女子高生と店長
「どうしてここで働くことになったの?」
「黙って問題解いてろ」
客足が落ち着き、片付けている背後から声がかかる。
当然のようにノートなどを開き勉強をしている杏梨。中身は全然進んでないのを知ってしまったがあまり関わると「なんで、教えて」とうるさいのだ。
不満そうな声をあげているが無視だ無視。
「えー……あ、わかった! 彼女とかにプレゼント渡すためとかだ!」
「黙って、解いてろ」
振り返ってそう告げると、杏梨は楽しそうな顔から一転してビビった顔で黙って頷いた。
怖がらせたようだ。
だがこれ以上付き合うきもない。ため息をついて職務に戻ろうと振り返った瞬間、顔に強い衝撃が走った。
「いってぇ……なぁ?!」
「天誅」
いつの間にかそばにいた店長の手にはお盆だけがあって、ちょうど俺の顔に当たるように持っていた。
「女の子には優しく!」
「……へいへい。すみませんでした」
「もう一発フルスイングでいっとく?」
「いらない! 悪かったよ!」
口調は軽いがお盆を持つ手にも、顔にも本気だとわかる。しばらくここで働いていて店長はわりと過激派だと俺も学んでいる。慌てて謝ると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ごめんね? りっちゃん」
「大丈夫、おもしろかった」
心配そうな顔で店長が声をかければ、杏梨からはあっけらかんとそんな言葉が返ってきた。
「ふざけんな」
「あはは!」
考えることもなくさらっと口からでてしまった言葉に、さっきとは違って楽しそうに笑って返してきた。何がそんなに楽しいやら。
「りっちゃん、何か飲む?」
「イチゴミルクがいいな!」
「ちょっと待ってて」
「はーい!」
店員はにこりと笑顔で答えると、持っていた盆に洗い物をのせてさっさと戻っていく。俺の仕事をとるなよ。
視線で見送ってしまい、取り残されたことに気づく。
ちょっとばかり気まずい。顔を合わせずにこのまま撤退したいところだな。
「私ね、ちょっとの間、家出してたんだ」
突然のカミングアウトに思わず顔を見てしまった。
俺を見ながら、事も無げに話し続ける。
「でも、その時ねお財布持たずにでちゃってお金なくてね、お金ないから遠くにもいけないし補導されても嫌じゃない? だからずっと隠れてたの」
……なんでこいつはそんな重そうな話を語りだしたんだ?
俺のことを気にした風も見せず、椅子に背を預て目の前の机を見ながら言葉を続ける。
「お腹もすいてたし、喉も乾いて、でもすぐには帰れないし帰りたくなくて意地になってた。そんときにね、店長さん、さっくんが見つけてくれてね、話聞いてくれて、ここにつれてきてもらって、すごく楽しかったの。がんばろーって思った」
……店長、人拾うの趣味かなんかか?
というか、こいつは何を話したいんだ?
「……何が言いたいんだ?」
「あの時お金あればよかったなーって思ってバイトしたいし、さっくん……左京さんにも恩返ししたいのもあって私はここでバイトしたいの。家出の前科あるから親にはなかなか許しをもらえないんだよね」
「……つまり?」
「きょんくんに聞くだけは悪いから私から話してみた!」
「……俺は話さないぞ?」
「私は話したのに?!」
信じられないって顔でこっちを見上げてくる。
いや、こいつの思考回路もどうなってんだ? って聞きたいくらいだが、なんで俺が答えると思ってんのかも謎だ。
「いまどきミステリアスな男性なんて流行らないよ!」
さっきまでの雰囲気は途端になくなって喧しくなる。
「なんだその解釈。お前は聞けばなんでも答えが返ってくると思ってんなら勘違いもいいとこだぞ」
「ひどーい! これはもうきょんくんにイチゴミルクをおごってもらうしかないな!」
ここぞとばかりに元気にアホな提案をしてきやがる。
なんで俺がそんなことをしなくてはいけないのか。
キャンキャン怒る目の前の女子高生はもう珍獣でしかない。
「そうだね」
「うおっ?! いつから居たんだ……」
「店にはずっといたでしょ。君こそなにいってるのさ」
リアルに驚いて、問えばあきれた顔で俺を見てくる店長。心臓に悪い。
店長はすぐに杏梨に笑顔で向き直る。何もなかったように。
「はい、イチゴミルク。きょんくんのおごりだよ」
「わーい! ありがとー!」
「おい!」