303 ヴィジャイナ学院 1—クリリside
「おい聞いたか?」
「何を?」
「獣人の入学が許可されたって」
「それなら聞いたよ。なんでもガーディナー公爵家の推薦で入学されたとか」
「えっ? 俺は王家の推薦だって聞いたぞ」
「何言ってるのよ。勇者タケル様が推薦されたのよ。勇者様の愛弟子だって話だわ」
ヴィジャイナ学院の入学式が始まろうとしていた。クリリは耳が良いので遠くの会話も聞こえてくる。流石にクリリの周りでクリリの噂話をする者はいない。クリリの隣は避けられたかのように誰も座っていなかった。
クリリが獣人だということは一目でわかる。オオカミの耳が頭の上にあるし、長い尻尾も隠すことなく晒しているから。
この制服を作る時の大変さをクリリは思い出していた。
長年ヴィジャイナ学院の制服を作っている服屋は王都に二軒だけだ。一軒目に断られた時「やっぱりな」と思った。伝統ある服屋が獣人の服を作るのを嫌がるのはなんとなく理解できた。二軒目の服屋の方が格上だったから、ここで断られたらクリス様のおさがりを手直しして入学式に臨むつもりでいた。
クリリは元々クリス様からいただいた服で良いと思っていたのにナナミさんが入学式くらい新しい服でと言って聞かなかったのだ。
「私からの入学祝いよ」
ナナミさんが張り切っているので「まあ良いか」と思って付いて来たけど後悔していた。こうなることは予想できていたのに無駄にナナミさんを悲しませることになってしまった。
ナナミさんは雇い主で、クリリのいた孤児院の救世主でもあった。彼女がいなければクリリはこのヴィジャイナ学院に入学する事はなかっただろう。
「どういう事なの? クリリの制服を作れないっていうの?」
ナナミさんが怒ることは珍しい。隣に立っているタケルさんの表情は変わっていないがナナミさん同様、機嫌が悪い。
「ここは人間だけの制服を作るところなんです。獣人の服は作っておりません」
一軒目と同じことを言っている。タケルさんとナナミさんの機嫌が悪いことなど気にならないようだ。
「な、なんですって! ここはヴィジャイナ学院の服を作っている店でしょう? 獣人の入学を決めたのは学院なのにその意思を無視していいと思っているの?」
「その通りだ。このことを訴えればこの店はヴィジャイナ学院の指定から外されるだろうな」
ナナミさんとタケルさんの言葉を鼻で笑った男はこの店の主人なのだろう。ひるむ様子はない。
「ふっ、馬鹿なことを。獣人が訴えたところで誰が相手にしますか。それよりも獣人の服を作ったことが知られたら、誰もここで注文をしなくなるでしょう。私たちも商売ですからね。お引き取りください」
クリリとしては差別されることはいつものことなので気にならなかったけど、タケルさんとナナミさんはカチンと来たようだ。でも二人が怒ったところで何も変わらない。
「もういいよ。クリス様からいただいた制服があるから困らないし、この人たちも商売なんだから仕方のない事だよ」
クリリが取り成すとタケルさんは
「そうだな。馬鹿を相手にしても仕方がないか」
と相手に聞こえるような大声で言った。
「なんだと!」
店主も馬鹿にされてこぶしを振り上げたが、タケルさんにかなうわけがない。クリリが慌てて間に入る。
「クリリ、どけ」
「駄目。ナナミさんがいるところで暴力は駄目だって~」
その時、カランコロンと音がしてお客が入って来た。
「お取込みかな」
「「プリーモさん」」
入って来たのはプリーモ商会のプリーモさんだった。