開店準備
初めまして。
ゆっくり更新していくつもりですので、ちょっとした暇潰しになれればとても嬉しいです。
ーーその日は、雨が降っていた。
(……なんで俺、こんなとこにいるんだろ)
路地裏の壁に背を預け、ずるずるとしゃがみこむ。
動悸は治まった。あいつの姿ももうないだろう。
(……なんで俺、隠れてんだろ)
傘を忘れて、まぁいいかなんて、近道しようとしたのが悪かったのか。なんでこんなにも、タイミングが悪い。
止む気配のない雨に打たれながら、地面に座り込む。
雨音に世界の雑音はすべて呑まれていった。
ーーいっそ、このまま消えてしまえたら……
「どんなによかったか……」
ため息を吐きながら、客のいない店で男はちり取りを片手に箒でゴミを集めていた。
そこは路地裏にある少し古びた小さな喫茶店。
店主の好みで集められたアンティークや花が壁や棚に飾られている。
「ちょっと。バイトくん、掃除しながら辛気臭い顔やめてくれる? ただでさえ存在感だけは無駄にあるんだから」
店の景観を損ねる、と店主である青年がもの申す。
「うるせーよ。頼んでもねーのに雇ったのおまえだろ」
「それもそうだね。でも、決めたのは君でしょ?」
一言返せば、すぐに自分に返ってくる。
あの雨の日、座り込んだ俺に傘を差し出してこの場に連れてきてくれたのがこの店長だった。
辞めるのはいつだってできるが、なんとなく言葉に詰まって話をそらす。
「……つか、掃除あんたもやれよ。カウンターで漫画読んでねーでよ」
「今いいとこだから邪魔しないでくれる?」
「おい」
お前の店だろ、というツッコミは聞き流され、男は本日何度目かのため息を吐く。
自由気ままな店主は優雅に紅茶を飲みながら、少年漫画を読み続けている。こいつ、店の準備はどうしたーーの愚問はすでにしていて、この店主はこんなでも有能らしくいつも何食わぬ顔で全てをこなしていた。
「ため息!」
「……ハイハイ」
若い店主と拾われバイトの日常。