表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
260/314

259 魔術大会の見学 3ーアデルside



「クリス、何を考えている? あんな奴相手に本気を出さなくてもいいだろう。あれじゃあ、見せ場もなくてかわいそうじゃないか」


 僕はアデル・オズボーン。今日は親友であるクリス・ガーディナーを応援するために魔術大会に来ていた。

 魔術大会で上位に行けば上官の目にとまり出世が早くなったり、士官先が決まるので魔術大会は人気がある。だがいくら上位に行っても技を見せる前に相手に倒されれば、かえって印象が悪くなる。


「ナナミさんが来ていたから、つい力が入ってしまった。彼には悪い事をしたな」


 ナナミさん? 『マジックショップナナミ』の経営者が来てたなぁ。彼女はリバーシ大会でも見た。


「ナナミさんって、リバーシ大会にも来ていたが、クリスじゃなくてクリリって子の方を応援してたんじゃなかったか?」


「うーん、私にも応援する声は聞こえたが、名前は言ってなかっただろう。あれは私を応援していたんだ」


 いーや。あれはどう見てもクリリを応援してた。クリスは認めたくないようだが、まさかクリスはナナミさんに気があるのか? 

 黒髪に黒い瞳の少女は、意外なことに僕たちより年上だった。彼女の隣にはいつも勇者タケルが守るかのように立っているとの噂だった。僕から見ると髪が黒いだけの普通の平凡な女の子なのに、何故勇者タケルが片時も離れないのか不思議だ。この上クリスまでナナミさんに惚れてるとか聞かされたら僕の審美眼に問題があるようではないか。

 クリスとは幼い頃からの付き合いだ。幼い頃からとにかくモテたクリスには年上の彼女がひっきりなしにいた。それは将来のことを考えた付き合いではなく、軽い付き合いだった。彼女たちはほんのひと時付き合えるだけでも嬉しいと言っていた。はっきり言って、友達なら一人くらい分けてくれないかと思っている。

 そんなクリスが翻弄されている姿は今までに見たことがないので微笑ましいが、巻き込まれる周りはたまったものではないだろう。今回の準決勝の相手だった男はあっという間に倒されたため、せっかく準決勝に残れたのに売り込むことができなかった。絶対に恨まれているだろう。

それにクリスもナナミさんにいいところを見せたかったようだけど、あれではよくわからなかったに違いない。クリスは女性にモテモテだが、女性というものがわかっていない。女性というのは応援している相手が勝ったら嬉しいが、あっという間に勝つと盛り上がりがなくてつまらないと感じてしまうものだ。初めは負けそうになって、そこで彼女の応援で立ち上がり勝利する。漫画でよく見かけるパターンだが、これが女性にはうけているのだから侮ってはいけない。僕の長年の研究ではこのパターンが一番萌えるのだ。

僕はクリスにそのことを伝えた。クリスは僕を疑わしそうな目で見ていたが、『彼女を作る方法』という本の二章の三、[惚れさせるためには!]を見せるとポケットから眼鏡を取り出して真剣な顔で読みだした。

午後からの決勝に向けて本来ならもっとすべきことがあるのかもしれない。だがクリスの今一番必要なことは、体力をつけるための温かいご飯ではなくこの本なのだ。


『コンコン』


ノックの音がした。誰か来る予定があったのだろうか。予定のないものはこの控え室には来れないように指示されているはずだ。

扉を開けると噂をしていた人物が立っていた。


「クリス様、本当にお邪魔してよかったんですか?」


「やあ、ナナミさん。応援に来てくれてありがとうございます」


クリスは持っていた本を素早くクッションの下に隠して立ち上がった。眼鏡も邪魔になったのか机のか外して机の上に置く。

クリスはナナミさんのことしか目に入っていなようだけど勇者タケルとクリリと猫の獣人も一緒だ。


「クリス様はお昼は何か食べましたか?」


「いや、午後からの戦いの作戦を考えていてまだなんだ」


「それで本を読んでいたのですね。魔術の本ですか?」


ナナミさんは目がいいようだ。扉のところからでもクリスが本を読んでいたことが見えたらしいい。だが本の題名までは見えていないようでホッとした。


「ああ、次の相手は炎の魔術が得意だと聞いいているのでその対策を兼ねて読んでいたのです」


ニッコリと微笑んでいる姿からは彼が嘘をついているようには見えないだろう。だがここにはタケル様がいた。彼の目は一般人の目ではなかった。


「ほう、俺の目には『彼女を作る方法』という題名が見えた気がしたがな」


「ハッハハハ。私にそんな本が必要なわけがないだろ」


さすがはクリスだ。全く動揺しないで対応している。どちらかというと僕の方が冷や汗をかいている。


「そうよ、タケル。クリス様にそんな本は必要ないわよ。ものすごくモテモテなんだから」


フンッと言ってタケル様はそれ以上は何も言わなかった。けれどクッションの方を見ているので僕はさりげなくそのクッションの上に座った。なんとなくタケル様だったらクッション上からでも題名が見えるような気がして落ち着かないからだ。

僕が座ったのを見てクリスが安心したのがわかる。無表情にしか見えないけど長い付き合いの僕にはわかるのだ。

ナナミさんは僕たちにハンバーガーというものを食べさせてくれた。それは僕の常識を覆す食べ物だった。最近柔らかいパンが王都でも売りに出されていて、その柔らかさに驚いたばかりだというのにこのハンバーガーはそのパンに具をこれでもかと挟んでいるのだ。ただ挟んでいるだけではない。ソースがパンと具の関係を絶妙にしている。素晴らしい!

そう、僕はハンバーガーに魅せられて本のことをすっかり忘れていた。二個目のハンバーガーを取ろうとして立ち上がると何故かクッションが転がり、下にあった『彼女を作る方法』の本がコロコロとあり得ないほど転がってみんなの目に触れてしまった。慌てて隠したが賑やかだった部屋がシーンと静かになったことから、みんなに見えてしまった。クリスが怖い。ダラダラと汗が伝ってくる。どう誤魔化すべきか、必死で考えたが見つからない。


「アデルの愛読書なんですよ。見なかった事にしてあげてください」


間違いではない。確かに僕の本だけど、決して愛読書ではない。ニッコリ笑って友を切り捨てるクリスには涙が出る。


「わかってます。アデルさん、頑張ってくださいね。人間顔じゃないですよ」


ナナミさんは哀れむような目で僕を見ている。


「あのー、もっと良い本がうちにはあるのでいつでも買いに来てください」


さりげなく自分の店を宣伝する猫の獣人の目はキラキラしている。もっと良い本は気になるけど、誰もが僕の本だと納得している。クリスだって読んでいたのに……。やっぱり顔なのか?

タケル様は何故か俺たちのために用意されていたハンバーガーを食べているが、僕以外の人は僕だけを見ているので気付いていないようだ。

まさかみんなの目を僕に向けるために魔法で本を転がせたのでは……いや、まさかハンバーガーを食べるためにそんな魔法使わないよな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ