314 王都で出店 1
「は? 王都へ出店する?」
タケルが驚くのも無理はない。
私はずっと王都への出店を拒んできたから。そのことに深い意味があったわけではない。ただ何となくわざわざ王都へ出店しなくてもいいかなって思っていた。これ以上目立ちたくなかったし、なによりも今の生活を変えたくなかった。王都へ出店すればどうしても目立つことになる。
今も十分目立っているって?
確かにそうかもしれない。勇者であるタケルが傍にいることだけでも十分目立っている。
目立ちたくなかった私にとっては今まで通りの生活をしている方が無難だ。
でもクリリが王都の学院に入学したことで、いろいろと変わった。
王都へ遊びに行くのはタケルの魔法でいつでも行くことができる。だからそれほど困るわけではない。
でもクリリは?
クリリは困らないだろうか?
クリリは困ったことがあったとしても我慢するだろう。それがわかるだけに心配だった。たぶん、これは私が過保護なだけ。クリリは何があったとしても自分で解決するだろうから。
別に生活の拠点を王都へ移すわけではない。あくまでも王都に出店するだけだ。
「駄目かな?」
「駄目じゃないが…。うん、まあいいんじゃないか。クリリも週末に帰るところがあった方が楽だろしな」
やっぱりタケルにはなんでもお見通しだ。
「そうなのよ。寮の居心地が悪いかもしれないでしょ。そういうときに避難できる場所があったらいいかなって…。もちろんそれだけじゃないよ。学院が休みの時に働ける場所を探してたから丁度いいでしょ?」
学院が休みの時くらいのんびりすればいいのに、クリリの辞書にのんびりするとかはないらしい。
「なるほど。どうなると二階に部屋がある方が便利だな。プリーモに相談するか」
「そうね。ついでに従業員についても誰かいないか聞いておいて」
「わかった。他に希望はあるか?」
「うーん。ない」
少し考えたけど他に希望はなかったので、首を横に振る。
タケルはその後すぐにプリーモさんに会いに行ってくれた。そして次の日には候補の空き家を見つけてきた。
タケルがすごいのかプリーモさんがすごいのか…。
「へ~、思っていたのより広いけど明るいしいい感じね」
候補の空き家は少し前まで雑貨の店だったそうで、改装工事なしですぐにでも使えそうだ。それに大通りから少し離れている所が気に入った。
ただ学院から遠い気がする。そのことをタケルに問うと「クリリには自転車があるからこのくらいの距離は遠くないよ」と言われた。
確かに自転車を使えばそれほど時間はかからないだろう。
建物の持ち主は売却を考えているというので、一軒丸々買うことになった。懐が寂しくなるけど、おそらくこれほどの物件はもう出てこないだろう。二階に三部屋と三階に二部屋。ちょっと広すぎるかなと思ったけど、従業員用の寮に使ってもいいかもしれない。
「どうしますか?」
プリーモさんが笑顔で尋ねてきた。きっと私の答えがわかっているのだろう。
「ここにします!」
こうして『マジックショップナナミ王都店』への出店が本格的に決定した。