280 二度目の夏祭り―クリリside
今日は朝から大忙しだ。毎年、夏祭りの日は走り回っている気がする。特に昨年からは孤児院と《マジックショップナナミ》の両方に顔を出すからてんてこまいだった。
だが今年は自転車があるから少しは違う。これでタケルさんが教えてくれている転移魔法が使えるようになれば、もっと便利になるよなと俺は思っていた。とはいうものの転移魔法はほかの魔法と違って、一朝一夕には使えるようにならない。今はまだ、十歩離れた場所に移動できるだけだ。それだけでも驚きの成果だが、俺には頭を抱えたくなるほどの距離だった。
「これなら歩いたほうが早いよ」
十歩くらいしか転移できなかった時、俺が思わずつぶやくとタケルさんに、
「何事も少しずつだ。一気に距離を延ばすと知らない場所に飛ばされるからな」
と言われた。焦るのはよくないらしい。
(せめて孤児院まででいいから転移魔法が使えたらいいんだけど、自転車が使えるだけでも去年よりも断然早く移動できるんだから文句を言ったら女神さまに怒られるよね)
「クリリ、孤児院のほうは大丈夫そう? 綿菓子もかき氷も準備できた?」
自転車を飛ばして帰ると、ナナミさんが心配そうな顔で迎えてくれる。
「準備万端だったよ。かき氷も今年は去年より上手に作れるって言ってたよ」
「それは良かった。去年は初めてだったから戸惑ったものね」
「初めての食べ物だからお客さんも食べ方がわからなかったから、説明するのに時間を取られたよね」
ストロースプーンを見るのが初めての人ばかりで、使い方の説明もしてたから、お客さんを待たせてしまった。今年は説明する人と、作る人を分けたから去年のように長く待たせることはないだろう。
「問題は何を食べるかなんだよね。みんな並んでるときに決めてくれればいいのに。買うときになって、どれがいいかしらとか言うんだもん」
俺がブツブツ文句を言うとクスクスとナナミさんが笑っている。
「クリリもいつも迷ってるもんな」
タケルさんに言われて、イチゴミルクにするか抹茶ミルクのあんこ付きにするかで悩んでいることを思い出す。どっちも美味しいから決められないんだよね。
「うん、確かに人のこと言えなかったみたい。かき氷はいつも食べれるわけじゃないから悩んでも仕方ないか」
《マジックショップナナミ》ではアイスは夏の間売ってるけど、かき氷は夏祭り限定になっている。売っても良いけど手間がかかるから人手が足りないのだ。プリーモホテルのレストランの方では夏限定で食べれるけどね。
「そうよ。私だっていつもイチゴミルクを食べてるけど、次は違うのにしようかって悩んでるのよ」
「そうさ、俺だって毎回悩んでる。何個までなら食べれるか、これがなかなか難しいんだよ
タケルさんの悩みは俺たちの悩みとはだいぶ違う気がしたが、真剣な顔で言ってるので頷いておいた。
「プリーモさん、今年は綿菓子早食い大会するみたいですね」
「毎年、よくやるわね。綿菓子ってそんなに早食いできるものでもないわよね」
「口の周りがべたべたになりそうだな」
今年はナナミさんも早食いには出る予定はないみたいで安心した。去年は商品の猫を欲しがって大変だったのだ。結局一番当てにしていたタケルさんが何故か氷を食べ始めたときに頭を抱えたせいで負けてしまったけど、それがなかったら一等だったと思う。
「今年の優勝の商品は自転車だって話だ」
タケルさんは優勝賞品が何かは知っていたようだ。時々、プリーモさんと話をしているみたいで、綿菓子製造機もタケルさんが夏祭りに間に合うように頼んでくれた。
それにしてもどうやら自転車が出来上がったらしい。タイヤの部分が納得のいく出来にならなくて、時間がかかったけど何度も試運転につき合わされた俺としてはうれしい限りだ。
「へー、自転車作れたんだ。そのうち自動車とか電車とかも作ってくれそうだね」
ナナミさんが言う、ジドウシャやデンシャが何か知らないけどとんでもないものなのだということはわかる。だってタケルさんが、
「さすがに無理だろう。大きすぎる。自動車が走れるような道路が必要になるし国を巻き込むことになる。それに電車より先に機関車だろ。線路も国に頑張ってもらわないと無理な話だ」