313 王都への出店??—タケルside
俺にとっての百均は、日常に欠かせないものではなかった。百円で買えなくともコンビニに行けば手に入るものだったから。そう、日本に住んでいたあの頃は百均にわざわざ行く事はなかったのだ。
この世界に来た時、日本の品物が手に入らなくなった時も百均を懐かしむことはなかった。ただネットスーパーが使えればとスマホを片手に落ち込んだことはある。
そのスマホでさえ充電切れで、しばらくすると使えなくなった。どんなにカレーが食べたくても、ラーメンを懐かしがっても米や醤油、味噌、どれ一つ手に入れることはかなわなかった。
この世界にだって美味しい食べものはある。新鮮な魚だって、日本では食べることができない魔物の肉や果物だってある。少なくとも勇者である俺は食べものが手に入らなくて、肉体的には飢えることはなかった。
それでも俺は飢えていた。日本の食べ物に飢えていた。
ずっとずっと飢えていた。
ナナミという存在を知り、百均の有難味をはじめて感じた。
百均とはなんて素晴らしいものだと……。
百円で手に入れて、その品物を高値で売って儲けをだしているナナミは実に稀有な存在だった。そして、少しだけ呆れた。
だってそうだろう?
確かに日本人から見れば、ぼったくりに近いかもしれない。
百円で買った、老眼鏡を一万円で売っているのだから。
でもこの世界には存在しない品物で、それによって助かる人は沢山存在しているのだ。もっと高値で売っても売れたはずだ。それなのにナナミは売れるとわかってからも値段を変えることはなかった。その辺はとても頑固だ。
店を大きくしたいとか、大金持ちになりたいとか、全く考えていない。ただ生きて行けるだけのお金があればいい。
王都への出店も考えていなくて、このガイアという小さな街でのんびりと暮らしていく。そしていつか故郷に帰れたらいいなぁ……って、たぶんそんなふうに思っているのだ。
ナナミと一緒にいて、彼女がまだ諦めていないことがなんとなくわかって来た。だからこの街から離れたくないのだろう。
俺はとっくに諦めてしまった。魔王を倒すために旅をしていた時は、まだ希望があった。でも魔王を倒しても日本へ帰ることができず、今までの勇者も誰一人帰れなかったと聞いた。そして勇者たちが暮らしていた国へ行き、彼らの子孫から話を聞いて回り、日本からの迷い人たちの誰一人として帰れたものはいなかった。そしていつしか二度と日本へは帰れないのだと悟っていた。諦めるまでに何年もかかった。だからこの国に来て二年にしかならないナナミが諦められないのは無理もない話だ。
そんなナナミが王都へ出店すると言い出した。
とうとう諦めたのか? 日本へ帰ることを?
そう俺は知っている。この国への迷い人は俺たち勇者とは違う。他の人たちの話から考えて、あの国ではもう死んでいる存在だ。
だからナナミが諦めてくれたのならホッとするはずなのに、なぜかがっかりしている自分がいた。それが何を示しているのかよくわからない。ただなんとなくしっくりこないのだ。
それにしてもどうして急に王都へ出店するって言いだしたのか。
今さらって気もするが、喜ぶものは沢山いるだろう。ただ王都へ出店すればこの街へ寄り道する人たちが減ってしまうだろうから、そのあたりのことも考える必要がある。プリーモへの根回しもいるな。
だが、その前にナナミが何故急にそんなことを言い出したのか聞き出さないとな…。
俺はやる気に目を輝かせているナナミを見て、これからどうするか頭を働かせていた。