307 入学式前日
「はぁ~、なんていうか、寂しいわ」
私は大きなため息をつく。
でもテーブルの前で鍋を食べているタケルは知らん顔だ。エルフのエミリアも聞こえていない顔で、タケルと鍋の中にあるウインナーの取り合いをしている。
アニーだけがもぐもぐとウインナーを食べながらも私に頷いてくれている。
「…モグ、モグ。ゴックン。クリリにも食べさせたいです」
そう鍋なのにクリリがいないのだ。
「クリリの好物の物ばかり入れたのに、クリリがいない」
クリリの好きなエビ入り水餃子をつつきながら呟く。
「心配するな。俺がクリリの分まで食べるから」
「そうよ。私もクリリの分まで協力するから」
タケルもエミリアも私の気持ちを逆なですることしか言わない。
「二人ともクリリが心配じゃないの?」
「クリリなら大丈夫さ」
タケルが珍しく食べる手を止めて私の方を見た。
「いじめられているかもしれないわ。今頃食べるものもなく、泣いているかも」
「ないない」
「どうしてそんなことわかるのよ」
「それはな。クリリの部屋には簡易キッチンがついているからだ」
「簡易キッチン? どうして寮の部屋にそんなものが?」
私がしている寮とまるで違う。寮とは狭く古い部屋にベッドと机をぎゅうぎゅうに入れて、歩くところがないような所だったはずだ。一人部屋になったことは聞いていたけど、簡易キッチンまでついているなんて教えてもらっていない。
「獣人ってことで一人部屋にしてくれって言われたんだ。ほら動物の毛アレルギーのやつがいたりするだろ?」
「それって差別とは違うのよね」
「ああ、そういう感じじゃあなかったな。なんかモフモフ好きで危険な奴と同じ部屋にならないためにも一人部屋にした方がいいって力説していたからな」
「モフモフ好き? 何、そんなのがいるの?」
自分のモフモフ好きは棚に上げて、危険だ、危険だと心配になる。
「寮の管理人の話だと結構いるらしい。害のないやつもいるが、モフモフ好きには頭のおかしいのもいるからな。気を付けた方が良いだろう。それに簡易キッチンがあれば食べることには困らないからな」
なるほどね。それでクリリにインスタントものをたくさん持って行かせたのか。
てっきり引っ越しの挨拶に配るためかと思っていた。クリリに余計な事言わなければよかったかも。
私の顔色が悪くなっているのを感じたのかタケルが、
「どうした?」
と聞いてくるので正直に話した。
クリリが沢山のインスタント食品に首を傾げていたので、
「私の国では引っ越しの挨拶に物を配るのよ。たぶんタケルはそのために用意したんだと思うわ」
と教えてしまったのだ。寮でも学校でも食事は提供されると聞いていたから、クリリが食べるための物だと思わなかったのだ。
「また余計なことを。この国にそんな習慣はない。それに引っ越しの挨拶なら、それ相応の物でないと捨てられるのがおちだ」
確かに安いカップ麺や缶詰を貰っても、貴族は喜ばないかもしれない。期待して袋を開けて必要のない物だった場合、かえってクリリが困ることになってしまう。
「クリリに注意したほうだいいかも」
「あれから二日は経っている。もう配っているだろう」
「でもせめて手紙でも送ってよ。こんな時電話があれば便利なのに」
本当はタケルの転移魔法でクリリに会いに行きたいが、そこは我慢する。
なんでもヴィジャイナ学院の中では授業以外で魔法を使うことを禁じられているとか。規則を破ると停学処分や退学処分になってしまうそうだ。
使用すると何故だか学院側にわかるらしいので、自重しなければならない。明日入学式に行ったときに、どういう魔法か調べるとタケルは言っていた。下手をしてクリリが停学処分にならないようにしないとね。
「明日の入学式で会えるんだから、その時でいいじゃないか」
「駄目よ。いいから早く送って!」
渋々と言う感じで、タケルはクリリに簡単な手紙を書いて送った。手紙も魔法だが魔道具を使っているので、問題ないらしい
私は無事に手紙が送られたのを見て、一息ついた。
明日はクリリの入学式だ。簡易キッチンがあるのなら、ゴルギーの肉や鍋ができるようにキッチン用品も持っていってあげよう。
他に何かいるものはないだろうかと悩んでいるうちに鍋の肉が少なくなっている。
ゆっくり考えている場合ではなさそうだ。
腕まくりをして肉の争奪戦に加わった。
アニーだけはゆっくりと食べている。孤児院で育ったとは思えないほど、食べ物に対する執着心が薄かった。それでも何故かアニーの皿には肉もウインナーもエビ入り水餃子も手に入れているから不思議だ。