301 慰安旅行 7
港に無事到着してタケルに抱えられて地上に足を下ろした瞬間、ホッと息をつく。
やっぱり海の上より、地の上の方が良い。なにより揺れないのがいいよ。
「あー、陸だぁ~。ティーグル、やっと陸地だよ」
クリリがティーグルに話しかけているけど、ティーグルは大きなあくびで返事をしている。海の上ではほとんど眠っていたからティーグルはよくわかっていないのかもしれない。
ここは東の地、チャイチャ国。昔の日本を思わせる国だった。
「着物だね」
そう服装が着物なのだ。さすがにちょんまげや日本髪のような髪型の人はいないけど、着物姿は時代劇で見る江戸時代そのものだ。洋装の人は旅人ばかりで、住人は着物を着ている。
「そうここは着物文化の国なんだ。おそらく江戸時代のころにこっちの世界に転移した人が広めたんだと思う」
「へー、すごいね。国全体に広まるなんてすばらしいね」
洋装の方が絶対に楽なのに、今でも着物が廃れていないのがすごい。
日本なんて外国の文化が入ってきたら、すぐに洋装の方が主流になったのに。
それに家もなんとなく日本を思わせる作りだ。
「宿を見たらびっくりするぞ」
タケルが楽しそうに呟く。
「びっくり?」
「ああ、ちょっといい感じなんだ」
タケルの言ってる意味が分かったのは宿についてからだった。
「ああ、これはいいね。なんか安心する」
畳とは違うけどよく似た素材で作られていて、腰を下ろすとホッとする。靴は宿屋の玄関で脱ぐようになっている。まるで日本の旅館のようだ。
これはいいね。うん、すごくいい。
「うーん、でも料理は普通なんだ。ちょっと日本の旅館の食事みたいなのを期待しちゃったよ」
私は目の前のコッコウ鳥の香草炒めと野菜スープを眺めながら呟く。
「はっはっは。米がないからさすがに無理だな。それに江戸時代って殿様でもごはんとみそ汁と魚くらいしか食べなかったくらいの粗食だったんだから、こっちの世界の方が良いもの食べてたんじゃないかな」
それもそうかぁ。肉が出るだけこっちの世界の食べ物の方が美味しかったのかもしれない。
「なんか楽しいね~。本当はナナミさんたちの故郷に行ってみたかったんだけどそれは無理でしょ? タケルさんがよく似た所なら知ってるっていうから楽しみにしてたんだ。すごく変わっているよね。あの着物とかいうの、着てみたいなぁ」
「貸出ししている店があるから、みんなで着てもいいな」
おお~、まさか異世界で着物を着られるとは思わなかった。着付けもしてくれるそうだから安心だ。ただ、足元は草履じゃないんだよね。靴なのがちょっと残念。
クリリは違和感がないみたいだけど、私はどうしても足に目がいってしまう。
草履だったら完璧なのに。あっ、髪型も違うか。
「何が違うの?」
クリリが首を傾げている。どうも口にしていたようだ。
「履物が違うのよ。それに髪型も。だからどうしても微妙な感じなの」
「あの髪型は無理だろ。よくぞあそこまで凝った髪型にしたなって感心するより呆れるからな俺は」
確かにと私も頷いてしまう。あの髪型はなかなか真似できないよ。あれだと髪も洗えそうにないものね。
「そんなに大変な髪型なの?」
「説明するのが難しいくらい複雑な髪型だな」
「へ~」
実物を見たらきっとクリリは目を丸くするだろう。
「あっ、袴姿の人がいる」
「あれは制服だな」
学生は男女関係なく袴の制服と決まっているそうだ。動きやすいからだろうなと思った。
少しだけ故郷に触れることができた気がした。もう帰ることは出来ないけど、懐かしくて愛しい世界。涙ぐみそうになった私は咳払いして感情を押し込めた。




