191 マウンテンバイクークリリside
このマウンテンバイクはナナミさんのカバンから出てきた。クジで当たったとかわけのわからない事をいつものように言うナナミさんは興奮していた。
とっても嬉しそうだったから、てっきり自分で使うのかと思っていたら
「クリリ、これで店に通うといいよ」
と言って俺に渡してきた。正直これがどういうものか分からなかったので途方にくれた。
見たことも聞いたこともないものだ。ナナミさんの店にはそういうものばかりだけど、これは大きくて俺に扱えるような物には思えない。
俺はナナミさんが扱う見たこともない商品にいつもドキドキしながら接している。
「ナナミでも乗れるんだから大丈夫だ」
タケルさんは教えてくれると言うよりは手本を見せてくれただけだったけど、颯爽とマウンテンバイクを走らせているのを見て乗ってみたいと思った。
ナナミさんに乗れるのならそう難しいことでもなさそうだと思ったことは内緒だ。
そしてマウンテンバイクは俺の相棒になった。
「ほう、これが自転車というものか。これは細工が細かい。バラしたらわかるんだろうか。うむ。クリリくん、これを売ってくれないか」
「えっ? ダメですよ〜」
なんてことを言うんだろう。だいたい、なんでプリーモさんが現れたのか不思議だ。突然現れて猫車と自転車を見せてくれって絶対おかしい。プリーモさんは普段は王都の方で暮らしている。噂が聞こえてくるにしても早すぎる。スパイ? スパイでもいるのか?
そういえば来た時にすぐティーグルに高級お肉を渡していたな。ティーグルがスパイなのか? いや、いつも寝てばかりのティーグルには王都にいるプリーモさんに連絡する手段はない。
となると街の人間か。疑いだすとキリがない。いつも猫車を借りに来る人の良さそうなおばちゃんでさえ疑わしい気がしてくる。
「白金貨10枚でどうだ?」
「だ、ダメです」
「じゃあ20枚だ」
白金貨20枚? それがあったらどれだけ孤児院が助かるんだろうか? 悪魔のささやきに思わず頷きそうになったが、相棒を売るようなマネは出来ない。恥ずかしいことだ。
「いくらでもダメです。メルティは絶対に売りません!」
「「メルティ?」」
ナナミさんとタケルさんに尋ねられて真っ赤になった。マウンテンバイクに名前をつけてることを知られてしまった。顔が赤くなったのがわかる。
「ほらプリーモも無理なことを言うな。クリリは名前までつけてるんだ。絶対に売らないさ」
「でも盗まれたらそれまでですよ。今売ったほうがいいと思いますよ」
「それはどういう意味だ? 脅しか?」
プリーモさんのセリフにビクッとした俺と違ってタケルさんはいつもとは違う怖い顔でプリーモさんを睨む。
「そ、そんなことするわけないでしょう。我がプリーモ商会はそいうことはしません。この店との付き合いを壊すような事は損しかありませんから裏切るようなことはしませんよ。ただこのような珍しい物が狙われるということです。クリリ君のような子供だと余計に狙う人も多いでしょう。外に無造作に置いてあるし盗られるのも時間の問題です」
ブルブル震えながらも言いたい事は全部言う。それがプリーモさんだ。
「自転車用の鍵をつけてるから大丈夫よ」
自信満々でナナミさんがプリモさんに言ってる。鍵の説明までしてる。
「ほう。この鍵はなかなかですなぁ」
「でしょう? これはなかなか外せませんよ〜」
自分が作ったかのように威張ってるけど大丈夫かなぁ。実はこの鍵は欠点には欠点がある。鍵としては素晴らしくらい良い出来なんだけど......。
「外さなくても抱えて盗めばいいんです。鍵はその後でゆっくり外せばいい」
そう、この鍵を外すのは大変だけど時間をかければ俺にだって壊す事は出来る。そう時間さえあれば。だったら抱えて盗めばいいのだ。ナナミさんは体力的に思いつかなかったみたいだけど、獣人には簡単に運べる重さだ。
「だったらあれをつけようよ。タケル、あれだったら盗まれても何処にあるかわかるんでしょう?」
「バカかお前は。そういうのはプリーモが帰ってからだ」
「あっ!」
しまったとナナミさんが舌を出す。本当に俺より年上って信じられないよ。
「何ですか、とっても気になるんですが」
「お前には関係ないことだ。儲けにはならないから忘れろ」
タケルさんにきっぱり断られると諦めたようだ。
「仕方ありませんね。とりあえず猫車を作らせてみますか。自転車はその後考えるとしよう」
仕方ないとか言ってるけど、この人全然諦めてないよ。
『メルティ』をバラされるのは困るけどマウンテンバイクを作る事が出来たらいいなと思う。
移動手段のほとんどが馬に頼っている。召喚竜や移動魔法を使える人はほんのひと握りの人間しかいない。マウンテンバイクは人力だから馬のように餌もいらないし世話もかからない。こんな便利なものがあるだろうか。
きっとマウンテンバイクは世界を変える。