本物
「俺の名はロト。 いわゆる、勇者だ」
まさかの勇者到来に、妖精は慌てた。
「ほ、本物ですか!? 証拠はあるんですか?」
すると、勇者は手の甲を見せてきた。
そこには、奇妙な刺青が施されていた。
「これはドラゴンの刻印。 勇者に選ばれた者は、生まれつきこの刻印が刻まれている」
その話が本当であれば、タナカが偽物だということが発覚してしまう。
しかし、そんな刻印の話など聞いたことが無かった妖精は、こちらが本物だと言い張ることにした。
「そんな刺青くらいで、本物と証明したことにはなりませんよ!」
家の外で揉めていると、向かいにある「摩訶不思議亭」と呼ばれる店の店主が出てきた。
勇者が事情を説明する。
「う~ん…… 私も刻印の話は知らんなぁ。 あ、ちょっと待っててくれ!」
店主は店に戻り、ある物を持って来た。
それは、手のひらサイズの箱であった。
「こいつはパンドラの箱だ。 勇者にしか倒せない魔物が納められてるらしい。 この中の魔物を倒した方が本物ってのはどうだ?」
「……面白い」
妖精はしめた! と思った。
どさくさに紛れて自分が倒してしまえばいい、そう思ったからだ。
妖精はタナカを呼びつけた。
「じゃあ、開けるよ!」
「え? 何が始まるんだよ……」
タナカが困惑しているのをよそに、パンドラの箱が開けられた。
モクモクと煙が立ちこめ、巨大な生物が姿を現した。
「ギエエエーーーッ!」
かん高い雄叫びを上げたその生物は、ドラゴンであった。
「ちょ…… まっちー、これヤバイって!」
ドラゴンは所構わず火球を吐き、広範囲に渡って攻撃を開始した。
一瞬にして街が火の海と化す。
勇者が叫んだ。
「おい、偽物! 貴様も勇者と名乗るのなら、市民を守れ! こいつは俺が何とかするっ」
勇者は手をかざし、詠唱を始めた。
「我が右手に宿りし稲妻の力よ、今解き放ち、魔物を食らえ! ライデ」
ズウン! と尻尾で押しつぶされた。
タナカの前にドラゴンが迫る。
「や、やめてくれっ! 俺はただの兵士なんだっ、突然勇者とか言われて舞い上がってたけどっ…… 本当は臆病な一般市民なんだ」
タナカはドラゴンに土下座した。
せめて自分の命だけは、と懇願する。
「……ふん、貴様など殺す価値もない」
ドラゴンはタナカを素通りし、妖精の方へと向かった。