268 収穫の歌
今日はタケルの領地に野菜の収穫に来た。
そこは一面、金色の麦穂が帯のように広がっている。
「そうかぁ。そろそろ麦の収穫なんだ」
この世界の主食はパンだけど、こうして収穫前の麦畑を見るのは初めてだ。
私の家の周りは田んぼが多く。この時期は田植えで忙しい。そして夏頃になるとウシガエルの鳴き声がうるさかったのを思い出す。
「ガイアの街には麦畑ってなかったよね」
「うん、みんなパンは買ってるからね。家でパンを焼く人は少数だから小麦は買ってるんだ」
このことからわかるけど、ガイアは結構都会なのかもしれない。田舎の方ではパンは焼いてるんだと思う。
「孤児院ではどうしてるの?」
「ゴングさんのところで安いのを買ってる。形が悪いのとか売れ残りを安く売ってくれるんだ」
クリリはパン屋のゴングさんは残り物がないときはわざと焼きたてのパンを残り物だと安く売ってくれる時もあるのだと言う。
さすが私が見込んだ人だよ。
柔らかいパンを売り出してから隣街や旅商人の人たちもわざわざ買うようになったせいで、売り切れることが多くなったらしい。それでも今までのように孤児院におおは安く譲ってくれているようだ。
「今日はグリンピースとそら豆を収穫してくれ」
「「「はーい」」」
タケルの号令でみんなが動き出す。私とアビーとクリリは百均で買ったカゴを下げて収穫する。手には百均で買った軍手をしている。手が荒れたらいけないからね。
私たちが収穫するのはほんの一部で、残りは育ててくれたこの町の人たちのものになる。日本の変わった野菜はこの世界でも育つようで、私が渡した種はどれも失敗すことなく育っている。
「品種改良されているせいか発育もいいし、寒さにも負けなかったな」
「じゃあ、どこでも育てられそうだね」
「ああ、大丈夫だろう。ガーディナー公爵も気にしているようだったな」
「ガーディナー公爵の領地は広いから、農業している領地の今後に役立てたいみたい。変わった野菜はそれだけでも売れるけど、育てるのが難しいと利益は少なくなるもんね。領地経営って大変だね」
「公爵家は他の収入が多いからまだいいけど、土地が良くない領地だともっと大変さ」
「土地が良くない領地?」
「砂漠化している土地もあるし、水はけが悪い土地もある。そういうところだと野菜にしろ果物にしろ育ちが悪い」
私の祖父や祖母は田植えで米を作り野菜も育てていたけど、私は何も育てたことがない。少しくらい田植えとか手伝えば良かった。虫が嫌いだったからついつい逃げてたんだよね。
野菜の収穫で気になるのも虫がこないといいなって思っている。
「ナナミさんってそんなに虫が嫌いなの?」
「うん、この世界からなくなって欲しいくらい嫌い」
「虫は役に立つこともしているんだから、そんなに嫌っちゃ駄目だよ」
わかってるんだけど、生理的に受け付けないのだから勘弁して欲しい。
「でもナナミさんの所の野菜ってどれも大人しいですね。孤児院で育てている野菜も大人しいから収穫がすごく楽です」
アルビーがグリンピースを収穫しながら呟いている。
野菜が大人しいって当たり前だよね。ハッ、そういえばなんか叫ぶ野菜もあったっけ。あれが特殊なのかと思ってたけど違うの?
「そんなに困ることをする野菜があるの?」
「逃げ回るのを追いかけるのが一番大変だった。踊るのはまだいい方かな」
野菜って土に根が張ってるのにどうやっ逃げ回るのよ。踊るって何?
詳しく聞こうとしたら歌が聞こえてきた。歌が風に乗ってる感じで心地よい。
「な、何? すごく綺麗な歌声。これって誰が歌っているの?」
「これは麦が歌っているんだ。この歌が聞こえてくると収穫してもいいよっていう合図らしい」
タケルは前にも聞いたことがあるようで、結構冷静な声で話してくれる。でも私は驚きでいっぱいだった。日本の麦は歌を歌ったりしない。収穫を教えてくれるなんて凄いよ。
「うわー、すごく心に響いてくる歌だね。麦が歌うのは知ってたけど、こんなに素晴らしいとは思わなかったよ」
「うん、みんなに話してあげたら驚くよ」
クリリとアビーも麦の歌は初めて聞くようだった。
私はグリンピースを収穫する手を止めて麦眺める。風に揺れているように見えるけど、歌いながら踊っているのかもしれない。
「明日は麦の収穫だな」
「え? もう刈っちゃうの? それだと歌は一日だけしか聞けないよ」
「確かにこの歌はいい歌だけど、一番いい時に収穫しないとせっかく歌ってくれたのが無駄になる。この歌は『収穫の歌』なんだからな」
一日だけしか聞くことのできない歌だから素晴らしいんだね。
次はいつ聴けるかわからない歌を堪能しながら、私たちはグリンピースとそら豆の収穫を再開した。