309 ヴィジャイナ学院 4-クリリside
ヴィジャイナ学院の寮の朝は早い。
まだ入学前ではあるけど、朝ご飯のためにクリリも早めに起きた。
けれどクリリは寮の食堂に並んでいる大勢の学生を見て、結局部屋で食べることにした。
ナナミから渡された沢山のカップ麺の中からカレーうどんを選ぶ。
「まさか、あんなに大勢の人がいるとは…、夕飯はもう少し早くいくことにした方がいいかも」
基本寮では朝と夕の食事しか出ない。昼は学院の食堂で賄うからだ。
クリリは真面目なので、朝食を食べ終えると机に向かい予習をする。新しい本を読むことは新しい知識を得ることができるので、分厚い教科書も苦にはならない。
クリリは集中していたので、ノックの音に気づかなかった。
「クリリ君? いないのかい?」
大きな声で呼ばれて、我に返る。
慌ててドアを開けると、見知らぬ人が立っていた。
「どちら様でしょう?」
「隣の部屋の者だ。僕の名はジャック・ギュートン。男爵家の三男だから、貴族と言っても端っこの方なので敬語とかはいらないよ」
青い髪をした人のよさそうな顔をした、クリリと同じくらいの年齢の男の子だ。
「もしかして同級生?」
「そう。今さっき王都の方に着いたばかりなんだ。観光したかったのに、遅れたらいけないからって、真っすぐにここに連れてこられてさぁ。あれ? もしかして勉強していたの? クリリ君って真面目なんだね」
机の上を見てジャックは目を丸くしている。
「あ~、俺の名前知ってるの?」
「うん。だって君は有名だから、知らない人はいないと思うよ」
「ジャックは気にならないの?」
「君が獣人だってこと? 全然。だって僕の住んでいる田舎には獣人が沢山いるんだよ。その中には友達だっているからね。確かに獣人がこの学院に通うことは今までなかったみたいだけど、そんなこと気にするなんてナンセンスだよ」
ジャックはそんなことを言いながら、クンクンと鼻を動かしている。
「どうかした?」
「なんかいい匂いがする。でも何の匂いかわからない」
「ああ、カレーの匂いだよ。朝ご飯代わりにカレーうどんを食べたから」
「カレー??」
ジャックはカレーを知らないようだった。クリリにとってカレーは当たり前のようになっているけど、王都近辺に住んでいない人には、まだまだ浸透していないようだ。
クリリは腕時計で時間を確かめて、昼をとっくに過ぎていることに気づいた。
「お昼は? もう食べたの?」
「ううん。パンでも食べようかなって思ってたところ」
「じゃあ、今からカレーライスを作るから、ジャックも食べないか?」
「カレーライス? よくわからないけど、ぜひ食べさせてくれ」
カレーライスと言っても、『マジックショップナナミ』で売っているお湯があれば数分で食べられる簡単な方だ。
ジャックはクリリが作っているのを興味深そうに眺めていた。
クリリはカレーを作りながら、ホッとしていた。友人が一人もできないかもしれないと思っていたので、全く獣人だと言うことを気にしないジャックの存在はありがたかった。
「なんか匂いは食欲をそそるけど、見た目がアレだね」
「あ~、確かにそうかも。俺は食べなれているから気にならないけど、気になるのなら違うものにしようか?」
クリリがカップ麺を取りだそうとすると、ジャックが首を振る。
「いや、何事も経験だからね。それに匂いがすごくいいから僕は食べるよ」
ジャックは目を瞑って、口にカレーを入れている。そこまでして食べなくてもとクリリは思ったけど、ジャックは口に入れた途端に目を大きく開いた。
「…ひゃに、ごね?」
口の中に物を入れたまま話そうとしているジャックを見て、貴族としてそれはどうなんだろうかとクリリは呆れた顔をする。クリリに視線の意味に気づいたのかジャックがもぐもぐと口を動かして口の中のものを食べ終える。
「何これ? すごく美味しい」
「カレーライスだよ。これは『インスタント』なんだけど、手作りだともっと美味しくなるんだ。たぶん学院の食堂でも食べられるようになっているはずだよ」
「ふ~ん、やっぱり王都はすごいなぁ~。こんな美味しいものが食べられるのかぁ」
ジャックは目をキラキラさせてガツガツとカレーを食べている。
それを見て本当にすごいのは王都じゃなくて、ナナミさんなんだけどねとクリリは心の中で思っていた。