第九十一話 大丈夫
私がルーナの婚約者候補に上がった事はケイトも知っているから、かいつまんでさっきの出来事を話した。
解消されたと思っていたら、まさかの婚約者大本命でした。そして化粧室であったもう一人の本命さんに宣戦布告されました。その人が余計な事……何か勘違いして、オズコンに出る事になりそうです。
簡潔にまとめられた事には満足したけど、余計に訳が分からん。当事者なのに一つも納得出来ないってどうなのよ。
その気持ちが、どうやら正しくケイトにも伝わったらしい。
「全く分からん」
「安心して、私もよ」
「安心要素が欠片も見つからないんだけど」
仕方ないだろう、分からない物は分からない。正直ちょっと夢だったのではと疑ってるくらいだから。何の前触れもなく後ろから殴られた気分、通り魔に近い物を感じています。
「折角断ったのに、意味なかったな」
「え……」
「俺ん所にも来た……つーか、ルーナに頼まれたんだよ。もしマリアが良ければ出て貰えないかって」
なにその恐ろし過ぎる事実。そしてグッジョブ、ケイト。さすがは幼馴染み、何も言わなくても理解してくれて本当に助かる。
「何か今回は出場者に一人圧倒的優勝候補がいるんだと。このままだとその人が優勝で決定だから、是非アリアにもって」
「なにそのプレッシャー」
優勝候補って……多分クリスティン様だよね。演劇部の看板女優でファンも多いし、何よりルーナと並んでも見劣りしないくらいの美女だ。
そんな相手と優勝争いしろって……それ本当にルーナが考えたの?裏に真っ黒い幼馴染みの影がちらつくんだけど、絶対そいつの入れ知恵だろ。
「どうせ嫌がるだろうから俺が勝手に断ったんだけど、無駄に終わったか」
「ありがとう……そしてごめん」
わざわざ断ってくれたのに、何だか申し訳ない気持ちになる。いや私に責任は一切ないけどね?ケイトの気遣いを無駄に終わらせた罪悪感がチクチクと……。
「俺は断るだけだし別に良いんだけど……また面倒な事になったなぁ」
「本当だよ……」
最早ため息も出ない。肩が勝手に落ちて、こめかみをグリグリとマッサージしてみるがあまり意味はなかった。
百歩譲って、勝負するのは良しとしよう。負ければ婚約者候補から遠ざかれると考えれば、まぁギリギリ……許容、してやらなくもない。
ただそうなると、勝負の内容が問題になってくるわけで。自分で手を抜ける物なら何も問題無いんだけど……今回は容姿を競うコンテストが舞台であって、しかも勝敗を決めるのは観客の投票。私にどうしろというのか……どうにもならんがな。
「あぁいうのって辞退するのも難しいし……生徒会はマリアに出て欲しがってたから、審査も通るだろうぜ」
初等部で学園行事というものを一通り体験しているケイトの言葉には説得力がある。だからこそ辛い、現実を直視させないでー!
「……っ!?」
「どうしても嫌なら、俺からルーナに話すか」
黙り込んだ私の頭を一回軽く撫でる、というか髪ぐしゃってされた。普段から絡まるし、今は結んでるから余計にボサボサになるのに、今日は嫌がる気になれなかった。
普段と変わらない行動だけど、こもっている感情がどんなものかくらいすぐに分かった。私が困っていると一番に感付くのがケイトな様に、私にだってケイトがどう思っているか手に取るように分かるのだから。
優しく甘やかしてはくれないけど、ケイト以上に私の事を考えてくれる人はいない。
「……ありがと、大丈夫」
「ん、分かった……早く帰んねぇと夕飯食いっぱぐれるぞ」
「もうそんな時間……今日の日替わり何かなぁ」
「学食メニューって寮よって違ったりすんの?」
「さぁ……多分同じだとは思うけど」
ケイトの言葉はどれも軽くて、当たり前みたいに優しくするのに決して食い下がったりしない。
私が強がっている時は意見なんて聞かずに強行するくせに、私が迷っている時はちゃんと決断させてくれる。大丈夫だと言えば信じてくれる。それが嘘かどうかなんて、きっと簡単に見抜かれてしまうから。
だから今回は、ケイトにとって大丈夫な事なんだろう。
私が自分で何とか出来る事だと、信じてくれたという事だから。ある意味、私以上に私を知っているケイトが大丈夫だと判断した。
それだけで、さっきまで感じていた色んな迷いとか不安とかがゆっくり溶けていく気がした。
「ほんと、良く出来た幼馴染みよね……」
「ん……?何?」
「何でもない」
寮の違うケイトと別れ自室に帰った後も、結局何かしらの対策は浮かばなかった。
どうすればいいのか、どうしたいのか。何も分からなかったけど、不安に眠れない夜にならずに済んだのは、ケイトのおかげかな。
そして数日後、オズコンの出場者に私の名前が連なる事になる。




