230 ヤキトリ居酒屋が欲しいータケルside
「で? どうするつもりですか? クリリの代わりは女の子なんでしょう? タケル様の家に住むわけにはいきませんよ。守れますか?」
ショルトがうさぎ亭のエールを飲みながら俺に聞いてくる。こうしてナナミに内緒で飲むようになったのは半年前くらいからだ。エールを飲みに来た時に偶然出会って話をするようになった。本当は偶然ではないのかも知れない。俺がここにいると知っていてショルトが近付いて来た可能性もある。
だが彼はナナミの敵ではない。どちらかと言うと味方になりそうだなと思いこちらも利用させてもらう事にした。
「『マジックショップナナミ』を開店して一年が過ぎた。初めの頃は確かにナナミを拐おうとしたり盗賊が狙ったりと騒がしかったが最近はおとなしくなっているから大丈夫じゃないかと思ってるんだが」
「確かに勇者タケルがいつもそばにいると噂になっていますから迂闊に手を出すバカは減っていますが、反対にそれを利用しようとする者がそろそろ現れるのではないかと危惧しています」
「うーん、そっちだと厄介だなぁ。まあ今はエミリアもいるから手を出してこないと思うが用心した方が良さそうだな」
ビールのつまみは枝豆に似たマメとコッコウ鳥の塩焼き。前は塩が足りないせいでとぼけた味だったが最近は塩コショウを使っているらしくお代わりしたくなるほどの出来だ。ああ、焼き鳥が食べたいなぁ〜。誰か焼き鳥の居酒屋を作らないかな。出資してもいいんだけど……。それとなくショルトに相談すると目を丸くした。
「そのヤキトリと言うのがよくわからないのですが、勇者様の国の食べ物ですか?」
「ああ、今度ナナミに食べさせてもらうといいよ。似たようなのを食べさせてくれるから」
百円コンビニでヤキトリを買うことはできる。もちろん俺はそのヤキトリを美味しい美味しいと食べさせてもらっている。でも、やっぱり居酒屋で食べるヤキトリとは違う。この世界に来た時未成年だった俺がなぜ居酒屋のヤキトリの味を知っているのかと言うと年の離れた従兄弟に連れて行ってもらった事があるからだ。炭火で焼いたヤキトリの美味しさを忘れることはできない。串に刺してある鶏肉にかぶりつく。そしてエールがあれば……。
「タケル様の弱点は料理ですね。もう頭の中はヤキトリでいっぱいのようです」
「誰か良さそうなん奴がいたら紹介してくれ。別にこの街じゃなくてもいいぞ。王都の方が売れるだろうからな」
転移魔法を使えば王都まで一瞬で行けるからガイアにこだわる必要はない。そう言うとショルトは嫌そうな顔になった。
「一応、このガイアの商業ギルドの従業員なんでそんな美味しい話を他所に紹介なんてできませんよ」
やる気になってくれたようで何よりだ。これでヤキトリの店ができるのも時間の問題だな。できたらナナミと食べに行くか。
「それで先ほどの話に戻りますが、新しい従業員の子はウサギの獣人と言うことですが腕の方はどうなんです? 獣人ですから強いのではないですか?」
「それが一日中部屋の中にいる内気な女の子らしい。詳しいことは後でクリリに聞いてみるよ。でもあんまり期待しない方がいいと思う」
「そうですか。でしたら住むところはナナミさんの家が良いでしょう。でもエミリアさんが同居してるから部屋がありませんね」
「増築するのが一番だけど、ナナミ次第だな」
まあ、来年の話だ。ゆっくり考えても間に合うだろう。
「お、吟遊詩人が勇者一行の旅の話を唄うようですよ」
もう何度も聞いた事があるとショルトは前に言ってた。それは本当なようで、曲が始まった途端にショルトが声をあげた。
「またか。俺への嫌がらせじゃないだろうな」
「まあそう言わないで。この唄を聴くために来る客だっているんですよ。あの吟遊詩人だって本人が聞いてるのに唄うの嫌だと思いますよ」
とても俺のことを唄っているとは思えないほどキザなセリフだ。エミリアだってエルフを勘違いしているのかまるで別人だ。
そういえばナナミがこの店に夜に食べに来たいと言っていたが、この吟遊詩人の唄を聴くためじゃないよな。絶対に大笑いしそうだから阻止しないと……。




