312 タケルのコートは暖かい
異世界の冬は寒い…と思う。
私は外出することがあまりない。それでもたまに外に出ると空気の冷たさを感じる。
キーーンと耳鳴りが聞こえる。
それでもこの世界の住人は私よりずっと薄着なのに寒さを感じていないようだ。
「う~、寒い」
「まだ外に出て一分くらいしか経っていないぞ、ナナミ」
タケルの呆れた表情が目に入るが寒いものは寒いのだ。
「でも寒いものは寒いよ。タケルは寒くないの?」
「ぜ~んぜん」
同じ日本から来たはずのタケルは全然寒さを感じていないようだ。確かにコートを着ているけど、私が来ているコートの方が毛もふかふかしていて暖かいはずなのに。タケルのコートはぺらっぺらと言ってもいいほど薄い。
「そのコート、ぺらっぺらなのに?? なんで? なんで寒くないの?」
「ナナミ、タケルのコートは特注品よ。寒くないのは当たり前よ」
エミリアがタケルのコートを指さしながら肩をすくめている。なんと! タケルのコートは魔道具の一種で、風も寒さも通さない、そして敵の攻撃から身を守ることもできる特注品らしい。
「そうなの? タケルだけずるいじゃない」
「そうよ、ずるいわよね~」
孤児院で雪を利用した『雪だるま』を作っている。そして子供たちは雪合戦にも夢中だ。
まさかタケルのコートがそんなに便利なものだったなんて。でもよく考えれば当たり前の話だった。タケルは戦うときもあのコートを着ていた。
「今、思ったんだけど、私のコートにも魔法をかければ寒さを通さなくなるんじゃない?」
「まあな。でもコートの方にも耐久性がないと駄目だから、そのコートじゃあ無理だろうな」
「耐久性?」
「そう。魔法をかけるってことは負荷もかかるってこと。魔法が耐えられる素材でないと、せっかくのコートもボロボロになってしまう」
私はお気に入りのコートを見て項垂れる。このコートがボロボロになってしまうのは見たくない。それにタケルが来ているような武骨なコートは普段着にしたくない。
ガックシと項垂れるしかなかった。
「う~、このコートはお気に入りだから、このままでいいわ」
確かに寒いけど、我慢できないほどじゃない。
「あっ、やっぱり? たぶん、そう言うだろうと思ってたよ」
タケルは私が寒さよりも、可愛いコートの方を選ぶってわかってたみたいで笑っている。なんとなく癪に障るけど仕方ない。
「みんな、コーンスープと甘酒があるからね~。寒くなったら飲んでね~」
百均で買ったコーンスープと甘酒で作ったものだ。大量に作ったから寒さをしのぐためにみんなに飲んでもらおう。
「「「はーい」」」
元気よく返事をする子供たちの横で何故かタケルも手を挙げている。
「寒くなったらッて言ったでしょ。タケルは寒くならないんだからいらないでしょう?」
「いやいや、確かに身体は寒くならないけど、顔や手は寒いからね。ほら、手が真っ赤だろ」
タケルの手は雪だるまを素手で作ったからか真っ赤になっている。魔法を使えばあっという間に作れるのに子供たちと一緒にコロコロ転がして作っていたからだ。
雪だるまを知らないこの世界の子供たちに一から作り方を教えるためだ。
この後は『かまくら』の作り方も教えるのだと張り切っている。
「うわ~、本当に真っ赤だね。みんなもしもやけにならないかしら」
「俺らと違って、日ごろから鍛えているから手の皮が厚いみたいだから大丈夫みたいだ。ほら、子供たちの手は俺に比べてそんなに赤くなってないだろ」
タケルに言われてみんなの手を見るとタケルの言うようにほんのり赤いだけだった。
「あ~、本当だ。すごいね~、あれだけ冷たい雪を触ってたのに」
「だろ? だから俺の方が甘酒を飲む権利があるってことなんだよ」
そう言って甘酒を取りに行くタケル。スキップまでしている。
「あっ、そうだ。ほら、このコート」
タケルが突然振り返るとコートを投げてよこした。どうやら貸してくれるようだ。
私はいそいそとタケルのコートを着てみる。
なるほど。確かに暖かい。
タケルが着ていたから暖かく感じるのかなとちょっとだけ思った。
「どう? 暖かい?」
エミリアに尋ねられて、
「へへ、すごく暖かいよ~」
と答えた。