とある神父の受難(改)
教会を中心に国土全域が世界遺産に登録されているこの国は、住人より観光客のほうが多かった。
それだけ有名な観光地だが全ては公開されていない。関係者以外立ち入り禁止の区域もあり一応、注意書きをした紙が貼られているが、たまに迷い込む人もいる。
そんな迷い人が目前で立ち入り禁止の建物に入ろうとしていた。
そのことに気が付いた青年が小走りで女性に近づく。青年は茶髪を短く刈り上げ、黒い神父服を着ており、ここの関係者であることが一目でわかった。
「失礼。そこは関係者以外、立ち入り禁止ですよ」
青年が軽く声をかけると、女性はゆっくりと振り返った。その顔を見て、青年が無意識に息を飲む。
漆のように艶やかな黒髪に、長い睫毛にふちどられた黒曜石のように輝く瞳。肌は象牙のように滑らかで、赤い唇は熟れた果実のように瑞々しい。体も女性らしく豊かで、妖艶な色気が漂っている。
呆然としている青年に女性は悪びれる様子なく言った。
「あら、そうなの?ツアーの人たちとはぐれてしまって。この先にいるはずだから、ここを抜けたら近道になると思ったの」
女性の声に青年がまたしても息を飲む。いつまでも聞いていたくなる、爽やかな風のように耳に心地良い声。
呆けている青年に女性が首を傾げた。
「どうかしたの?」
「いえ!なんでもありません!」
「じゃあ、行ってもいい?」
「どうぞ……って、そっちには行かないで下さい!」
女性が建物に入ろうとしていた足を止める。
「行ってもいいって言ったじゃない」
「ですから、そちらではなく観光ルートの方に行って下さい!」
必死の形相で説明する青年に女性がクスリと笑う。
「わかっているわよ」
そこで青年は女性にからかわれたことに気が付いた。
「むこうへ行って下さい!」
「はい、はい。じゃあね」
女性が白いブラウスを翻して去っていく。モデルのように綺麗な姿勢で歩く女性に青年は思わず見惚れていた。
そのことに気が付いた青年は慌てて両手で両頬を叩く。神に全てを捧げると誓った身にあるまじきことである。
青年は煩悩を振り払うと、女性が入ろうとしていた建物の中に入っていった。
迷路のような建物の中を迷いなく進む。しばらく歩いた青年は建物の端にある倉庫の前に立つと、周囲に人がいないことを確認して素早く中に入った。
薄暗い倉庫の中で、青年がポケットから小さな懐中電灯を取り出す。クモの巣や埃がついた壁を照らし、慣れた様子で壁の一部を押すと、倉庫の入り口の下に階段が現れた。
不気味な静けさが漂う地下へと降りていく。湿度が高く、外よりも冷たい空気が頬を撫でる。地下に明かりはなく、青年が持っている懐中電灯だけが唯一の光だった。
地下についた青年が狭い廊下を歩いて行く。両側には鉄格子で区切られた小部屋があるが人の姿はない。青年が歩く先に、ほんのりとした明かりと人影が見えた。
青年は明かりがある部屋に近づくと懐中電灯を消して、鉄格子の中に声をかけた。
「食べましたか?」
そこは鉄格子の中に簡素なベッドと机があるだけの牢屋だった。そのベッドの上に白いワンピースを着た少女が座っている。
ゆるいウェーブがかかった金髪が青年の声に反応して揺れた。上を向いた顔には大きな紫の瞳と、小さな鼻と花のように可愛らしい唇がある。
まるで精霊のような美しさと可憐さを持つ少女は、どこか焦点が合わない目を青年に向けて微笑んだ。
「……お菓子が食べたい」
青年は手をつけた様子がない食事を見て軽くため息を吐いた。
「少しは食べないと体に悪いですよ」
その言葉に少女が顔を背ける。自分の要望は言うが都合が悪いことになると無言になり、視線も合わさない。
少女の対応に困った青年が懐から包み紙を取り出す。
包み紙の音に少女は顔を上げると、そのままベッドから飛び降りて鉄格子から手を伸ばした。
「ちょうだい!」
目が餓えた獣のように鋭い。いままでの幻想的な雰囲気が嘘のようだが、その姿を見慣れた青年は無言で包みを少女に渡した。
少女はベッドの上に戻ると包みにかぶりついた。少女が包みの中のお菓子と夢中で食べているうちに青年は鉄格子の一部を開けて食事を回収した。そして、そのまま地上へと戻っていった。
この不思議な少女の面倒をみるように言われたのは、数日前のことだった。自分が所属している派閥の上役に突然、呼び出されて顔を合わせたのだ。
上役は少女を前にして神妙な顔で言った。
「この少女には悪魔が憑いている。特殊な悪魔だから祓うには時間がいる。その間、食事などの世話をしてほしい。ただし他の人には見られないように」
この内容に青年は驚きながら少女を見た。どうみても普通の……いや、人間離れした美しさは普通ではないが、悪魔が憑いているようには見えなかった。
だが青年は上役の言葉をすぐに信じた。
ここは悪魔などを祓うことを生業にしている場所でもある。まだ見たことはないが、将来は悪魔祓いが出来るようになるため、青年はここに修行に来たのだ。
それからは一日三回、食事とお菓子を少女のところに運んでいるが、悪魔を見ることもなく、会話もろくに出来ない日々が続いた。
悪魔を祓うのためには悪魔が憑いている人と信頼関係を築き、全てを任せてもらう必要がある。だが、このままでは信頼もされず祓うことも出来ない。
行き詰まった青年は昨日、上役に相談した。
しかし、返事は
「君はよくやっている。だが……そうだな。こちらでも対応を考えよう」
と言われた。
任されたことも満足にできないことに青年が落ち込む。
「才能がないのかなぁ……」
青年が俯いて歩いていると、後ろから声をかけられた。
「やあ、君がセルジュかい?」
清水のように澄んだテノールボイスに聞き惚れながらセルジュが振り返ると、知らない青年が笑いかけてきた。
「私は李・ガブリエーレ。これからよろしく」
見知らぬ人からの突然のよろしく発言にセルジュが一歩下がる。よく見れば青年も自分と同じ神父服を着ていた。それだけでここの関係者であることが分かったので警戒心は解いたが疑問が残る。
「よろしくって、どういうことだ?」
「ミカル司教から君の手伝いをするように辞令が届いたんだ」
ミカル司教とはセルジュが所属している派閥のトップである。セルジュは上役がミカル司教と相談して自分の任務に補助を入れたのだと判断した。
「そうか。僕はセルジュ・カライオ。よろしく」
セルジュが手を出すと、ガブリエーレが軽く握手をした。
ガブリエーレはセルジュより少し背が低いが、漆黒の髪に鋭い黒い瞳が神秘的な雰囲気を漂わせており、そこに笑顔が加わると思わず見惚れてしまうほどの好青年だ。
これだけの男前がいれば狭いこの国ではすぐに噂になるし、姿を目にするはずである。
セルジュは率直に訊ねた。
「いつから、ここにいるんだ?」
「昨日ここに来たんだ。ここでの生活は君に教えてもらうように言われた」
「昨日?それで僕の手伝いをするように言われたのか?」
「あぁ、私が適任だって。詳しい内容は君に直接教わるように言われたけど」
セルジュの今の任務は決して口外してはいけないことである。辞令に書いたら配達途中で誰かに読まれる危険があり、そこから情報が漏れる可能性がある。
そのため直接教わるように言われたのだと考えたセルジュはあっさりと頷いた。
「そうなのか。けど、ここは人通りが多いから、あとで話そう。まずは、ここを簡単に案内するよ」
「それは助かる。ありがとう」
こうしてセルジュはガブリエーレを連れて歩きだした。
近くにあった博物館から礼拝堂、寺院へと主要の場所を説明していく。最後に聖人の像が並ぶ広場へ着いたところで、ガブリエーレを見つけた若い女性二人組の観光客が話しかけてきた。
「かっこいい!」
「本当に神父さま?」
「モデルみたい!」
「一緒に写真を撮って!」
観光でテンションが高いのか、二人組はキャアキャアと騒ぎながらガブリエーレにすり寄っていく。一方のセルジュにはカメラマンになれと無言の圧力とともにカメラを押し付けている。
セルジュがカメラを突き返そうとしたところで、ガブリエーレが二人組に微笑んだ。それだけで今まで五月蠅かった女性たちが静かになる。
頬を赤くして呆けている女性たちにガブリエーレは包み込むような穏やかな声で言った。
「あなた方のような可愛らしい女性の誘いを断るのは心苦しいのですが、私たちは写真撮影を禁じられています」
そしてセルジュが持っていたカメラを取ると、それを女性の手にのせ、そっと自分の手を重ねて頭を下げた。
「かわりにあなた方の旅の安全を祈らせて下さい」
ガブリエーレに手を触れられた女性は顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
信仰と禁欲の象徴である神父服を着ていながらも、オリエンタルな雰囲気と抑えきれない色気が漂っている。それがガブリエーレをより魅力的に、そして魅惑的な存在にしている。
顔を上げたガブリエーレは、無言となった女性たちに極上の笑みを向けた。
「では、よい旅を」
そう言うとガブリエーレは颯爽とその場から歩き去っていった。その後をセルジュが慌てて追いかける。
広場から出る前にセルジュが振り返ると、女性たちは固まったまま、その場で呆然としていた。
それからセルジュは観光客が立ち入り禁止の区域に入った。陽は傾き長い影を作っている。
「そろそろ時間だな」
「なんの時間だい?」
ここは関係者でも滅多に来ないが、セルジュは念のため周囲に人がいないことを確認すると小声で言った。
「これから見たこと聞いたことは誰にも言うなよ」
「わかった。何かするのかい?」
「悪魔憑きの女の子に食事を持っていく」
「悪魔憑きだって?君は悪魔を見たのかい?」
ガブリエーレが黒い瞳を丸くするが、声は小さい。そのことにセルジュは安堵しながら頷いた。
「いや、僕は見たことはない。けど、これはミカル司教直々の命令だから、女の子が悪魔憑きであることに間違いはない」
「ミカル司教が直接、君に命令したのかい?」
「いや、上役のルチオ神父がそう言ったんだ。ミカル司教は体調が悪いから代わりに自分が指揮をしているのだと」
「そうか」
「その様子だとガブリエーレも悪魔は見たことがないようだね」
「いや、見たことあるよ」
当然のように言われ、セルジュは驚きながらも納得して頷いた。
「それは心強い。経験者だったから僕の手伝いをするように辞令が出たんだな。おっと、話しすぎた。食事を取りに行かないと。悪魔祓いの話は後で聞かせてくれ」
話を終わらせるとセルジュは早足で歩きだした。その後ろ姿を追いかけながらガブリエーレがふと窓の外を見る。
「今夜は新月か」
暗くなってきた空に一番星が輝いていた。
食事を取りに行くと言ったセルジュだったが、着いた先は簡素な部屋だった。
「ここは?」
ガブリエーレの質問にセルジュが机の引き出しを開けながら答える。
「僕の部屋だ。ちょっと待ってくれ」
セルジュは引き出しから箱を取り出すと、その中から包み紙を一つ持ってきた。
「よし、行くか」
「それは何だい?」
「お菓子だよ。ルチオ神父が女の子はお菓子が好きだから、会う時には必ずこのお菓子をあげるようにって僕に預けたんだ。最初の頃はお菓子を食べながら話をしてくれたけど、今はお菓子が目当てって感じで僕には見向きもしなくなった」
「それは寂しいな。ちょっと見せてくれないか?」
「あぁ」
セルジュがガブリエーレに包み紙を渡す。受け取ったガブリエーレは包みを開けることなく全体を見回してセルジュに返した。
「お菓子もいいが君自身はどうなんだい?」
「どういうことだ?」
「君はちゃんと女の子を見て、女の子に関心を持って会話をしていたかい?」
「していたよ」
「そうかい?女の子を通して悪魔を見ようとしていなかったかい?悪魔を祓うために、その糸口を見つけるための会話をしていたんじゃないかい?」
「それは……」
それがなかったとは言えない。少女と対峙すると、どうしても悪魔を祓うことが頭の中をよぎる。
セルジュの思考を読み取ったのかガブリエーレが口元だけで笑う。
「女性はそういうことに敏感だからね。改善の余地があるんじゃないかな?」
セルジュは少し考えた後、大きく頷いた。
「そうだな、うん」
「次からはうまくできそうかい?」
「わからないけど、やってみる」
話しながら二人は食堂で一人前の食事を受け取って移動した。
いつも通り地下を歩く。懐中電灯がなければ歩けないほど暗いが、奥にはほんのりとした明かりと人影がある……はずなのだが、今回は人影がない。
そのことに気が付いたセルジュは食事をガブリエーレに渡して走り出した。
「いない!」
鉄格子から牢屋を覗くが少女の姿はどこにもない。
「どこにいった?」
セルジュが慌てて中に入り、ベッドの下や布団の中など数少ない隠れ場所を探すが少女の姿はない。
「どうなっているんだ?」
呆然としているセルジュに対して、ガブリエーレは食事を机の上に置くと冷静に周囲を観察した。
「争った形跡はない。入り口には鍵がかかっていた……」
と、そこで床に落ちている小さな紙切れに気が付いた。よく見れば点々と落ちている。
ガブリエーレはセルジュを呼んで床を指さした。
「この紙は、その包み紙ではないかい?」
セルジュは床に落ちていた紙切れをつまんで自分が持っている包み紙と見比べた。
「確かに同じだ。この紙切れをたどっていけば……」
セルジュは鉄格子の牢屋から出ると、紙切れを追って奥へと走っていった。
紙切れを辿って走っていたセルジュは突き当りの壁にあたった。
「どういうことだ?」
三方を壁に囲まれており、周囲を見渡すがドアらしきものはなく、どう見ても行き止まりである。
「こっちではないのか?」
悩んでいるセルジュの足元で、ガブリエールは壁と床に挟まれた紙切れを見つけた。
「いや、この先にいる可能性が高い」
そう言うとガブリエーレは壁を軽く叩きながら右側へと移動を始めた。微かな音の違いを探して耳を研ぎ澄ます。
セルジュが黙って見守っていると、ガブリエーレはある一か所で手を止めて壁を撫でた。そしてノックをするように叩くと、壁の一部が開いた。
セルジュが目を丸くして呟く。
「こんな隠し扉があるなんて……」
「古い建物にはよくあるものだ。さあ、急ごう」
「あ、あぁ。そうだな」
隠し扉を潜ると、そこは暗い通路だった。幅は狭く、いかにも隠し通路といった感じである。
人が一人通れるぐらいの通路をセルジュとガブリエーレは走った。
「この方向は……礼拝堂だ。礼拝堂の地下にこんな道があったなんて知らなかった」
「待て、静かに」
ガブリエーレに肩を掴まれてセルジュが足を止める。すぐ前に通路の出口があり明かりが見えた。
二人がそっと通路から顔を出すと、そこは広いドームになっており、真ん中には白い線で魔法陣が書かれていた。
魔法陣の周囲には八つの燭台があり、ろうそくが小さな火を灯している。そして、魔法陣の中央には白いワンピース姿の少女が倒れていた。
駆け出そうとするセルジュをガブリエーレが手で止める。セルジュが抗議するように振り返ると、どこからか足音が響いてきた。
再びドームの方に向くと、魔法陣の前にこげ茶色の髪をした中年男性が歩いてきた。茶色の瞳は険しく、眉間のシワが気難しそうな雰囲気を出している。よく見ると神父服を着ており、右手には古い壺を抱えていた。
「ルチオ神父!」
セルジュが叫ぶ前にガブリエーレが口を塞ぐ。そのまま様子を見ていると、ルチオ神父は何かを呟きながら魔法陣の周囲を歩き始めた。
時々、壺の中の液体を垂らしており、そのたびに酷い異臭が漂う。これだけ距離があるのに臭いがするということは、その壺を持っているルチオ神父は強烈な臭いに襲われているはずなのだが、表情一つ変えずに淡々と歩いている。
二人が見ている前でルチオ神父は魔法陣を一周して最後に壺を床に叩きつけた。その瞬間、鼻を裂くような悪臭が襲ってきたが、それよりも目を疑うことが起きた。
魔法陣の周囲が青白い炎に囲まれ、倒れている少女の上に黒い巨体が現れたのだ。一応、人の形をしているが、顔には目も口もなく、全身と同じ黒一色だ。
黒いコウモリのような翼を羽ばたかせ、ルチオ神父の前に降り立つ。
『新月の晩は心地よいな。今宵は何用だ?』
耳を塞ぎたくなるような不快な声が響く。その声にセルジュは思わず顔を歪めたが、ルチオ神父は少しだけ口角を上げて両手を広げた。
「契約の更新だ」
黒い巨体は目のない顔で振り返り、倒れている少女を確認すると軽く頷いた。
『良い生贄だ。いいだろう。契約を更新する』
その言葉にルチオ神父が表情を緩める。
「では、さっそくだが……」
ルチオ神父が命令をしようとしたところでセルジュが飛び出した。
「ルチオ神父!これは、どういうことですか!?」
突然現れたセルジュにルチオ神父は驚くことなく顔を向けた。
「あぁ、君か」
「!?」
セルジュはルチオ神父の顔を見て絶句した。頬が削げ落ち土色となった顔、生気のない瞳がろうそくの火で浮かび上がる。普段のルチオ神父からは想像もできない姿となっていた。
「……本当にルチオ神父なのか?」
「そうだ。どうした?あぁ、悪魔を実際に見て混乱しているのだな」
自身の姿の変化に気付いていないルチオ神父は、見当違いな独り言を言いながら納得している。
セルジュはルチオ神父の独り言を聞いて悪魔の方に視線を向けた。
「これが……悪魔……」
こうして対峙してみると、その巨体に圧倒される。体は自分の二倍はあるが、それ以上に目に見えない何かが圧迫してくる。
なにもしていないのに少しずつ首が絞められているかのように息が苦しくなる。冷や汗が頬を流れ、心臓が早鐘を打つ。
セルジュはどうすればいいのか分からず、困って視線を動かすと、倒れている少女が目に入った。
「あの女の子が生贄とは、どういうことですか!?」
ルチオ神父が興味なさそうに少女を見る。
「あれは悪魔との契約を更新するための生贄だ。家出をして放浪しているところを保護してやった」
「家出?なら家族のところへ帰すべきです!」
「心配する家族もいないと言っていたぞ。そのまま放置するよりは良いだろ」
「生贄にする方が間違っています!それに悪魔って……私たちは神の教えを説き、悪魔を祓い、人々の平穏を守るのが使命のはずです。それを、悪魔と契約するなんて破門行為、神への冒涜です!」
「神に祈ったところで私の願いは叶えられない。ならば確実に叶えてくれるほうを選ぶ。それだけだ」
「そんなことはない!とにかく、女の子を開放して下さい!」
「解放したところで、まともな生活はできないぞ」
「どういうことです?」
「気づかなかったのか?おまえが毎日あげていた菓子は中毒性が高い薬が入っていたのだ。これから菓子を食べるのを止めたとしても、菓子を求めて狂うだろう」
「なんていうことを!」
「堕落していればしているほど最高の生贄となる」
ルチオ神父は悔しがるセルジュを無視して悪魔に言った。
「生贄を追加しよう。こいつも好きにしろ」
『薬漬けになっていない人間はあまりうまくないし、男は好まん』
「なら生きのいい男を好む悪魔にやればいいだろ?」
『ふむ、そうだな。これを餌にして他の悪魔を釣るもの面白そうだ』
悪魔がセルジュに手を伸ばす。
「か、神よ!」
セルジュは叫びながら胸にかけている十字架を掲げようとして手が動かないことに気が付いた。手だけではなく、全身が金縛りにあったように動かない。
「ど、どうなっているんだ!?」
焦るセルジュの眼前に黒い手が迫る。思わず目を閉じたが、いつまでたっても黒い手に掴まれた感触がない。
セルジュが恐る恐る目を開けると、悪魔は手を伸ばしたまま顔を横に向けて動きを止めていた。
『何者だ?』
セルジュも目だけを動かして悪魔と同じ方向を見る。すると、そこには小型カメラで撮影しているガブリエーレがいた。この光景に驚く様子もなく、顔には余裕の笑みを浮かべている。
「さて、証拠はこれぐらいでいいかな」
そう言ってカメラを懐に収めると地面を蹴った。
「え?」
ガブリエーレの姿が消えると同時に、目の前にいた悪魔が倒れた。そしてセルジュの前に神父服の背中が現れた。
「え?え?」
驚いているセルジュの前でガブリエーレが堂々と悪魔の頭を踏みつけている。その光景にルチオ神父が声を荒げた。
「貴様!その足をどけろ!」
ガブリエーレが華麗に無視する。その態度にルチオ神父は悪魔に命令した。
「さっさと起きて、そいつを殺せ!」
悪魔はルチオ神父に言われる前に起きようとしていた。だが、まったく起き上がれないのだ。まるで岩山が頭の上に乗っているかのように重い。しかも、重力以外の圧迫感もある。
自分を軽々と踏みつけることができる存在。そのような者がこの世界にいるのか。いるとしたら誰か。
悪魔が千数百年分の記憶を遡る。その様子をルチオ神父は悪魔が大人しく頭を踏まれているだけと判断して怒鳴った。
「早くしろ!契約を更新しただろ!」
ルチオ神父の言葉にガブリエーレが軽く笑う。
「契約?」
ガブリエーレは悪魔に顔を近づけるように前屈みになると、パイプオルガンのように清らかな声で囁いた。
「君はたまたまここに現れたんだよね?召喚されたのではなく、たまたま現れた。そうしたら召喚の儀式をしようとしていた。そうだよね?」
甘美な声は抗う力を失くさせ、美形の微笑みが頷くように誘惑する。これで愛を囁かれれば落ちない女性はいない。女性を誘惑する悪魔でさえも顔負けするであろう。
そんな、とんでもない光景にセルジュとルチオ神父が唖然としていると、悪魔が踏まれたまま唸った。
『なにをふざけたことを……』
ガブリエーレの足に力が入り、悪魔の頭に嫌な音が響く。これには悪魔も思わず口を閉じた。
「もちろん契約の更新もなしだ。それとも……」
綺麗な顔が不敵に笑う。
「このまま頭を潰されるほうを選ぶかい?」
『いや、だが召喚された以上は契約が……』
悪魔に表情はないのだが、声色で焦っているのがわかる。出せるなら冷や汗を出しているだろう。
だが、ガブリエーレは綺麗な笑みを浮かべて優雅に説明をする。
「だから、君はたまたまここに現れたんだ。召喚されていないのだから契約更新はない。そうだろ?」
『だ、だが……』
粘る悪魔の声が止まる。悪魔が踏まれている頭を少しだけ後ろに向けた。それにつられてセルジュとルチオ神父も悪魔の後ろを見る。すると、そこには可愛らしく微笑んでいる少女が立っていた。
「な、なんで動けるんだ!?」
驚くルチオ神父に少女が笑いかける。
「あれぐらいの薬は私には効かないの。それより、あのお菓子は美味しくなかったわ。薬よりお菓子を毎日食べるほうが辛かったもの」
「なんだと!?」
叫ぶルチオ神父を無視して少女が手を顔の前に掲げる。
「これ、なーんだ?」
少女が手に持っている金色に輝くこぶし大の石を悪魔に見せつける。それを見た悪魔が両手で体を触った後、怒ったように叫んだ。
『か、返せ!いつの間に盗ったんだ!?』
慌てる悪魔をからかうように少女が小首を傾げて言った。
「えー?ちゃんと〝もらうね〟って声かけたわよ?お話に夢中になってたみたいだけど」
『いいから返せ!』
言葉の威勢はいいが、頭を踏まれているため動ける範囲は限られている。少女はクスクスと笑いながら、悪魔の前で石を見せつけるように手の中で遊んだ。
自分たちが命をかけて祓う存在である凶悪で強大な悪魔が、見目麗しく虫も殺せないような可憐な少女に弄ばれる……
そんな光景は見たくなかった。悪魔を祓うために今まで努力してきた自分が無意味でちっぽけな存在に感じてしまい現実逃避したくなる。
セルジュの魂が別の意味で昇天しかけていると、ガブリエーレが悪魔に話しかけた。
「で、君はどうしてここにいるんだっけ?」
両手をばたつかせていた悪魔は脱力して諦めたように俯いた。
『……地上に来ようとして、たまたまここに出てきた』
悪魔の言葉にガブリエーレは踏んづけていた足をどけた。
「そうだったのか。いきなり踏みつけて悪かったね。では、どこへでも行くがいい」
いけしゃあしゃあと平謝りするガブリエーレに憤慨しながらも悪魔は体を起こしながら少女に叫んだ。
『その前に、それを返せ!』
自由になった悪魔が巨体で少女を襲う。しかし少女はひらりと悪魔の攻撃をかわすと、小鳥のようにガブリエーレの隣に降り立った。
可憐な外見だが少女は意外と背が高く、ガブリエーレと同じぐらいである。
大きな紫の瞳が隣にいる黒い瞳に微笑む。
「はい」
金色の石が少女の手からガブリエーレの手に移った。
「それは何なんだ?」
セルジュの質問にガブリエーレが興味なさそうに金色の石を見回しながら答える。
「この悪魔の憑代だ。今は悪魔と言われているが、昔は他宗教の神であり信仰の対象だった。その頃、この金塊を捧げて祈っていたのだろう。これが、この悪魔とこの世界を繋いでいる」
「では、それがなければ悪魔はこの世界に現れることが出来なくなる!早く壊し……なにをするんだ!」
ガブリエーレはセルジュを無視して、悪魔に金色の石を放り投げた。
「いいの?」
可愛らしく小首を傾げる少女にガブリエーレが肩をすくめながら話す。
「あんな石、持っていても意味がないからね。さっさと消えてくれたほうがいいよ」
容赦ない扱われ方に面目丸つぶれの悪魔が渋い声を出す。
『貴様は何者だ?名は?』
悪魔の問いにセルジュが顔を青くして叫んだ。
「名前を言ってはいけない!名前を教えたら魂を囚われる!」
セルジュの忠告もどこ吹く風のごとくガブリエーレは悠然と答えた。
「李・ガブリエーレだ」
「あぁぁぁぁ……」
床に沈むセルジュとは反対に悪魔は羽をはばたかせて上空に浮かんだ。
『ガブリエーレか!名さえわかれば、こちらのもの!』
目と口があれば盛大な笑顔になっているのが声だけでわかる。悪魔は自信満々にガブリエーレを見下ろした。一方、窮地であるはずのガブリエーレは平然と悪魔を見上げている。
その様子に悪魔がガブリエーレを指さした。
『余裕でいられるのも、今のうちだ!ガブリエーレ!……ん?ガブリエーレ?』
何かが引っかかった悪魔が首を傾げる。
『ガブリエーレ……ガブリエ…………大天使!?』
何かに気が付いた悪魔にガブリエーレが微笑む。
「私の名前がどうかしたかい?」
黒い瞳が枯緑色に輝く。その瞳を見た悪魔は盛大に首を左右に振った。
『いや!私は知らない!何も見ていない!関係ない!たまたま……そう、たまたまここに出ただけなんだ!私は関係ない!だから、なにもしないでくれ!』
必死に弁明をした悪魔が魔法陣めがけて降下する。
「ま、待て!」
ルチオ神父が追いかけたが、悪魔はひどく狼狽した声でわめきながら魔法陣の中に飛び込んだ。
「……なっ」
ルチオ神父は魔法陣の前で膝と両手をつくと、ガックリと頭を下げた。
混沌とした空間に可愛らしい笑い声が響く。
「あなた、ガブリエーレっていうの?」
口を押えて肩を震わせている少女にガブリエーレが不満そうな顔をする。
「私が選んだ名前ではない」
「そうね。あなたが自分から前世の名前を使うわけないもの。この格好でなければ大笑いしているところよ」
「法王が選んだんだ。あとで文句を言わないといけないな」
「あのお爺様はああ見えてお茶目なところがあるものね。ところで、どうしてここに来たの?私一人でも大丈夫だったのに」
「我が家の姫が君のことを心配してね。連絡は途絶えるし、予定期間を過ぎても帰ってこないから。大丈夫だと説明したんだが納得しなくてね。だから私が様子を見に来たんだ」
「あら、じゃあ早く姿を見せてあげないと」
「そうだな」
セルジュは仲睦ましく談笑をしている二人をただ見つめるしかできなかった。疑問はいくらでもあるが、どう言葉にしたらいいのか、何から聞いたらいいのか分からない。
セルジュが混乱した頭を整理しようとしていると、狂ったような乾いた笑い声が響いた。セルジュが声の主を見ると、頭は白髪になり、体はシワシワの皮と骨になったルチオ神父が上をむいて笑っていた。
「ル、ルチオ神父?」
いきなり老人となったルチオ神父の姿にセルジュが戸惑う。すると笑い声が突然止み、ルチオ神父が床に倒れた。
駆け寄ろうとしたセルジュをガブリエーレが止める。
「見ていろ」
床から黒い煙が昇り、そのままルチオ神父を包み込む。そして、黒い煙が消えるとルチオ神父の姿も消えていた。
「どうなっているんだ?」
セルジュの問いに可愛い声が答える。
「あれが悪魔と契約を結んだ人の末路よ。さ、帰りましょ。最近はロクなものを食べていなかったから、お腹空いたわ」
「近くに良いピザの店を見つけたから、そこに行こう」
「いいわね。あ、でもパスタも食べたいわ」
「その店はパスタもあるよ」
「素敵。そのお店にしましょう」
二人が仲良く歩き始める。それをセルジュが慌てて止めた。
「待ってくれ!ルチオ神父はどうなったんだ?」
ガブリエーレが振り返る。その顔は淡々としており、美形なだけに彫刻のようにも見えた。
「ルチオ神父は消えた。文字通り、肉体から魂まで消滅した」
「なんだって!?」
「悪魔と契約するということは全てを渡すことだ。契約をしている間は願いは叶えられるし、体も維持していられるが、契約が切れたら肉体も魂も悪魔の元に行く。つまりこの世界からは消滅するということだ」
セルジュが警戒心を持った目で二人を見つめる。
「君たちは何者なんだ?」
「ミカル司教に聞いたらいい」
「いや、けど……」
「君はもう少し人を疑うことを覚えたほうがいい」
「じゃあね」
少女が軽く手を振ると、二人は再び歩きだした。
二人の姿が消えた頃、我に返ったセルジュは慌ててミカル司教に報告するために走った。だが、ミカル司教の世話役の神父に
「ミカル司教は体調不良のため面会を制限している。報告があるなら伝える」
と、あっさりと断られた。
それでもセルジュはどうしても直接報告したいと必死に懇願し続けた。その様子に世話役の神父は一度部屋に戻り、次に出てきた時は翌日の早朝なら、と言われた。
しかしセルジュは納得しなかった。
「明日の朝では遅いのです!」
セルジュが今すぐ報告をしたいと再び世話役の神父に訴える。すると思いもよらない答えが返ってきた。
「今回のことは把握しているので、報告は明日で良い。疲れているだろうから、今夜はしっかり休むように。と、ミカル司教は言われました」
「……把握している?」
「はい。ですので、今すぐ報告する必要はありません。それとも、今報告してミカル司教の体調を悪化させますか?」
「……いえ、わかりました」
無表情で淡々と仕事をこなす世話役の神父に負けたセルジュは渋々自室に戻った。
翌朝。
眠れない夜を過ごしたセルジュは顔に疲労を浮かべたまま、昨日は面会を断られたミカル司教がいる部屋へと向かった。ミカル司教の部屋の前には世話役の神父がいたが、すんなりと部屋に通された。
セルジュが部屋に入るとミカル司教は椅子に座っていた。人と会えないほど体調が悪かったとは思えないほど姿勢が良く、顔も生気に溢れている。むしろ一年前にここで初めてミカル司教に会った時のほうが顔色は悪かった。
セルジュは一礼をして口を開いた。
「早朝より時間を割いていただき、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ昨日はすまなかったね。それでは報告を聞こう」
セルジュは昨日の出来事を全て説明した。こうして思い返すとセルジュ自身、信じられないことの連続だったが、ミカル司教はずっと黙って聞いていた。そして話が終わると静かに補足説明を始めた。
「そうか。君まで巻き込んでしまって、すまなかった。ルチオ神父はもともと地方の教会を任せていたのだが、数年前から若い娘が行方不明になる事件が起きた。極秘調査でルチオ神父が悪魔と契約をしているらしいという情報はあったのだが証拠がなかった。それで悪魔と契約更新ができないように、ここに呼び寄せたのだが……まさか、ここで悪魔召喚をするとは思わなかった」
ミカル司教は大きく息を吐くと顔を上げて言った。
「ルチオ神父は私がこのことに気が付いていることを察したらしく、私に呪いをかけていたのだ。昨日、悪魔との契約が切れたことで私にかけられていた呪いも消えて、体調は良くなってきているのだが、まだ万全ではない」
「そうなのですか……」
セルジュは少し沈黙した後、思い切って訊ねた。
「ガブリエーレは何者なのですか?」
セルジュの率直な質問にミカル司教は目をそらさずに答えた。
「すまないが、私はガブリエーレという人物を知らない」
「えっ!?でもガブリエーレはミカル司教から辞令が届いた、と……」
「たぶん私の名を使っていいと言われたのだろう」
「使っていい?誰がそんなことを?」
「私より上の人物だ」
「上って……」
目を丸くするセルジュにミカル司教は穏やかに微笑んだ。
「気になるなら直接聞いたらいい。君に報告してもらいたかったから、ちょうどいいな」
「報告って、まさか……」
セルジュの背中に冷たい汗が流れる。
「法王に報告してきてくれ」
ミカル司教の言葉にセルジュの体は硬直した。だが返事はしないといけないため、口を魚のようにパクパクさせるが音が出ない。
セルジュは腹に力を入れて、どうにか声を出した。
「ほ、法王に!?直々にですか!?」
「そうだ。頼むよ」
「む、無理です!」
法王とは世界の三分の一の人が信仰している宗教のトップである。この宗教の人たちからしたら最も崇拝する人であり雲の上の存在である。
それはセルジュも同じであった。そして同じ職種だからこそ、憧れの存在でもあり、目の前にしたら何も話せなくなる自信がある。当然、報告どころではない。
恐縮するセルジュをミカル司教が説得する。
「君はとても貴重な体験をした。それを直接、君が見たまま、感じたままを報告することに意義があるんだよ。法王もそれを望んでいる。そのためにスケジュールを空けて下さったそうだ。今から行くといい」
望まれているのに断るわけにはいかない。セルジュは渋々了承した。
セルジュは重い足取りで法王の執務室へと移動した。執務室へ向かう途中で法王付きの神父がいたが、話は通っているらしく、何も言わなくても通された。
執務室のドアの前でセルジュは何度もノックしようと手をあげては下ろすを繰り返した。
「……なんでこんなことに」
今さらなことを呟くセルジュの耳に小さな笑い声が聞こえてきた。それは執務室の中で談笑をしているような雰囲気だった。
来客中なら時間をずらすことも考えたが、スケジュールが詰まっている法王が空いている時間はなかなかない。それよりも、今回のことはすぐに報告しないといけない事例である。
セルジュが覚悟を決めてノックをする。
「どうぞ」
老齢の穏やかな声が響く。セルジュが硬い動きで執務室に入ると、法王は机に座ってこちらを向いていた。
その前には淡い金髪の少年と黒髪の女性がいる。二人とも背中を向けているため顔は見えない。二人は和やかな雰囲気で法王と会話をしていたが不意に振り返った。そこで女性の顔を見たセルジュは驚いた。
それは昨日、立ち入り禁止の場所に入ろうとしていた女性だった。もっと前の出来事だったように錯覚してしまうが、昨日の午前中のことだ。
女性はもう一度法王の方に顔を向けると、昨日と同じ心地よい声で言った。
「じゃあ、今回のことはこれで終わりね」
法王に対する言葉使いとは思えないが、法王は気にした様子なく微笑んだ。
「あとは、こちらで処理する」
「あまりオレを呼び出さないでくれよ」
これまた法王にかける言葉とは思えない発言である。少年は大きなムーンライトブルーの瞳をしており、顔立ちは少女のように可愛らしく、宗教画から抜け出したような美しさがあった。
少女のような少年にむけて法王が困ったように笑う。
「そうしたいが、なかなか難しくてな」
「もっと人材を育てろよ」
「それも難しくてな」
「それだと解決しないだろ。あまりオレをあてにしないでくれよ」
そう言って少年がため息を吐く。
「とりあえず、今回のことは貸しにしとくから。オレたちに何かあった時はよろしく」
「わかった」
「じゃあな」
二人が執務室から出るために歩きだす。そこでセルジュと目が合った。
反射的に緊張したセルジュに対して、少年がニコッと見覚えがある笑顔になる。そしてすれ違いざまに
「お菓子ちょうだい」
と、言った。それは少年が先ほどまで法王と話していた声とはまったく違い、地下牢で何度も聞いた可愛らしい少女の声だった。
「え!?えぇ!?」
セルジュが驚いて少年を見ると背後から
「少しは人を疑うことを覚えたかい?」
と、これまた聞き覚えがある、低くも透き通った声がした。慌てて振り返ると女性が妖艶な笑みを浮かべて通り過ぎた。
女性は豊かな体をしており、どうみても男には見えない。だが声は確かにガブリエーレのものだった。
呆然としているセルジュを放置して二人が執務室から出て行く。ドアが閉まる音で我に返ったセルジュは
「どういうことだぁ!?」
と、ここが法王の執務室ということを忘れて叫んでいた。