222 神々の本
その年、初めての雪が降った日は朝から暇だった。
あまりに暇なのでクリリもコレットさんもエミリアも新しく出来る隣の店の準備をしようと立ち上がった。隣の店はもう大方出来上がっているけれど暖房の魔石を入れることはできないのでかなり寒い。私はここでのんびり留守番をする事にした。
『カランコロン』
「いらっしゃいませ~、ってなんだショルトさんかぁ」
「なんだとはなんだ。俺もお客さんだぞ」
「まあ、そうなんだけど。今日は何の用ですか?」
「電卓を買いに来たのと、ここで売ってもいいって許可が出たから売ってくれ。ただし、他の国で売るのは待ってほしい」
「それは構いませんよ。じゃあ、早速明日から売りますね」
ショルトさんが追加で欲しいと言った電卓を用意した。これは商業ギルドで使うらしい。
ついでにマスクの宣伝もした。これからきっと風邪が流行ると思うので風邪になったら絶対にマスクをするように言うとキョトンとしていた。
「俺は生まれてからこのかた風邪になったことがないんだよな。でも職員で風邪になったやつがいたら使わせよう。一人風邪になるとみんな風邪ひくからなぁ。今年はマスクを使ってみるか」
ショルトさんは電卓と一緒にマスクも数袋買ってくれた。
ショルトさんが帰ると本当に暇になった。雪が降る中わざわざ買いものに来ないよね。
私はカウンターで今までなかなか読むことができなかった神々についての本を読む事にした。神々の本は誰が書いたのかわからないけれど教会も認めてるということなので本当のことが書かれているのだろう。でもとにかく読みにくい。聖書を読んだことがあるけどそんな感じで、難しい言葉をいっぱい使って書かれている。私の場合翻訳があるから簡単に読めるだろうって思うかもしれないが、翻訳はあくまでも翻訳なので難しく書かれたものを簡単に訳してはくれない。
「なんて読みにくいの。この女神さまのお言葉って絶対に違うでしょう」
私も女神さまから手紙を貰ったことがあるからわかる。これは女神さまが書いたものとは違う。女神さまは人間が理解できるようにもっと簡単な文章にしてくれる。
「何を喚いてるんだ。『神々のお言葉全集』ってよくそんなもの読む気になったな」
「だってガイアの街に教会ができる事になったお告げの言葉に興味があったんだもん。でもこれには載ってないわね」
「ふーん。最近の出来事だから載ってないのかな」
「百年も前なのに最近なの?」
「神々の歴史に比べたら百年なんて最近だろう」
「なんか『神々のお言葉全集』って小難しい言葉で書かれてるから全くわからないのよね」
「さもありなん。ナナミには無理だから神々についての知りたいのならもっと子供向けの神々の本でも読むんだな」
タケルの言うように大人向けの神々の本を理解するのは私には無理なようだ。
この世界に神が存在しているのは私がここにいる事で証明されてるわけだから本当ならもっと前に調べるべきだったのだろう。タケルに会う前は元の世界に帰れる方法を探そうと思っていたのに、タケルに無理だって言われてから全く調べようとしなかった。 タケルの言うことを信じたと言うより、タケルのようになりたくなかったからだ。
タケルは私と違って色々な魔法を使えるから帰れる方法を探して探して探したんだと思う。それでも見つけることはできなくて、私と会った時はもう絶望していた。あの時のタケルは何もかもを諦めたような顔をしていた。カレーを食べて泣いていたのも日本へ帰ることを完全に諦めた涙だった。
私は完全に諦めるなんて嫌だった。心の中に少しくらいは『もしかしたら』を残しておきたかった。だから私に手紙をくれた優しい女神さまのことを調べなかったし、日本に本当に帰ることができないのかも考えないようにしていた。
でもこの世界に来て一年が過ぎた。そろそろ考える時が来たように思う。
これからどうするのか、本当にこの世界で一生を終えるのかとか考えていかないとね。手始めは神様のことだと思ってたんだけど子供向けの本からだと時間がかかりそうだ。
「時間はいっぱいあるんだから子供向けの本からでいいんじゃないか?」
タケルは何もかも分かっているかのように言う。私もいつものように
「そうだねぇ」
と返しておいた。