女子高生
店長は何事もなかったかのようにいつも通りに接してくる。なので俺もいつも通りにバイトをするし、黙々と休憩に出される食事をとる。店長の視線は感じない。というか、この間とは違う漫画を読んでいる。
以前の意味深な店長の腹を探るのもなんか怖いし、現状そっとしておくことにした。必要ならいつかまたなんか言われるだろ。
いつものように配膳していると、控えめに扉が開いた。
入ってきたのは紺のブレザーを着た女子高生だった。茶色い髪をひとつにまとめ横におだんごにしている。
俺と目があって、女子高生はとても驚いた顔で見上げている。見上げているのは単純な身長差だ。
何をそこまで驚いているのかよくわからないが、席を案内しようとしたところで、店長ができたてのガトーショコラをもって奥から顔を出した。
「あれ、りっちゃん。久し振りだね」
「てんちょー! 会いたかった!」
「それは嬉しいな。俺も会いたかったよ」
さっきまでのよそよそしさは突然引っ込んで、飛び付かんばかりのテンションで女子高生は店長に近づいていく。ホストか?と聞きたくなるような会話に耳を疑うが、店長の笑顔は胡散臭い笑顔じゃなくて、穏やかな感じの笑顔だった。
「あら、杏ちゃん。久し振りね」
「瀬名さん! そーなんです! やっと地獄の日々とおさらばしたんですー! お小遣いも手に入ったので今日はお祝いにケーキを食べに来ました!」
「あら、それは素敵ね」
常連の客とも親しいらしい。
女子高生は知り合いがいて気が緩んだのか、入ってきた時のよそよそしさは完全に消えた。
「お好きな席でどうぞ」
それだけ告げて、水とおしぼりをとりに下がる。
去り際、女子高生は何かを言いかけてやめた。そんな気がした。
「なんのケーキにする?」
「苺のやつで!」
「苺だと三種類かな。ショートケーキにタルト、ロールケーキ。それからベリー系をのせたムースケーキもあるよ」
「どれも美味しそう……悩む。んー……今日は久し振りだし、ショートケーキとロールケーキお願いします!」
「2つでいいの?」
「誘惑しないでくださいー! ほんとは店長の持ってたのも気になってるんですから」
楽しそうな会話。無縁なやつだ。
水とおしぼりを用意し戻ると、女子高生は奥の席に座っていた。店長はご機嫌な様子でケーキをとりに戻る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
いつものように声をかけて水とおしぼりを置くと、笑顔で返された。
驚いた。何をこんなにも驚くのか自分でもわからない。
無意識に自分には笑顔で対応されないものと思っていたのかもしれない。
「バイトさんですか?」
好奇心に満ちた顔で問いかけてくる女子高生。
「ああ」
答えた瞬間、女子高生は頭を垂れて唸った。
そして大きな声を出す。
「いーなー!」
「は?」
「私もここでバイトしたい」
「だってさ?」
女子高生の発言にどう答えるか考える前に、反射的に店長に丸投げにすることにした。どうせ聞こえているのはわかっている。
くすくすと笑い声が客のいる席から聞こえる。
「りっちゃんが学校と両親に了解を得られたらね」
「めんどくさいんだもん」
「そんな理由かよ」
呆れて女子高生に目をやると、悪びれることなく笑った。
「バイトのお兄さんは何て名前なの?」
「キョウヤ、くんだよ」
答える気はなかったのに、店長はさらりとバラす。
「へぇー! 私、私は杏梨です。これからまた通うのでよろしくお願いします!」
静かで落ち着いたこの喫茶店が騒がしくなる未来が見えた気がする。