289 スパイ?—メーサside
毎日の暮らしが苦しくて死ぬことばかり考えていた男がいた。
その男の名前はメーサ。冒険者としては三流でいつも失敗ばかり。いつ死んでもおかしくないなと自分でも思っていた。そんな男と組んでくれる物好きな人はいないので、一人で細々と冒険者として頑張っていた。
メーサが『マジックショップナナミ』という店を知ったのは冒険者としての仕事をしている時だった。いまでこそ超有名店だがその頃はまだごく一部にしか知られていなかった。
メーサにできる仕事は雑用だけなので、王都で暮らしている。王都の冒険者ギルドでは雑用を多く扱っており、そこそこの生活ができるくらいには稼ぐことが出来る。そして今回の依頼は『マジックショップナナミ』で買い物をしてくることだった。とても簡単な依頼なのですぐに引き受けた。雑用の依頼を引き受けるのは駆け出しの冒険者が多いので未成年が多く、泊りがけになる今回の依頼はメーサ向きだった。
買い物をしてくるだけなのに結構な金額が手に入るし、旅も危険がないことがわかっていて、今回の依頼は楽だなとメーサはのんびりと馬車に揺られていた。なんとか生き延びれそうかな。死にたいと思っているくせにまだ生きれることにホッとする自分がいる。
自分でもよくわからない感情だ。
「それにしてもプリーモ商会からの依頼か…。あの商会がわざわざ仕入れようとしているってことはすごい品物なのかな」
「カップ麺とマヨネーズとオールド眼鏡? 品物を買うお金はもらっているけど聞いたことのない品ばかりだ。俺にお金があればこの品を大量に買って転売して儲けることもできるが…無理だなぁ」
メーサは自分に冒険者としての資質が足りないことはわかっていけど学がないので他にできる仕事がなかった。のんびりと馬車に揺られているとおかしなことばかり考えてします。いつもは考える暇もないほど忙しいのだ。
『マジックショップナナミ』に初めて入った時、メーサは驚いた。見たことない品ばかりだったからだ。何故これほどの店が王都ではなく、こんなところにあるのだろうと首を傾げた。これほどの品なら王都の方が儲かるのに…。なにせプリーモ商会にも売っていない品物なのだから。
俺は頼まれていた品物を買うと、用もないのに他の品物も見て回る。
値段も品物が変わっているのに良心的な価格だ。俺はなけなしの金をはたいてジュースやカレーや缶詰を買った。もちろん自分が食べるためではない。王都で売るためだ。少しは利益になるはずだ。
そんなことを考えていると従業員と思われる女の子が試食だと言ってカップ麺を食べさせてくれたのだ。試食? 聞いたことがなかった。それでも無料みたいなのでいただいた。
俺だけではなく他の客も不思議そうな顔で食べだした。
「これは…」
「なんと…」
言葉は出なかった。とにかく美味しい。夢中でむさぼってしまった。聞けばカップ麺にお湯を注いで三分待つだけで食べれるそうだ。
これは売れる! そう思った。だがプリーモ商会が目をつけているということは、近いうちに王都でも売られるだろう。
この店もいずれプリーモ商会に吸収されるはずだ。どんなに売れるとわかっていても元手のない自分では何もできない。
メーサにできることは何もなく、頼まれた以外の品物をプリーモ商会に買い取ってもらって少しでも利益を得るこだけを考えて王都まで戻った。
「ほう、頼んだ以外の品物もあるのか。聞いてはいたが見たことのないものばかりだな」
「はい、この他にも変わった品物ばかりでした。このカップ麺は試食させていただきましたが大変美味しかったです」
まさか会長と直々に会うことになるとは思っていなかったのでメーサは緊張していた。プリーモ会長は一から商会を立ち上げた人で、あこがれの存在だった。
「このオールド眼鏡はすごい。私も最近は書類が見えにくくて困っていたのだ。だがこの素材は何でできている? 他国の品物でも見たことがないな…」
プリーモ会長はメーサのことなど忘れたように考え込んでしまった。メーサはただ黙って待っていた。報酬を貰えるまで変えることは出来ない。それに頼まれた以外の品物も買い取ってもらわなければ…。もし駄目でも誰かに売ればいい。
だがメーサの運命はこの時、すでに変わっていた。死ぬことばかり考えて生きていた男はプリーモに雇われることになる。
「頼んだ以外の物まで買ってくるとは見る目がある。全財産はたいたのだろう。どうだ私のもとで働いてみないか?」
プリーモ商会で働けるなど、夢のような話だ。
いちもにもなく引き受けた仕事は、『マジックショップナナミ』の偵察だった。買い物をしながら、スパイのように会話を聞き取り報告するだけの簡単な仕事だ。
今はガイアの街で冒険者の真似事をしながら本職であるスパイの仕事で生計をたてている。お金も溜まってきたし、もう死と隣り合わせの生活は終わった。
メーサはとても幸せな毎日を送っている。