264 我が家が一番?
やっぱり我が家が一番。
ここで暮らしはじめて一年半になる。
「うーん。もうここが私の家なんだなぁ」
この異世界に来たばかりの頃は、夜になると日本に帰りたくて仕方なかった。昼間は良かった。店が忙しくて何も考えなくて済んだ。でも夜はこの部屋に一人。スマートフォンもなく、テレビもない。電話で友達と話すこともできない。ベッドは硬くなかなか寝付けない。寝てしまえば起きることはない体質だけど、寝るまでが大変だった。走馬灯のように次から次へと日本での思い出が蘇る。知り合いのいないこの世界でたった一人、寂しくてたまらなかった。
でも今は違う。一年半の間に仲間ができた。スマホやテレビはないけど、ペットのティーグルもいる。
そして強引だったけど、エミリアと言うエルフと一緒に暮らすようになった。はじめは戸惑った同居生活も今では楽しい。
でもこの世界ではじめて出来た友達のクリリは、学校に行くことが決まった。
「クリリと毎日会えなくなるのはちょっと悲しいなぁ」
クリリのためを思えばこんなチャンスはないわけで、引き止めることはできない。
「なんか子離れできない親みたいな顔になってるぞ」
タケルに言われなくてもわかっている。クリリは今すぐ学校に行くわけじゃないけど、学校に行くときはきっと泣くんだろうなって気がする。
「ねえ、タケルはさぁ、この世界に来てもう長いけどここが自分の家だって思える場所がある?」
「うーん、旅をしているときはなかったな。ずっと日本に帰ることばかり考えてたし、伯爵って言っても名ばかりだったから屋敷も自分の家って気がしなかった。でも今の家は自分の家って気がするかな」
「そっかぁ。でも自分の家ができて良かったね。私もやっと我が家って気がして来たよ」
「やっぱり風呂かな」
「そうだよね。風呂に入るとホッとするもんね」
風呂に入ってるときはやっぱり日本人だなって思う。疲れが取れる気がするから。クリリはあまり好きじゃないと言ってたけど、最近は毎日入っているようだ。風呂に入ったらあの尻尾や耳はどうなるんだろう。フサフサした尻尾だけど縮むのかな。
「クリリの尻尾って風呂に入った後って乾かすの大変そうだよね」
「急に何言ってるんだ?」
タケルは話の展開についていけないようだ。でも私は気になって仕方がない。タケルはクリリと一緒に暮らしてるんだから何か知っているはず。
「ドライヤーがあったら私が乾かすのになぁ」
クリリの尻尾をドライヤーで乾かすの自分を想像していると、
「魔法で一瞬で乾くからドライヤーなんていらないよ」
と言われてしまった。そうだった。この世界は魔法があったんだよね。悲しいことに私の夢は一瞬で終わってしまった。
「でも学院では初めての獣人になるから苦労しそうだ。みんながナナミやガーディナー公爵家の人みたいにモフモフ好きじゃあないからな」
「クリリ、いじめられるの?」
人間の間でも階級がある。正当な理由なく貴族に逆らうことは平民にはできない。学院は平民も貴族も関係ないと言ってるけど、クラスを分けているからどこまで本当かわからないらしい。
「ガーディナー公爵家に表だって逆らう人はいないと思うけど、影ではどうだろう」
「嫌な奴は魔法でやっつけたらいいよ」
クリリの魔法はタケルに習っているから、すごく上手になっている。その辺の子供には負けないと思う。
「学院の中では、私用で魔法を使うことは禁じられてるってクリスが言ってたから使えないよ。下手をしたら停学や退学になる。まあ、こっちも使えないけどあっちも使えないわけだから、その点はいいかな」
「見つからなかったらいいんじゃないって使う人はいないの?」
「魔法を使ったらわかるらしいから無理だろ。でも多勢に無勢だとクリリが強くても心配だな」
クリリが学院に入るまでに何かないか考えるとタケル言った。なんだかんだ言ってもタケルもクリリが心配なんだよね。
平民が学院に通うようになって何十年にもなるけど、それでも多少の差別はあるとクリス様は言っていた。そこに来て今度は獣人のクリリが入学することになる。反対する教師もいるだろうけど、王様も賛成してくれたのだから試験さえ受かればクリリも学院の一員だ。
クリリは精神的にも強い子だから、いじめられても大丈夫だろうけどやっぱり心配だな。今度クリス様に会った時に色々と聞いてみよう。
私だって大学まで学生してたんだから、学校なら知っている。でもここは異世界で何もかも違うから、クリス様に聞くのが一番だよね。