第九十三話 好きと似合うは別だから
放課後の会議室……なのかちょっと迷うくらいに豪華な一室には、美少女が勢揃いしていた。
言うまでもなく、オズコンの出場者達。つまりこの学園内で少なくともトップテンに入る美しいさという訳だ。その中に自分が入っている事実がとてつもなく恥ずかしいのだが……謙虚と謙遜が美徳とされる日本人気質な私には厳しいものがあります。
私の外見はマリアベルの物なのでまだマシ……いや微妙。
「──それでは、連絡事項は以上です。衣装は一週間前までに控え室へ届く様にして下さい」
コンテストの流れと、私達が用意しておくべき衣装や小物の事。
規模は恐ろしいが所詮は一学園のコンテストだと侮っていた……たかが中等部の美少女コンテストに衣装のオーダーメイドやらスタイリストやらの話が出るとは。高等部ではマリアベルが特別金をかけているのだとばかり思っていたけれど、学園全体で気合いが入っているらしい。そして金持ちが気合いを入れるという事は、それだけ財力をかけるという事で。
正直、連絡事項だけで辞退したくなった。
「ドレスと……ヘアメイクかぁ」
学園祭なんだから制服でいいじゃん……でも多分、オーダーメイドのドレスよりも基準の制服で出場する方が目立つ。普通なら目立ってなんぼだと思うけど……私は埋没したいので目立たない様にある程度派手な格好をしなければ。
となるとヘアメイクも凝らないと駄目だろうか。プリメラにでも頼めないかな、外から業者を入れるよりもよっぽど健全だと思うのだが。
「思った通り、生徒会の選考も問題なかったようね」
「……クリスティン様」
「心配はしていなかったけれど……これで舞台は整ったわ」
そうですね、舞台は。そこに上がる私の精神は何も整っていないけれど、むしろ大荒れだ。
プリント片手に近付いてくる歩調すら綺麗に思える。本当に、話す内容にさえ目を瞑ればクリスティン様は女神にさえ思えるほど美しいのだが。彼女が口を開く度に私の体力が削られていくので、女神というより毒の魔女かもしれない。逃げないと体力が底を漬いてしまう。
「コンテストで重要なのは生まれ持った美だけではない。当日の貴方がどんな戦い方をするのか、楽しみにしているわ」
私は全く楽しみじゃない、むしろこの期に及んでなにかしらの病にかからないか模索しているくらいには逃げ腰だ。
言いたい事を、言うだけ言って、クリスティン様の背中は遠ざかる。
前々から思っていたけれど、お嬢様って人の話を聞かない人種多いよね。私も人の事をいえる立場ではないから苦言を呈するつもりはないけれど、今回はもうちょっと私の意見が取り入れられてもいいのではなかろうか。
というか誰でもいいんで私の立ち位置を説明してほしい。
クリスティン様は私をルーナの婚約者候補、つまりライバルだと認識しているらしいが。それ本当なの?どこから出てきた事実なの?真実が一つならまず当事者に報連相しろよ。
「憂鬱だ……」
本番プラス、用意するのも面倒そう。
体力と精神をダブルで削られる日々が始まりそうです。
× × × ×
とりあえず、ドレスに関しては両親に連絡をとって持っている物で賄えないかと画策してみた。
コンテストの情報はもう耳に届いているだろうけれど、たかが一日のためにわざわざ作る必要がどこにある。何より、私は万が一にも勝つ訳にはいかないのだから。
負け戦、八百長……私にやる気が皆無な時点で色々勿体なさすぎる。制服で出たいとまでは言わない、でもオーダーメイドするほど自棄にもなれない。
寮には最低限の正装しか持ってきていないが、自宅には可愛いドレスがそれこそ山の様に置いてある。覇気のない出場者にはそれで充分です。
お母様は残念だったらしいけれど……私がオーダーした雰囲気のドレスを数着送ってくれた。お母様が私を着飾るのが好きな事は重々承知している、でもそれは今度自宅に帰った時に付き合うので勘弁してもらいたい。
「で、ヘアメイクなんだけど……プリメラ、頼めない?」
「何で私……っ!?」
「私が知る中で一番上手だから」
「それはエルちゃんと比べてでしょう!!」
遠回しに、私の友達がプリメラとエルだけって言ってます?
その通りです。さすが、私のクラスでの立ち位置をよく分かってらっしゃる。
「他の方々はプロの人にやってもらうんだよね?マリアもそうすればいいじゃん」
「私がしたい物と、私に似合う物は真逆なのよ」
「……あぁ、なるほど」
プロを呼べば、そりゃあ素晴らしい出来映えになる事だろう。私の素材は素晴らしい、好みはともかく、美しいかと問われれば誰もが頷く美少女だ。派手だし、年齢不詳だし、目付きはキツいけど、綺麗である事は確か。
そしてその素材がプロの手に掛かれば、最高傑作になるだろう事は考えるまでもなく明らか。
普通なら、それは良い事なんだろう。容姿は全ての戦場ではこの上ない武器。
でも私が望むのは敗北で、出来る事なら記憶にも記録にも残りたくはない。
本来ならば難しい事だが、このコンテストでは着飾った姿の美しさが重要。いくら素材が最高級でも、素材本来の味に気が付く人は思いの外少ない。美味しい料理の中にちょっと洗っただけの材料が紛れていたとして、誰が最も優れていると思うのか。
「出来るだけシンプル……清楚なドレスを選ぶつもりだから、髪もお化粧も簡単な方がいいの」
よく言えば清楚、切り捨ててしまえば地味。私の顔面と合わされば丁度良い……むしろ首を境に違和感が凄いかもしれないが、それはそれ。
「マリアちゃんの頼みだし、聞いてあげたいとは思うけど……髪はともかくお化粧は全然出来ないし」
「……私もそこが一番困っているのよね」
一応私も、中身は歳を重ねた女性なので、化粧のいろはが皆無というわけではない。決して詳しくはないし、得意というわけでもないが、少なくともプリメラよりは知識も実力もあると思う。
だったら自分でやれば良いんでない?シンプルというなのずぼらとか、むしろ得意じゃん。
──なんて思っていた時期もありました。無知ってマジ怖いね。
「この顔に丁度良い化粧って何……」
白く透き通った肌、大きな目、長い睫毛。頬はほんのりピンク色で、唇は艶やかな紅。
鏡に写る自分を見て愕然とした、マリアベルの顔って化粧の必要性皆無過ぎる。
私がもっと知識とか技術とかあったら、元の素材をより良く引き立てられたんだろうけど。出来れば化粧なんてしたくない、化粧の要らない美少女を羨ましいとか思っていた私にそんな芸当出来る訳がない。
もうすっぴんで出ればよくないか……悪魔の囁きが聞こえたけれど、あまりあからさまに力を抜けばどんな難癖を付けられるか。下手をすれば勝負が持ち越しなんて事もありえる。わざわざ出場するのだから、私だって少しくらい成果が欲しい。
「元が派手なのに地味にしたいとか、無茶じゃない?」
「お化粧って際立たせる物だもんね」
正論がサクッと心に刺さる。
そうだよなぁ、基本化粧って素顔よりも増す物だし。私達の様な初心者にとっては尚更、厚く塗りすぎてしまったり濃くなりすぎたり、化粧してる方が地味だなんて高難易度過ぎる。
「やっぱりプロに頼むしかないかしら……」
「うーん……あ、それなら一回詳しい人に聞いてみなよ
「詳しいって、お化粧に?」
「そ、あたしら初心者が集まってもしょうがないしさ。もしかしたら知らないだけで、やり方があるかもしれないし」
エルの言っている事は最もだ。初心者の知識を寄せ集めても進展はない。より深い知識を知りたければ、玄人に聞くのが一番早く正しい。
それは、その通りなのだが……。
「でも、そんな人いるかしら……私達の年頃ってまだそんなにお化粧をする機会がないじゃない」
十代前半、普通ならもう化粧に目覚めていても可笑しくはないが、ここは顔面偏差値が軒並み高い金持ち学校。日常で化粧を必要としない上、自ら施さずともプロを雇える者ばかり。
わざわざ知識と技術を習得する必要がない。
「うちのクラスに一人、そういうのが好きで趣味みたいになってる子がいるよ。勿論普段はしてないけど、化粧道具とか集めるのも好きって言ってた」
「へぇ……」
そんな子いたんだ……全く思い当たらない。一応クラス全員の顔は覚えたが、化粧っ気がある子なんていなかったし。学園外で会わないんだから当然だけど。
「マリアも話した事あるんじゃないかな。サーシャとよく一緒にいる子だから」
「へ?」
「サラって子、覚えてない?」




