311 おせち料理を食べよう
日本で言う正月のような行事は異世界にはない。
異世界には神社もないし寺もないし、もちろん除夜の鐘も鳴らない。
一年の終わりと始まりはひっそりと誰もが意識しないうちに終わっている。
だから私の店である『マジックショップナナミ』もいつものように営業していた。
「はぁ、正月なのにクリリが帰ってこない」
店の接客はアニーとコレットさんに任せて、昼ご飯を食べているタケルに愚痴を言う。
タケルはおせちをつつきながら、昼間っから日本酒を飲んでいる。タケルはお正月気分を満喫しているようだ。
「学校があるんだから仕方がないだろう。うん、この黒豆は母のより美味いな」
黒豆は自分でも良い出来に仕上がったと
思っていたので、タケルに褒められて心の中でガッツポーズだ。
私にとっておせちは正月料理の定番だったけど、作るのは主に母親だったので日本にいるときは食べる専門だった。お手つだいと称してつまみ食いをしながら覚えたおせち料理の数々は自分で作ってみると意外と大変だった。
特に黒豆はふっくらつやつやに仕上がるまで何度も失敗したので感慨深い。
失敗作はティーグルに食べさせようとしたけど、見向きもされなかったのでごみとして処理された。もったいないことをしたなって思うけど、日本にいるときのような罪悪感がないのはごみがスライムの餌になるからだ。なんでも食べるスライムは異世界から日本に逆輸入させたいものナンバーワンだよ。
「かまぼこって日本にいるときは飾りにしか思っていなかったけど、意外と美味いよな」
「おせちには彩りに入ってるくらいに思ってたけど、こっちの世界ではかまぼこの存在価値が高くなるよね。コレットさんもアニーも美味しいって食べてたよ」
アニーは白一色よりピンク色に縁どられたかまぼこが気に入ったようで、嬉しそうにむぎゅむぎゅと味わって食べていた。味はどちらも同じはずなんだけど、ピンク色をした方が美味しいと目をキラキラさせて言っていた。
「ピンクのかまぼこと白いかまぼこ、どっちが美味しい?」
「へ? 同じじゃないのか?」
タケルが戸惑ったような顔で、二つを食べ比べる。
いつもより真剣な顔だ。食べ終わるとうーんと考え込む。
「こっちかな」
タケルが出した答えは、白いかまぼこだった。
「どうしてこっちを選んだの?」
「どちらも変わらない気がしたが、ピンクの方は色を付けている分味が落ちるんじゃないかなって思った」
どうだってどや顔でされても困る。そんな情緒のない答えは期待していなかった。
私はわざとらしく大きなため息をついた。
「タケルに期待した私が馬鹿だったわ」
「え? 違うのか? ピンクの方が高い魚を使っているのか?」
タケルの意見の方が正しいのだろうけど、ロマンとか情緒とかないのが残念だ。
タケルは首を傾げて、かまぼこを訝しい目で見つめている。
「そうそう、こっちって神社がないから今朝、神殿に行ってきたの」
話題を変えるために言ったわけではないけど、タケルの目がかまぼこから離れた。
「神殿だと? まさか一人で行ったのか?」
「ティーグルも連れて行ったわよ。やっぱり新年を迎えるわけだから神様に祈った方がいいでしょ?」
「こちらの神様は気にしないと思うぞ」
「そうかなぁ。でも初夢に出てきたんだよね」
「何が?」
「ユーリアナ女神様に決まっているでしょ」
「はぁ? 何を考えてるんだ、あの女神は!」
私の夢のことで女神さまに文句を言っても仕方がないと思うけど、タケルはブツブツと文句を言っている。
「で? 初夢で女神様が何か言ったのか?」
「よくわかったわね。最近クリリが来ないからお供え物がなくて寂しいみたいなことを言ってたの。夢にしては言ってることが細かくてね。欲しいものまでリクエストされたのよ。あまりにもリアルな夢だったから、掃除もしてお供えもして来たわ」
「はぁ~。それで神殿では誰にも会わなかったのか?」
「神殿って朝が早いのかと思っていたけど、すごく静かで誰にも出会わなかったわよ」
「ふ~ん、結界でも張っていたのか、まあ、出会ったところで何もしないとは思うが…」
タケルはブツブツと何かつぶやいていたけど、もう日本酒に酔っているのかもしれない。
これ以上お酒を飲ませないために、とっておきを出すことにした。
「そうだ。お餅があるけどぜんざいときな粉餅、どっちにする?」
「二択なのか? 磯辺焼きはないのか?」
「え? 磯辺焼きがいいの? てっきりぜんざいを選ぶと思っていたのに…」
「いや、もちろんぜんざいも食べたいが、去年食べたピザ風も美味しかったし、どれか一つなんて選べない」
これ以上酔わせないために仕方なくタケルのリクエストに応えて、数種類のお餅を使った料理を作った。そして作ってしまえば味見をするわけで、正月が明けたらまたダイエットすることになりそうだなと思いながらタケルと一緒にもち料理を堪能した。
いくら食べても太らないタケルが恨めしい…。