300 慰安旅行 6
あの覚悟は何だったのか。
朝起きると枕元にカバンが置いてあった。
ただのカバンではない。この異世界に連れてこられた時に持っていたカバンだ。
私が百均で買った商品はこのカバンからしか取り出すことは出来ない。
そして昨日海の底に沈んだはずのカバンだ。
えっ? どういうこと?
まさかタケルが探してきたの? それともユーリアナ女神様?
カバンが戻ってきたのは嬉しいけど、複雑な気分だ。昨日私がした覚悟は何だったのか。
これからはカバンがなくても頑張ろうと決意したのに…。
取り敢えず服を着替えてタケルを探すことにした。タケルがいる場所は見当がついている。
部屋を出て食堂に向かうと、案の定タケルが朝ご飯を食べていた。私が入って来ても気にならないのか食べる手を止めることはない。あれだけ食べても太らない体質が恨めしい。
「おはよう」
朝の挨拶は大切だ。一日の始まりだからね。
「…ああ」
タケルは仕方なさそうに返事をした。食事の手を止めるのが嫌だったのだろう。一日の始まりが台無しだ。
「クリリは?」
「まだ寝ている。ティーグルも一緒だ」
「そう。あのね、カバンが枕元にあったんだけど…」
「は?」
タケルが目を丸くしている。食べる手も止まった。これは…タケルじゃないわね。
じゃあ、女神様かぁ。それならそうと夢の中で会った時に言ってくれればいいのに…。
「タケルじゃないってことは女神様ね」
「それか…無くしても盗られてもナナミの所に戻るように設定されているのかもな。ナナミだとどこかに置き忘れたり有りそうだから、女神様が初めからそういう設定にしたんじゃないか」
「そう言われるとなんか複雑。私はそこまでドジっ子じゃないのに」
「いいじゃないか。カバンがなくなることはないってことが証明されたんだからな」
確かに戻ってきた。すぐにじゃなくて一日経たないと駄目なのかもしれないけど、それでも海の底に沈んだはずなのに、何事もないかのように、私のもとへ戻ってきた。
なんだかホッとしたらお腹が空いてきた。ふふふ、変なの、昨夜は全然食欲がなかったのに。
「朝ご飯はパンとスープ?」
船の中なので期待はしていなかったけど、スープは絶品だった。魚や貝のだしがきいていてなんとも言えない味だ。
思わず二杯も食べてしまった。味付けは塩だけでシンプルなのに、ここまでの味が出せるのは素材がいいからかしらね。
「ちょっと待て。なんでナナミはパンじゃなくてごはんを食べているんだ?」
「やっぱり、パンよりごはんの方が合うでしょ。この感覚は日本人だからかもしれないけどね」
「俺もごはんが食いたい」
絶対に言うと思った。あんなに食べたのにまだ食べるつもりなのかな。
「タケルはもうたくさん食べたでしょ。みんなの分がなくなるよ」
ごはんだけならいいけど、きっとスープもお代わりするに違いない。
「命の恩人だから、たくさん食べてくださいって言ってたから心配ない」
仕方なくごはんをカバンから取り出してタケルに渡す。タケルは嬉しそうにスープのお代わりを頼んでいる。船員さんの顔が引きつっているよ。
「あ~、このスープでリゾット作りたいね~」
「ああ、リゾットも良さそうだな」
船の中で食べる朝ご飯は最高に美味しかった。