231. クリリと海鮮丼ークリリside
休日だったその日、俺は朝早くにタケルさんに起こされた。
「クリリ、今日は海鮮丼を食べに行くぞ!」
「かいせんどん?」
聞いたことのない食べものだ。タケルさんがやけに嬉しそうなので俺はすぐに着替えた。トロトロしていたらこのままの姿で連れていかれそうだ。
その懸念は当たっていたようで着替えた瞬間に知らない世界に連れて来られていた。
「タケルさん、ここどこなの?」
「セルビアナ国のウータイだ」
『マジックショップナナミ』の二号店がある場所だ。確か海があるはずだ。俺は海が見たくてキョロキョロと辺りを見渡したが海らしいものは見当たらなかった。ただし生臭いような匂いがする。それをタケルさんに言うと海の匂いだと教えられた。でも海は見えない。匂いだけなんて悲しいなと思っているとタケルさんが急に俺を肩車してくれた。小さい子供でもないのに肩車なんてやめてくれって言おうとした瞬間に目に入ってきたのは海だった。誰かに説明された訳ではないけど海だとすぐにわかる。
「すごーい、海だよタケルさん! 青くてキラキラしてる」
俺は初めて見る海に感動した。大きな水溜りのようなものだってタケルさんは言ってたけど全然違う。
昔から海の話は吟遊詩人か行商人から聞いたことがあるけど、実物を見るのは初めてだ。
こんなに広く青いなんて! 果てが見えないよ。
タケルさんの転移魔法がなかったら一生見ることは叶わなかっただろう。
ナナミさんの歌を思い出す。
「う・み・は……」
ナナミさんが歌っていた海を題材にしていた歌を歌っているとタケルさんも知っている歌だったようだ。
「おっ、クリリその歌知ってるのか? でもちょっと音程が外れてるな」
音程が外れてるのはナナミさんの歌が外れてたからだと思う。俺は聞いたまま歌っただけだもん。
絵の嗜みはないけど絵を描きたくなった。ああこの海を孤児院の仲間にも見せたい。
俺の感動を気にすることもなくタケルさんはズンズン歩く。
海を見せてくれるために肩車をしてくれたのかと思っていたら違ったようだ。タケルさんと俺の歩幅が違うから待っていられなかったようだ。
目的の場所に着くと肩から降ろしてくれた。
「海鮮丼二つ」
タケルさんが注文してくれた。ドキドキしながら待つこと数分。
「おおー! やっぱり海鮮丼はこうでなくっちゃ。ここは塩を振って食べるんだけど俺たちは醤油で食べようぜ」
タケルさんはどこからか醤油を取り出してくれて自分のと俺のにかけてくれる。
これが海鮮丼かぁ。これって生の魚? ガイアでは干し魚くらいしか食べられないから手をつけるのに躊躇した。すごく綺麗に盛り付けられているからどこから食べていいのかもわからない。
タケルさんを見ていると端の方から崩して豪快に食べている。しかも美味しい美味しいと何度も呟いている。タケルさんはどこからかハシを取り出して食べているけど俺はフォークで食べる。練習はしているけどハシはまだ上手に使えない。
「美味しい!」
初めて食べる生の魚は美味しかった。川魚を思い描いていたから泥臭いのを想像していたのでまるで違うことに驚いた。生の魚がこんなに美味だったなんて!
「そうだろ? ナナミのやつクリリと海鮮丼食べたって言ったら悔しがるだろうな〜」
ああ、そう言うことか。どうして今日になって急に海鮮丼を食べることにしたのか、ナナミさんの来れない日にしたのかようやくわかった。
今日はナナミさんは女子会を開いている。女子会なのでタケルさんは出禁を言い渡されていた。何故かナナミさんは俺の事は誘ってきたけど丁重にお断りした。俺だけ出席したらタケルさんが怖いし、女子会なのに男の俺が行くのは一度だけで懲り懲りだよ。
タケルさんは出禁にされた事がよっぽど悔しかったみたいだ。女子会に出たいって言うのが俺にはよくわからないけど、多分タケルさんの目当ては女子会で出されるナナミさんが作ったり買ったりする食事なんだろうけどね。
「俺と海鮮丼を食べたくらいでナナミさんが悔しがるかなぁ」
「実はさ、ナナミはいつかクリリに海を見せたいって言ってたんだよ。一緒に魚も食べるんだって。だから絶対に悔しがる」
ケラケラと笑っているタケルさんを見て大人気ないなぁ〜って思う。
「でもそんなことして今度は店に来るの出禁にされるんじゃないの? 夕飯も食べれなくなるよ」
俺がナナミさんが言いそうなことをタケルさんに言うと、段々とタケルさんの顔色が悪くなってきた。そこまでは考えていなかったようだ。
それでも残さずに海鮮丼を食べ終えるのだからタケルさんはすごいね。
「なあ、クリリ今日のことはナナミには内緒にしてくれないかな」
店を出るとタケルさんが提案してきた。俺もナナミさんの機嫌が悪くなるのは困るので頷いた。
「いいよ。でも夕飯はウータイのお好み焼きが食べたいな」
「ああ、そうだな。ここを観光して夕飯はヨウジの店でお好み焼きにしよう。ウータイ焼きも美味しいからそれも食べような」
タケルさんはホッとした顔で歩き出した。今から尻に敷かれて大丈夫か心配になるクリリだった。