272 王女様来訪 1
夏が近づくとアイスクリームの出番だ。遠くの街からわざわざ買いに来る者もいる。
でもまさか他の国から買いに来る人がいるとは思っていなかった。
その客人はとても偉そうな人だった。後ろには何人ものお付きがゾロゾロといて、商売の邪魔だ。
「へえ、ここが『マジックショップナナミ』。思ってたよりずっと小さな店ね」
悪かったわね、ちっちゃくて。
多分何処かの国のお姫様だろうと思われる少女は、好奇心のかたまりで悪気は全くないようだ。でもこのままでは他のお客の邪魔でしかない。
「すみませんが、何か買いたいものでもありますか?」
私は偉い人にどんな挨拶をすればいいかわからないので、他の客と同じように対応した。すると後ろにいた護衛が突然「無礼者!」って剣を突きつけてきた。これには私もクリリもびっくりして固まってしまった。とても残念なことにコレットさんはとっくの昔に帰っている。でもこの隣の店には魔王退治にも同行したエミリアがいる。きっとこの騒ぎを聞きつけて助けに来てくれる。
だがエミリアは現れなかった。きっとこの時間はお客が多いからだ。エミリアにとってはお客様が神様だって言ってたから仕方がないね。
「ナナミさんに何をする!」
クリリがその護衛を突き飛ばす。体格的に突き飛ばせるはずがないから、魔法を使ったんだと思う。突き飛ばされた護衛は気を失っている。
それを見た他の護衛たちも急いで剣を構えた。
一発触発。これってかなりまずい状況?
「ユーラシア国の王女アイリス様は勇者である俺に剣を向けるのか?」
そう、クリリだったのにいつの間にかタケルに変わっている。え? クリリはどこに?
「まあ、タケル様! 本当にこの店で働いてますのね。お金が必要でしたら我が国がいくらでも援助しますのに」
「あいにくと金には不自由してない。用事がそれだったら、さっさと帰ってくれ。商売の邪魔だ」
タケルは一国の王女にもいつもと変わらない態度だ。王女の護衛たちはそんなタケルに剣を向けたままどうしたらいいのかわからないらしく戸惑っている。
「ふふふ、相変わらずね。あなたたちの敵う相手ではないわ。剣をひきなさい」
王女の命令にホッとしたように剣をひく。魔王を倒した勇者に敵うはずがないからね。
「でもね、わたくしもお客なのよ。まだ帰らないわ」
「お客だって? 王女自ら買いに来なくても、護衛の一人に買いにこさせろよ」
「まあ、ベリートリア国のカホ王妃は買いに来ても良くてわたくしには駄目だなんて失礼よ」
「はぁああ。カホ王妃が来られたのはまだ王妃になる前のことだ。それにアイリス様と違って侍女を一人しか連れていなかったから邪魔になる事もなかった。どうしてそんなに連れて来たんだ? お忍びになっていないぞ」
えー! お忍びだったんだ。どこから見ても王女様のような格好をしてティアラまでつけてて、まさかのお忍び。ふー。王女様って世間知らずなのね。
「ちょっとそこの女。今、王女様を馬鹿にした目で見たな」
護衛の一人が私の憐れみの目に気付いたのか、避難の声を上げる。きっと勇者に敵わないから私をターゲットに変えたんだと思う。弱いものにしか威張れない男っているのよね。王女様を守っている護衛がこれって超がっかり。王女様の護衛ってことは騎士様でしょ? もっとかっこいいの想像してたのに。
「おい、今、俺のことも馬鹿にしたな! もう許せん、成敗いたす」
成敗って……水戸黄◯に出て来る悪代官じゃないんだからやめてほしいよ。
「おいおい、この男はバカか? ナナミに手を出したらユーラシア国がどうなっても知らないぞ」
いや、タケル。助けてくれるのはいいけど国を潰すのはやめてよ。
「タケルはこの女のために我が国と敵対すると言うの?」
王女様はタケルの発言に驚いた声を上げる。護衛の騎士もプルプルと震えている。
「俺じゃない。ナナミには女神様の加護がある。そう言えばわかるだろう」
タケルの言葉を聞いた者は一斉に私を見た。なんと言うか見世物になったような気分。
「タケルは知らないの? 女神様の加護は絶対ではないのよ。気まぐれだからこの女をどこまで助けるかなんてわからないわ」
そうなんだあ。女神様の加護ってそんなものなんだ。そう言えばそれほど加護されてる感じないかも。この間商店街でくじを引いたけど残念賞だったし。
「これだけの商品を売ってるナナミの加護が本当にわからないのなら止めないぜ」
ええ! そこは止めようよ。タケルは私がどうなってもいいの?
王女様は店の商品を眺めている。そして跪いて頭を下げる。
「マルチ、やめなさい。この方に手を出してはなりません。ナナミ様失礼しました。この者の罪は全てわたくしの責任です。罰するのはわたくしだけで、国には手を出さないでください」
だからぁ。国を滅ぼすとか恐ろしいこと考えてないから。困ったなあ。私がいじめてるみたいだよ。