209 ダンジョンに行こう5
六層には魔物が入れない大きな部屋があるそうで、そこで寝る人が多いらしい。
この世界に来てから、早寝早起きになった私はもう眠くて仕方がない。
「ナナミさん大丈夫ですか? 後少し歩いた所ですから頑張って」
コレットさんが後ろから声をかけてくれる。まだここはいつ魔物が現れるかわからないから眠ってはダメだと思うのに目が開けられないくらい眠い。
「ナナミって変なところで度胸があるわよね〜〜」
エミリアには言われたくないよ。運動不足の私が疲れるのは無理もないと思う。早く眠りたいよ。
コレットさんが言うようにしばらく歩くと休憩場所があった。これで一安心。本当にダンジョンって不思議な所でだよ。
休憩場所は何組かのパーティがすでに眠っていた。思っていたより清潔そうな場所でホッとした。これならなんとか眠れそうだ。ん?
「なんか血の匂いがする」
私が小声で呟くと
「本当ね。誰か怪我をしてるのかしら」
とエミリアが言った。あまり驚いてはいない。きっとよくある事なのだろう。
「おい、うるさいだろ。とっとと黙らせろよ」
あんたの方がうるさいよと言いたくなるくらい大きな声がした。その方向を見ると子供が二人蹲っているのを大人が三人見下ろしている。
どうやら子供の一人が泣いているようだ。それでも必死に泣き声を抑えようとしているようだが難しいみたいでヒックヒックと呻いている。
私は正義感なんて持ってないし、強くもないけど他の冒険者みたいに無視して眠れるほど神経が図太くもない。いざとなればお金で買収するという手もある。ああいう連中はお金に弱そうだ。
「どうかしたですか?」
あっ。キンチョーして変な言葉になったよ。不良に注意する大人な気分だ。
「ほっといてくれ。パーティの問題だ」
こんな小さい子供をパーティに入れるなんて囮にでも使っているのかな。それによく見れば子供の一人は怪我をしている。さっきの血の匂いはここからみたい。手当もせずに怒ってる時点で仲が良さそうには見えない。
「こんな小さい子供をパーティに入れられないでしょう。とても冒険者には見えませんよ」
コレットさんが私を守るように前に出て子供を指差した。
「荷物持ちでいいから一緒に行くって言うから連れてきたんだ。それなのに怪我なんかして、ピーピー泣くだけで役にも立たない。そんな足で荷物なんか持てないだろう。ここまででお別れだ。二人で帰るんだな」
こんな所まで連れてきておいて帰れとは酷い話だ。戦うことも出来そうにない二人だ。しかも片割れは怪我をしている。死ねとでも言ってるようだ。
「七層には出口に直接行ける扉があるんだから、仲間だったらそこまで連れて行くのが筋だろう」
エミリアの言葉に男三人は笑った。
「パーティを組んでるわけでもないんだ。俺たちに責任はない。ほっといてくれ。それよりあんたら俺たちと先に進まないか。こんな子供じゃなく女が欲しいと思ってたんだ」
「いいなぁ。ちょっと子供っぽいのが二人いるが守備範囲内だ」
子供っぽい二人というのは私のことも入ってるのかな。エミリアと違って私は大人なのに。
子供扱いに怒ったエミリアが三人をあっという間に黙らせたからいいけどね。
気絶させた三人をエミリアは足で蹴ってゴロゴロと端っこに転がしていく。
「どこを怪我してるの?」
足が真っ赤に腫れてる。切り傷もあるし、かなり酷そうだ。とりあえず百均で消毒薬とガーゼと包帯を買った。どう考えても荷物持ちでこんな怪我をするとは思えない。あの三人の顔に油性ペンで恥ずかしい言葉を書いてやろうと思った。
骨折もしてるみたいだけど、コッソリと治癒魔法で治しておいた。怪我も擦り傷程度までに治す。後は消毒薬で傷口を洗ってガーゼを乗せて包帯で巻く。
「痛みがなくなったよ。ズキンズキンしてたのに。ありがとう、お姉ちゃん」
ズキンズキンくらいの痛みじゃなかったと思うよ。泣いてたのも怪我のない子供の方だ。すごく我慢強い子だ。
「僕の名前はヨーク。こっちの泣き虫はドール、弟なんだ」
「私はエミリアよ。この黒髪がナナミでこの強いのがコレットよ。ところであなたたちいつもこんな事をしてるの?」
「いつもは知ってる人を相手にしてるから、こんな目にあったのは初めてだよ。知らない相手は危ない人もいるからダメだって言われてたけどどうしてもここで採れる薬草が欲しかったんだ。結局タダ働きになって、ここから帰れるかどうかもわからなくなったけど」
ヨークは困ったなぁと呟いている。
「明日は私たちも七層に行くから出口に出れる扉まで連れてってあげるわよ」
「本当ですか? 助かります」
私たちは夕飯を食べたので良いが二人は何も食べてないと言うので100円コンビニで買ったおむすびを出してあげた。おむすびだったら匂いもないから寝てる人の迷惑にならないだろう。
彼らが探していた薬草とは風邪薬用の薬草だった。この世界では風邪は寝て治すものらしいが、酷くなることも多々あり、そういう時は『グーライ草』が有効でこれを煎じて飲めば熱が下がり咳も治る。だがこの『グーライ草』は結構高価で庶民にはなかなか買えない。普通は諦めるがたまたまこの洞窟で採った人がいると聞いて、あの三人に頼んで連れてきてもらったそうだ。誰か風邪なのかと聞くと母親だと言った。父親は出稼ぎに行っているから三人で暮らしているそうで、母親の風邪はなかなか治らないから心配なのだと言う。風邪が長引くと死んでしまうと聞き驚いた。この世界では風邪で死んでしまうのか。肺炎にでもなるのだろうか。
「その『グーライ草』は私たちが見つけたら届けてあげるよ。でもこの薬も効くかもしれないから飲ませてみて。私の国の風邪薬なの」
私は救急箱に入っていたバ◯ロンの粉薬と栄養ドリンクを数本渡した。そしておかゆのレトルトパックも食べ方を教えて与えた。薬を飲む前に必ずおかゆを食べさせて、その後に薬を飲ませて、栄養ドリンクは一日一本。これを守るように約束させた。
正直この世界で日本の風邪薬が通用するかわからないけど、熱を下げる効果は多分あるだろう。
翌朝はすっかり足も治ってピンピンになった二人とは、私が渡したハンバーガーを美味しくいただき七層の地上に出れる扉で別れた。
エミリアにボコボコにされた三人は私が油性マジックで顔に書いた恥ずかしい文字に気づくこともなくサッサといなくなったのでその後どうなったのかは知らない。