269 コーンマヨパンを作ろう
パン屋のゴングさんが店に来た時、私は久しぶりに店番をしていた。
「ナナミさん、『いーすときん』あるかい?」
ゴングさんは忙しくなってからも『いーすときん』は自分で買いに来る。
「どのくらい要りますか?」
「そうだなぁ、三十くらいもらっとこうかな」
「王都でもカレーパン売れてるみたいですね。クリス様も食べたって言ってました」
「おう、順調に売れて怖いくらいさ。ふわふわパンはよそも真似してきてるがカレーパンはうちだけだからな」
笑いが止まらないくらい売れているようだ。でもこれで満足されても困る。ゴングさんにはもっともっと私が食べたいパンを作ってもらうつもりなんだから。
私はこの間作ったコーンマヨパンとレーズンパンを鞄から取り出してゴングさんに見せる。
こんがりキツネ色に焼けたパンの上にマヨネーズとコーンが乗って絶妙なハーモニーを醸し出している。マヨネーズとコーンって合うんだよね〜〜。
「こ、これは....」
ゴングさんはそれ以上言葉にならないのか固まってしまった。
「どうぞ、食べてください」
出来立てを鞄に入れたので、パンは熱々だ。
ゴクリとゴングさんの喉が鳴った。クリリがその後ろで物欲しそうな目をしている。クリリはコーンマヨパンがお気に入りだ。私はハムマヨパンも好きだけどね。
「これは今までに食べたことがない味だ!」
ゴングさんはコーンマヨパンを二口で食べた。レーズンパンは小ぶりだったからか一口で食べた。
「作り方は簡単なんで教えますよ」
パン作りは大変なんでゴングさんの所で作ってくれるとありがたい。
それにコーンもレーズンもマヨネーズもうちの店でしか売ってないからね。売り上げにもなるから損にはならないのだ。
「はぁ〜、ナナミさんの故郷はすごいなぁ。次から次に新しいパンが出て来る」
ゴングさんは感心したように言うけど、この世界の人たちの方がのんきなんだと思う。競争の激しい世界で新しいものを生みだす努力すらしないんだから。
「ゴングさんも今売れてるからって満足してたら駄目ですよ。新しい商品を生みだすのもゴングさんの仕事ですよ」
「俺の仕事って...正直いっぱいいっぱいなんだが」
「他の人でも出来ることは、任せるんですよ。自分がなんでもしてたら若者が伸びませんよ。あー、でも若い子の方が頭が柔軟だから開発の方を任せてもいいかもしれませんね」
ゴングさんにしてみれば今でも充分売れてるから新しいことに挑戦するのを躊躇するのもわかる。
でも現状に満足していたら、いつか他の店に追い抜かれる時が来る。店を広げたんだから頑張らないとね〜。
ゴングさんが新しいレシピを持って意気揚々と帰って行くのを眺めながらクリリが口を開いた。
「絶対に新しい商品を開発なんてしないと思うよ」
「どうして?」
「だってここに来れば無料で美味しいパンのレシピを教えてもらえるんだもん。わざわざお金をかけて開発なんてしないよ」
「そうかなぁ」
「絶対にそうだって、今も頭の中はコーンマヨパンとレーズンパンのことしかないよ」
この世界はどうも新しいものを作ろうっていうのがあまりないようだ。サラダも塩で食べて満足していたから、ドレッシングもなかった。おかげで『マジックショップナナミ』のマヨネーズやドレッシングが飛ぶように売れてるんだけどね。
クリリはゴングさんの態度に腹を立てているけど、ゴングさんがこれからどうするのかはゴングさん次第だ。私としてはこの世界独特のパンを作って欲しいけどね。