまったから故の苦悩とでも言うべきジレンマだ。ただ感情を得ずに観測を続けていればそれは何者でもない機械に過ぎない。だが、目の前の彼女は違う。豊かな感情を持ちながらも、この広い世界をただ漂っていたのだろう。その苦しみを理解する事は僕には出来ない。
「……別に、気持ち悪いって思うのは仕方ないと思うよ?でも、でもね」
「寂しかったんですよね?ずっと一人ぼっちっていうのが」
「うん……きっとそうなんだろうね。抱きしめても良いかい?」
今まで背中を向けて楽しそうにしていたはずの彼女が、辛そうに僕の胸に顔をうずめてくる。身体全身を震わせて僕を抱きしめてくる。
流石にこんな辛そうな感情を向けられて何もしないという訳にはいくまい。なけなしの勇気を振り絞って彼女の頭をなでる。
「辛かったんですよね。寂しかったんですよね。安易に分かるなんて言えませんけど……それでも頼ってください。あなたは、今までずっと頑張ってきたんだから」
「……うん、ありがとう」
僕の胸に寄りかかってきてから頭をなで続けてあげる。大変だった彼女を思いやるつもりでゆっくりと。
そうしているうちにどれだけ経ったのか分からないが、僕を抱きしめていた彼女の手から震えが徐々に消えていった。
「ごめんね?ずっと抱きしめたりなんかして」
「いえいえいえいえ、大変だったのはあなたですから」
それにこんなことは言えないが役得でもあったしね。超絶美少女を慰めるなんて大役を仰せつかる事になるなんて思いもしなかったけど。
「んふふ♪今は身体が接触してるよ?」
「あっ」
流石に考えている事を読む相手には敵いっこなさそうだな、なんて事を考えているとふいに彼女が僕の耳元に顔を寄せる。
「これからよろしくね、親友♪」
どこまで思考が読まれているのか分からないけど、僕みたいなやつを親友なんて呼ぶこの高位存在はどこかおかしいのだろうし、そんな相手を僕も悪くは思ってない時点でお似合いなのかもしれない。
「生れて初めて親友なんて呼ばれましたよ」
「じゃあ、生れてはじめて出来た親友からの二つお願いしようかな」
「なんですか?」
「まずはその敬語をやめる事。それとね?」
少し恥ずかしそうに手と手を合わせてもじもじしながら彼女は言う。ここまで来て何を恥ずかしがる事があるのだろうかと疑問に思うのだけど……。
「な、名前を付けてほしいんだ」
「名前です……名前をつければいいのか?それまたどうして?」
「だってずっと一人だったんだよ?自分で自分に名前つけるのもどうかと思って……」
「ああ、うん分かった。けど、流石にすぐじゃなくていいよな?」
「え、どうして?」
いや、そりゃ名前を付けるだなんて行為をパッと出来る奴なんてそうそういないだろう。もしいたとすればセンスのあるやつか、ただの考えなしのどちらかだ。
それに今回名前を付ける相手は僕の事を親友なんて呼んでくれたんだからな。じっくり考えたいに決まってる。
「あ……うぅ……そーゆーの卑怯だよ!!」
「え?な、なにが?」
僕の膝の上で何やら顔を真っ赤にしてポカポカと胸を攻撃してくる美少女。……可愛いかよ。
「だ、だからぁ!!」
「うわっ、ちょっ?!」
「も、もう後で覚えといてよね。……名前の事はまた決まったらちゃんと教えてね?」
「もちろん」
そう言って彼女は立ちあがり、僕に手を振る。すると色ムラの激しかった青空や子供の落書きのような花畑もここにある全てが曖昧になってゆく。
この中で形を保っているのは彼女と僕と布団だけだ。
「じゃあ、また後で。バイバイ」
僕が何かを言う暇などなく、夢の中の世界はグニャグニャと色を無くしていった。
目が覚めた。布団の中で思い出すのはもちろん夢の事。本当の事としか思えないほどにリアリティのあった夢だった。
「まさか、あんな夢を見るなんて……疲れてるのか?」
今でもありありと思い出せる彼女の事。名前を考えておくようにと言われている親友の事。びっくりするぐらい可愛かった高位存在の事。
頭の中をぐるぐるとして夢なんかじゃないのではという疑問が拭えない。
「いやいや、中学二年生でもあるまいし」
頭を切り替えて会社に行く準備をする。朝食を食べながらテレビを見るのだが、やはり夢の事が頭から離れない。
これはどうしたものか。誰かに言ったところで信じて貰えそうにないし……。
朝食を食べ終えたのち、床に置いてあるかばんを拾い上げ玄関で靴をはく。
「まぁ、そんなこともあるんだろうなぁ」
この夢はきっと誰にでも起きる事なんだろうと結論付けて、時計を見ると何と今すぐに家を出なければ会社に間に合いそうにない時間だ。
これはまずいと思い鍵をポケットにねじ込み急いでドアを開く。
するとそこには、どこかで見た事のある姿の美少女がいた。
「やぁ、来ちゃった♪」
「え、あ……」
「おいおい、親友もう忘れたのかい?さぁ、名前を付けておくれよ!」
彼女は両手を広げ満面の笑みでそう僕に言い放った。
この時から僕のどこか退屈だった日常は終わりを告げ、非日常でありながらも楽しい日々は始まったのだった。
……名前はもう少し考えさせてください。
(了)
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