冬のパブ
いつもの木の扉を開けると、扉についたベルが揺れる。
「チリリリーン」
「いらっしゃいませー」
ホールの女の子が店の奥から微笑みながらやってくる。入口近くに置かれたガスストーブはゴーと音を立てていて、外気で冷えきった頬がその熱で火照るようだ。壁ぎわの大きなテーブルに案内される。二人なのにいつも通されるここが我々の指定席だ。サッとスツールに腰かけるリナの横を抜け、鏡張りの壁を背にして長椅子に座る。濃いニスが塗られた木のテーブルの上には世界各地のビールのコースターが広がり、その上を大きなガラスの板が覆っている。まるでビール紀行だ。
「はじめはゲストビールだよね」
テーブル端のスタンドに立っていたメニューを取って開き、パステルカラーで手書きされたアイテムに見入るリナ。その向こう、カウンターの中からタップでビールを注ぎながらマスターが笑顔で会釈を投げてくる。軽く頭を下げて応える。
「これとこれにする?」
上目使いでゴールデンエールとラガーを指差す。
「うん、そうしよう」
下面発酵ビール好きが地ビールのラガーを選ばないわけにはいかない。
「あとは生ガキふたつとカキフライね! すいませーん」
勝手に決めるな。いつものパターンに苦笑しつつ店内を見回す。日曜のまだ夕飯に早い時間にしては客が多いが、それがこの店の常。なぜか暖かく人を引きつけてビールを飲ませる雰囲気がここにはある。今日のビール巡りも楽しくなりそうだ。
* * *
夜がふけて一段賑やかになった店内。ゲストビールも定番も二人で十分に堪能し、会計をホールの女の子にお願いしたその時、入口の扉のベルが鳴って若者がひとり入ってきた。おや見覚えが、と思ったのも束の間、秋までずっと見ていた顔だ。
「ケンタだよ今の」
「ケンタって、桐山の?」
リナも地元サッカーチーム選手の名前には反応が早い。
「奥の部屋があいてるか聞いてた」
それなら他の選手もいるんだろうか。目を上げると、三人の選手が次々と無表情で扉の向こうから入ってくるのが見えた。他の客は気づいてか気づかずか、変わらず談笑を続けている。店の常連は桐山の選手がここを使うのをよく知っている。オフにはゆっくり休んでもらおうという心遣いが不文律だ。リナと目くばせをし、我々も静かに店を出ることにした。
* * *
冴えた星空を見上げ、うーんっと腕をいっぱいに広げながらリナが言った。
「来シーズン、どうなるかなぁ」
桐山は来季リーグをひとつ下げて戦うことになる。トップリーグのチームからオファーがあれば主力の中からも移籍する選手が出るだろう。今年と同じようにはいかなくなる。駅のほうに歩き出しながら答える。
「どうだろうな……移籍が終わってからかな。いい体制になればいいけど」
あのパブにいた多くの人々もそう思っているだろう。そしてまたチームカラーである緑色を身にまとって店に集い、ビール片手にスクリーンに向かって大声を上げる春を心待ちにしているに違いない。