花屋
世間の休日。
大学もなく、さして予定もない俺は、開店一時間ほど前のバイト先へ向かった。普通にアルバイトしに。
休日は忙しいと聞いていたがなぜかいつも強制されないので、機会がなかったが、暇なのでバイトをいれてもらった。
忙しいからと雇われたと思ったんだが俺の記憶違いだろうか、未だにあの店長は何を考えてるのかさっぱりわからない。
大通りから路地裏を抜けたところにひっそりと佇む、少し古びた喫茶店。店の前にはハーブやらなんやらの草花が植えてあり、開店の直前にメニューの書かれた黒板のような看板が置かれる。
喫茶店の雰囲気が好きでなんとなく表から行ってしまうが、もちろん入るときは裏手からだ。
前は何だかんだと遠慮してチャイムや取り立てのようなノックで呼び出していたが、今では遠慮なく開けて入る。なぜなら店長に「めんどくさいから鍵開いてるし勝手に入ってきて。ドア壊したら弁償だからね?」と言われたからだ。
ただのノリだったんだが、不快だったようなので自重している。
扉を開けて、いつもと違う光景に立ち止まる。
見知らぬ女性が店長と話していたのだ。そしてその回りには花瓶のような筒がいくつか置いてあり、そのなかには色とりどりの花がさしてあった。
「お、来たね。おはよう。そんなとこでなに突っ立ってるの?」
「おはようございます」
「……おはようゴザイマス」
店長と似たような身長で、スラッとした細身の女性で胸ほどまである髪をひとつに束ねて左に流していた。
可愛いというよりは綺麗系。少しつり目ではあるが、キツそうな感じはない。近寄りがたい雰囲気は多少あるが……見慣れない花がたくさん置いてあるからだろうか。
「 なになに? もしかしてきょんくんのタイプだった?」
「なんの話だ。つか変なあだなつけるなよ」
「シキのこと見てたでしょ。きょんくんってばむっつりなんだから」
「サイテーですね」
「は? ちがっ?!」
なんで俺初対面の女に軽蔑した目で見られなくてはいけないのか。
慌てて否定する。そんな誤解で軽蔑されても困る。
「冗談ですよ。貴方も、変なこと言わないで」
しれっと言いきって女性は、店長に向き直って呆れたように冷たい視線を送っていた。
店長は「ハハッ」と軽く笑い流す。
「改めて、紹介するよ。この子は花屋の小鳥遊 紫姫。休日は花を卸してもらってるんだ」
「はじめまして」
「どうも」
「噂はかねがね聞いてます」
「おいちょっと待てなんの噂だ」
すかさず店長を睨めば、悪びれた様子もなくウインクをとばされる。
「ナイショ」
「おい!」
「仕事。しなくていいんですか?」
問い詰めようとしたところで、花屋に言われて渋々諦めた。店長は楽しそうに笑っている。
「そうだよ、バイトくん。仕事をしたまえ!」
「うっぜー」
「言葉遣いが悪い!」
何を言っても無駄か、と気づいてため息と吐き出す。
箒とちり取りをもってまずは店内の掃除をすることにした。
花屋は店長と少し言葉を交わして、俺に挨拶をしてから店を出ていった。
「惚れちゃダメだよ」
花を整えながら、俺を見ずにそんなことを言い出す店長。
「ねーから」
いつまで引っ張る気だ。
呆れても含めて、適当に返す。
ちなみに登場人物はモデルがいまして、本人には了承を得て書いております。職種などはフィクションです。