婚約破棄を諦めた
主人公はばかです。
「ライアン!結婚しよ!」
私は勝手知ったる他人の家でソファに横たわり本を読んでいる彼に飛び乗り行った。
「うわぁっ!それは無理だよ」
悲鳴をあげたあと、すぐに呆れ顔になった彼、ライアンは私を下から見上げながら言った。
「なんでよ!ライアンは好きな人もいないし、私とも仲良しでしょ!問題はないはずだわ」
私はがっしりとした胸板をぎゅっと押す。
「うぇ!仲良しも仲良しだけど、こんな乱暴な女の子はいやだよ」
本当に心底嫌そうにライアンは言って、「どいて」と冷たく言いながらも慎重に優しく私を下ろした。
紳士だ。
そして、真っ直ぐと見つめて言った。
「ジュリアは兄さんの婚約者でしょ」
当たり前の事実を突きつけられる。
そんな事知ってる!
私には婚約者がいる、しかものライアンの兄。
しかし、知ったことではない!
「愛に障害はつきものよ!その方が燃えるわ!」
「僕らの間には愛なんて存在していない」
ドライなライアン。
たしかに私もライアンのことを大好きだけど、愛してはいないわね。逆もしかり。
長年の幼馴染のこの必死な様子にもこの態度。
でも負けていられないわ。
「愛なんて結婚してからでも芽生えるわ!結婚しましょう!お願い!後生だから!頼むよ!この通り!ねぇ!」
私はソファに体を起こして座っているライアンの足にすがりついた。
しかしライアンは私の手をしれっと掴み立ち上がらせ、ソファに座らせた。
「無理だよ」
再び強く拒否られ、意気消沈。
私は深くため息を吐き、ソファに倒れこむ。
「はしたないよ、ジュリア」
ライアンは冷たい目で注意してくる。
お前は私の家庭教師か!私はそれを無視して目を瞑った。
私は、ジュリア・アルフィールド。伯爵家の一人娘で、上には兄がいる。
そして、この私の求婚を散々に断ってきた男は、ライアン・シルフード。侯爵家の子息だ。先程言った通り兄がいて、私の婚約者である。
私もライアンも今年で16歳。私は結婚してもよい時期で、ライアンは婚約者がいてもよい時期。
そして私はライアンの兄との婚約を解消したい。しかし、それは家間の問題にも発展する。ならば、家の中で解決したら良い。
ちょうどライアンには婚約者がいない。
なんと都合よかろうか!ということで、私はライアンに求婚してみたのだが、結果は玉砕。
なんてことなんだ。
「もう諦めた方がいいよ。もがいたって何も変わらないよ。ジュリアは兄さんと結婚することになる」
ライアンは興味がないとばかり本に目を戻した。
もう私の存在を無視するつもりだ。
彼はいつもそうだ。
私の理解者ではないが、私は彼に何もかもを相談しに行く。
「私は、テオードに幸せになって欲しい」
「それは僕だって同じだ。だけど、ジュリアのしていることは本当に兄さんを幸せにするの?」
ライアンは私に目を向けずそう言った。
私の婚約者テオードは優しい人だ。
私と私の兄、ライアンとテオードは幼馴染だ。
両親同士が仲が良く、小さい頃からよく4人で遊んだ。
私の兄、シャーリーはすこし意地悪だった。
私のおもちゃはとるし、虫は投げつけるし、木登りの時は平気で私をのけ者にする。
でも、テオードは真逆だった。
おもちゃは貸してくれるし、綺麗なお花を摘んできてくれて、美味しいお菓子をくれる。木登りには連れて行ってくれなかったけど。
私がテオードを好きになるのは必然で、初恋の人だともいえる。
でも大人になるにつれて、みんなで遊ぶことはなくなっていった。
シャーリーと、テオードが16歳で王立の高等学園に入学してからはほとんどなくなった。
シャーリーとテオード、私とライアンで交友は続いたけれど、4人でというのはここ数年ない。
私とテオードは12歳の時に私が両親に頼んで、婚約をしたから、それからもたまに会ってくれる。
嬉しいけれど、申し訳無い気持ちになる。
だって、彼には好きな人がいるから。
公爵家の、ルミリア様。
でも、彼女は王太子様の婚約者。
あぁ、なんてことなの。
15歳の社交界デビューの日、ルミリア様とテオードをみた。
なんてお似合いの二人なのだろうと思った。
それと同様に私とテオードはなんて不釣り合いなのだろうとも感じた。
それからというもの、私はテオードにときめきを感じなくなった。
私は小さい頃からテオードが私の運命の王子様に違いないと思い込んでいたけど、違ったんだって。
それでも、テオードと結婚できるんだって、幸せだって思っていたけど、一週間前に町で二人きりでいるところを見て、私はテオードの幸せの邪魔をしているっていうことに気づいた。
私は男性としてのときめきをテオードから感じなくなったけど、兄としてのテオードはすごく大切で、幸せになって欲しい。
だから、テオードも幸せにして、私も幸せにするには婚約を破棄するしかないのだ。
それを、ライアンに話したら、「なんて勝手なんだ!」と憤慨していた。
そして馬鹿にしたように「婚約破棄なんてそんな簡単にできると思わない方がいいよ。ちなみに僕は一切の協力はしない」とのこと。
そんな脅しのようなこと言わなくてもいいじゃない。
その出来事から、すぐに次の婚約相手にライアンを選んだ。
理由はさっきの通りだけど、ライアンにはときめきなど微塵も感じない。
矛盾してると思うなかれ。
愛とはいつ生まれるか分からない。
テオードのつぎに好きなのがライアンなのだから、許して欲しい。
それにライアンには好きな人がいない。
すぐに結婚するわけじゃないし、ライアンに好きな人ができたら婚約破棄すればいい。
呆れ顔のライアンが眼に浮かぶ。
とにもかくにも、ライアンに求婚を承諾してもらう必要がある。
そうしなければ、親に相談することもできたないのだ。
「ラーイーアーンー。お願いだよー」
ごねてごねてごねまくる。
ライアンの身体を揺さぶるとさっと「やめて」と心底冷たく言われてやめた。
「私ライアンのこと好きだよ」
「そりゃ、僕も好きだよ。妹としてね。女性としては勘弁かな。幼馴染だから許すけど、他人だったら白い目でみてるかな」
爽やかに言い切るライアンに、私は閉口した。
そんな、辛辣な。
「なんでよ。どうして結婚してくれないのよ」
少し涙目になる。
「お願い、ライアン結婚ーーーーーー・・・」
とにかく結婚のループに再び戻ろうとしてところで、
ーゴス
と扉をノックした音がした。
ノックの音というか、殴りつけたかのような音だ。
この家に怪力の使用人でもいたかしらと、首を傾げた。
「あーあ。知らないよ、ジュリア。君が悪い」
ライアンは何かを諦めたように言って、
「入っていいよ」
と外に向けて言った。
「やぁ、こんなところにいたの」
いつもどおりの眩しすぎる笑顔で現れたのはテオードだ。
金髪に青い瞳に長い睫毛の王子様。
相変わらず綺麗だ。
「こんにちは。今日帰ってくる日だったのね」
私は思わず笑顔になってそういうと、テオードも同じように笑みを深くした。
「びっくりさせたくて、家に荷物置いたらすぐにジュリアに会いに行こうと思ってたのに、帰ったらライアンの部屋にいるって聞いたから飛んできたんだ」
甘すぎる言葉を聞いてさっき食べたショートケーキを思い出した。
さっきのはもうちょいと甘さ控えめだった気がする。
ちなみにテオードは学園に通いながら、父、侯爵の仕事の補助で家にいることは少なく様々な場所を飛び回っている。そのためゆっくりできる日が少ない。だけども休日はこの屋敷に帰ってきている。
割とその度に会ってくれる。
「ちょっとつもる話もあるし、僕らはなにか話し合わなきゃならないと思うんだ。だから僕の部屋でお茶でもしない?」
「さっきライアンがお茶いれてくれて、ショートケーキ食べたからいらないかな」
ライアンはちょっとだけ女のこみたいなところがあって、そういうことが得意なのだ。
さっきも言ったけど、ショートケーキは甘さ控えめでおいしかった。
「はあ」
テオードが入ってきてから気配を消していたライアンが溜息を吐いた。
「ライアン疲れたの?」
そういえば朝から入り浸ってしまっていた。
少しだけ申し訳なくなる。
「ずっと邪魔しちゃったものね。そろそろ帰るわ」
ここで気遣いができるのが淑女だ。流石にみんな私を見直すことであろう。
私はなるべく優雅に立ち上がって、
「では失礼します」
私がそう言うと、テオードがあ然とした顔をしていた。
そういえば、話をしようと言っていたのだった。
でも、もう帰る気持ちになっちゃったわけだし、まあいいか。
扉に向かって歩きだそうと一歩踏み出したところで腕を掴まれた。
それはもう、がしっと。
「おばかな、ジュリア。君が今ここでこの部屋から退室した場合のその後について、君は分かっているのかな?分かってないよね。この部屋がブラッディーな状態になることはないけど、恐ろしいことになることは間違いないよ」
ライアンはそれはもう誰も止めることができない早口でそう言った。
なんだかその気迫に押されて、
「どうすればいいの?」
と聞いてしまう。
「お願いだから、兄さんと話し合って。僕はもう知らない」
ライアンはそこで初めて私を突き放した。
今までどんなに冷たく興味のなさそうな態度であったとしても、必ず何かしらのフォローはあったのに。
「分かった」
こんなにも逃げる私にいらいらしたのだろう。
「ごめんなさい、ライアン」
そう謝れば、ライアンは困ったように笑った。
「ほんとに手のかかるやつだな。大丈夫だって。諦めればいいんだよ」
私は首を横に振った。
「諦めない」
ライアンは小さく笑ってあっそと言った。
「聡い弟だな。っさ、ジュリア行こうか」
いつのまにやら隣にいたテオードは私の手を掴んでいた。
エスコートのような優しい手つきではなく、捕まえるような、そんな感じのやつ。
「はい」
怖くて大人しくしたがった。
テオードの部屋に向かう道中考える。
これからテオードになにを話すべきか。
そういえば、昔はこんなにいろいろ考えなくても楽しくテオードとお話しできた気がする。
もっと素直になればいいのかもしれない。
そんな間にあっという間に部屋についてしまう。
静かにドアを閉めた、テオードは
「僕がお茶をいれるよ」
と言ってお茶の準備を始める。
男性の間でお茶を入れるのが流行っているのだろうか。
いい匂いがする。
私の好きなお茶だ。
こういうところだ。
こうした優しさ、私にはもったいない。
お茶を私の前に持ってきた、テオードと向かい合うように座る。
私は心を決めた。
「私は、テオードと婚約破棄がしたい」
テオードの顔は見られなかった。
私はテオードに幸せになって欲しい。
そして私も幸せになりたい。
愛しあう二人は幸せになれるけど、そうじゃなきゃ幸せになれない。
そういうことでしょ?
「それで、ライアンと結婚すると?」
とても低い声が聞こえた。
テオードが怒っている。
空気がぴりぴりと震えた。
机に乗せていた手がテオードによって握られた。
痛い。
涙を浮かべていることに気づいたテオードは顔になんの感情も浮かべていなかった。
「痛い?」
頷いても力はゆるめられない。
怖い。
テオードが知らない人みたいだ。
「僕の心はもっと痛いんだよ」
怖い。
ひたすら怖い。
なにも言えない。
そりゃそうだ。
いくら幸せになるためとはいえ、婚約破棄は不名誉なことだ。
怒るのもむりはない。
「ジュリア、約束には責任が伴うんだよ。約束なんて軽いものじゃないね。婚約はある意味契約だ。君はそれを突然切り捨てようとしてる」
優しく諭すように紡ぎ出される言葉。
「ましてはや、始まり君だ。君が僕と婚約したいと言い出した。それを自らなかったことにする責任はとらないとだよ」
そうか、私は責任をとらないといけないんだ。
「どうすればいいの?」
「そんな不安そうな顔しないで。大丈夫。僕は君が大切だから、選択肢をあげる。君は選ぶだけでいいんだよ」
「分かった」
先ほどまでの無表情はどこへやら、突然いつもの優しい笑顔に、甘い口調になったテオード。
深く安堵する。
「一つは、責任とって、このまま契約を履行すること。つまり、婚約破棄することなく、僕と結婚するということね。もう一つは、僕と婚約破棄する。代償に、君は僕の持っている田舎の屋敷に一生暮らしてもらう。そして、僕以外のだれにも会ってはいけない。もちろん僕は毎日君のそばにいるよ」
ずっと一生同じ場所で過ごさなければいけない。そして家族にも会えない。
そんな生活嫌だ。
そんなの幸せじゃない。
「テオードと結婚する!」
私は勢いよく言った。
「そうだね。正しい選択だ」
テオードは深く頷いた。
そして優しく私の頭を撫でてくれた。
そういえば先ほどから心臓の高まりが止まらない。
これがときめきかもしれない。
相変わらずテオードは美しくかっこいい。
馬鹿な私のために選択しを与えてくれるし、頭を撫でてくれる。なんて優しい。
そうか、私はテオードが好きなのか。
この心臓がバクバクする気持ちが愛なのか。
「テオード、大好きだよ」
テオードは驚いた顔をした。
それから、いつもより崩れた、でも知っている本当にうれしい時の笑顔で
「僕は愛してるよ」
と言った。
「テオード、テオード」
ちいさな女の子が、男の子の後ろをついて回る。
「おおきくなったら、テオードとけっこんする」
「だいすきテオード」
そんなことを毎日かわいい女の子から言われ続けた男の子は当たり前のように女の子を好きになって、その女の子と婚約した。
男の子は宝物のように大切に大切に、してきたつもりだった。
ずっと、自分だけを好きでいると疑わなかった。
でも女の子は少しづつ大人になり、違うものも愛するようになる。
男の子はそれが気に入らなった。
特に自分の弟と女の子が楽しそうなのは気に入らなかった。
男の子は女の子に言い聞かせた。
「愛しあう二人は幸せになれる」と。
それは言葉だけでなく、絵本や、観劇、様々な方法で行った。
だから、愛し合う二人は一緒にいなければならないと。
女の子と男の子は結ばれた。
女の子は男の子が王子様のような存在と信じて疑わない。
婚約破棄を諦めたジュリアは、テオードと結婚した。
ジュリアは子どもを産み、子どもが大人になってからは、山奥の田舎に二人でひっそりと暮らしている。