267 平凡が一番だよ
クリリの受験科目は読み書き計算だけではない。魔法学や外国語など専門的な科目もある。魔法学は専門書をクリス様が貸してくれたので、一回読めば全部覚えれるクリリは完璧に覚えている。問題は外国語。
「ルーン語が難しいんだよね~」
クリリにしては珍しく弱音を吐いている。
「ルーン語?」
「魔法を学ぶ上で大事なんだって、昔の言葉だから発音もよくわからないんだ」
よくわからないけど古語やラテン語みたいなものかな。貴族の子供は小さい頃から家庭教師がついてるからルーン語も習っているのだろう。
「でもルーン語使わなくても魔法って使えるよね」
タケルは魔法はイメージが大切だと言っていた。私もクリリもルーン語で詠唱せずに魔法を使っている。
「うん。でも高度な魔法はルーン語を使うって魔法学の本に書いてあった。ルーン語を使えば詠唱が短くなるみたいなんだ」
私とタケルは無詠唱で魔法を使っているけど、クリリはかなり長い詠唱で風の魔法を使っていた。確かに長いなぁって思ってた。詠唱している間に殺されたらどうするの?って思ってたくらいだ。
「そうなんだぁ。タケルは詠唱なしだから知らなかったよ~」
「そういえばタケルさんもだけどナナミさんも詠唱なしで魔法を使ってるよね」
「わたしは簡単な魔法しか使ってないからね。タケルは転移魔法も無詠唱だよ。勇者だから詠唱なしでもいいのかも」
「俺には無詠唱は無理だと思うから、やっぱりルーン語は必要だよね」
「必要じゃなくても受験に出るなら覚えないと受からないよ」
「そうだよね。魔法の実技でもルーン語で詠唱して火を出したり風を起こしたりするみたいだから頑張って覚えるよ」
やっぱり本だけで習うのには限界がある。クリス様にまた来てもらうのが一番いい気がして来た。私とタケルではルーン語は教えられそうにない。そう思っていたら意外なことにタケルはルーン語を知っていた。
「召喚された時の教育で一通り習ったんだ。習ったと言っても発音だけだ。勇者はこの国の言語は全部使えるはずなのになぜかルーン語の発音は習わないとダメらしい。結局、無詠唱で魔法が使えたので何の役にも立たなかったがな」
タケルが言うように、私もこの国の言葉もわかるし他の国に行っても言葉で苦労したことはない。でも私は日本語しか使っていないし、文字も日本語として認識しているだけでこの国の言葉を使っているわけではない。
今まで疑問に思わなかったけど、この国の文字ってどんな文字なんだろう。私と同じはずのタケルはルーン語が使える。と言うことは日本語ではなくルーン語が見えるのだ。
「タケルはルーン語が見えるの?」
「ああ、ルーン語でみたいと思えばルーン語で見える。多分ナナミも同じだと思うぞ」
言われて見て気付いたけど、私はこの国の言葉で見たいとか考えたことがなかった。
クリリの持っているルーン語の本を持って「ルーン語、ルーン語」と唱えていると、不思議なことに日本語でしかなかった文字がルーン語に変わった。しかもご丁寧にも日本語訳まである。これなら私でも読める。でも残念ながら読み方(発音)はわからない。
「言葉に不自由しなかったから、こっちの文字がどんな風なのか気にならなかったけどやっぱり日本語とは全く違うのね。アラビア語とかそんな感じに似ている気がする」
昔から外国語が苦手だった私にはやっぱり無理だなと思ってクリリに本を返す。
結局、タケルがクリリに発音を教えることになった。勇者召喚された時に習ったことを今でも覚えているタケルには驚かされる。やっぱり勇者になる人って普通じゃないのかもしれない。
普通じゃないタケルとクリリを見ながら、私は普通で良かったなと思う。勇者として召喚されて魔王と戦うような生活はしたくないもんね。平凡が一番だよ。