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第七話 石橋は壊れない程度に叩きます。

 そう、私の前進を阻んでいるのは、他ならぬお父様。お母様さえ何とかすれば良いと思っていた私にはまさかの伏兵だ。

 楽観視は……してたけど。楽勝とか、ちょっと思ってたけど。


「おとうさま……って、当主さまか」


「そうよ」


 私の父、アスタキルア・テンペスト。

 テンペスト家の一人息子で、先代当主、つまり私のお祖父様が隠居したのを切っ掛けに後を継いだらしい。一人息子で有り、元々才覚も優れていた事から親族からの反対も無かったそうだ。

 家柄は完璧。頭脳も明晰。

 これだけでも玉の輿狙いの女性が沸いてきそうなものだが、その二つがただの付属品に思えてくる要素が後一つ。

 言わずもがな、容姿だ。まぁ、乙女ゲームの悪役美少女の父ですから、不細工だと格好つきませんよね。

 でも父は娘の私から見てもとても格好いいと思う。

 菫色の髪に濃く深い蒼の瞳。神々しい程美しいが、マリアベル同様恐ろしく目付きが悪い。流石親子、遺伝子って凄い。

 そんな家柄容姿頭脳と三拍子が完璧に揃った父がモテないはずはない。妻子持ちの今でも攻略対象になれたんじゃないかと言うほど女性から熱い視線を送られているんだから、独身時代はハーレムとか楽勝だったんじゃないかな。

 しかしそんな最強武器を初期装備しながら父は遊び惚ける訳でもなく、真面目な学園生活、先代の秘書を勤め二十三歳と言う若さで結婚した。

 因みに同年、二十三の若さでテンペスト家の当主になっている。


 なんと言うか……スペックえげつないな。分かってたけど。

 これはマリアベルもファザコンになるよ。並みの男よりも自分の父親の方が格好いいとか、しかも自分の事溺愛してるとか、マリアベルの理想もエベレスト級に高くなる訳だ。そりゃ攻略対象クラスじゃなきゃ恋愛対象にならんわ。


「何、こんどは当主さまにきらわれてるかもしれねないの?」


「ちがうわ」


 サラッと心を抉ってくるなこいつ。これで本当にそれで悩んでたら致命傷だったぞ。


「お父様はわたしをとてもかわいがってくれるわ。やさしくてそんけい出来るじまんのお父様よ」


「そんけい……?」


「お父様はすごい人だって事」


 厳密には違うけど、ちゃんと説明すると余計に分からなくなりそうだからね。


「ふーん……なら、こんどは何かんがえてんの?」

「ぐいぐいくるね本当に」


 何でこの子はこんなにも私に興味が有るんだ。

 いや……目の前で悩まれたら、そりゃ気になるか。女の子同士でよく有るよね。何かあったって態度に出てるのに「どうしたの」って聞くと「何でもない」って返すやつ。私アレ嫌いなんだけど……ここで答え無かったら同じ事になるよね。

 結局、話す事になる訳か。


「わたしにじゃなくて、お母様への事。何だか……あまり仲良く見えないなって」


 お父様もお母様も、私には優しくしてくれる。

 お父様に絵本を読んで貰ったり、お母様とおやつを食べたり、お父様とお話をしたり、お母様とお昼寝をしたり、良好な親子関係だと思う。二人共私をとてもとても大切に思ってくれているし、私も両親が大好きだ。

 しかしそれは親子関係に関してであって、夫婦関係では無い。

 夫婦関係は……正直ヤバいと思う。

 お母様は問題無い。私の最新黒歴史が効いたのか部屋に籠りっぱなしだった事が嘘の様に私と遊んでくれるようになった。よく笑うようにもなって、今では使用人皆に好かれる屋敷のアイドルだ。お母様可愛すぎる。

 問題は、お父様。

 お母様が明るく、アウトドアをするようになればなる程比例する様にお父様の機嫌は下がっていく。眉間に刻まれた皺がそろそろ心配になってきた。色男が台無しだ。

 元々、お父様は愛想が良い方ではない。むしろ悪い方だ。

 ただその美しい見目は笑顔など無くとも素晴らしい働きをしてくれる。才能と呼んで差し支えない手腕もあって、仕事面でその無愛想が仇となった事は無いらしい。

 とは言え、それはあくまで仕事面での事。

 夫婦関係は仕事の様にいかないんですよ。


「お父様……なんだかお母様につめたい気がするの」


「当主さまが……?」


「えぇ。それにお父様、使用人たちにもさけられてる気が……」


 気、じゃなくてがっつり避けられてるけどね。

 五歳児の前でそれを明言するのは憚られるし、私自身も四歳だ。万が一誰かに伝わった時の事を考えると確定的な言い方はしない方が身の為。


「当主さま、おれにはやさしいけど」


「わたしにもとてもやさしいわ」


「でしょ?」


「でもなぜか、お母様にはきびしい事をいうの」


 お母様が部屋に籠りっぱなしの頃は、そんな事は無かった。

 と言うより、夫婦の会話自体がゼロだった。

 私がいない所では……何て希望も持っていたけど、お母様と初めて腹を割って話した日の晩餐にて打ち砕かれた。

 そしてお母様への厳しい態度が使用人達にも不信感を与えた様で、お父様は段々、元より少なかった使用人達との交流を無くしていった。 つまり、避けられてる。今お父様に話かけるのは限られた極々数人、恐らく片手で収まる人数だろう。勿論私込み。

 お父様がぼっちって……マリアベル、遺伝子レベルで素質あったんだなぁ。嫌過ぎる。


「ふたりともわたしを介さないとはなさないし、ふたりでおでかけ……いっしょに居るところを見たことがないわ」


「仲悪いの?」


「…………」


 デスヨネー。

 やっぱり誰が聞いても仲悪いと思いますよね。私の検討違いでは無かった様で、全く嬉しくない。


「そう……思うわよね」


「おれも思うし、子どものきみもそう思うならまちがいないんじゃない?」


 これが漫画だったなら私の体には何本もの矢が刺さっていた事だろう。

 この子ある意味凄いね。五歳でここまで人の急所を突けるとは、お姉さんは君の将来が心配だよ。


「で、どうしようかって?」


「いいえ、今回はかいけつ法は分かっているの」


「……?」


「ただそれをじっこうして、もししっぱいしたら……」


 それこそ、前進が無になるどころか後退してしまう。

 二人が離婚するであろう五歳まで後一年。正確な日時までは分からないがマリアベルが五歳になって間もない頃だったはず。それまで騙し騙しいけないだろうか、とも思う。

 ビビり?チキン?何とでも言え。マリアベルの中にいたからいじめも脛かじりも何とも思って無かったが、本来の私は、石橋を叩いて叩いて最終的に他の道を探す様な人間だ。

 出来る事なら、危険と面倒は避けて避けて生きていきたい。


「しっぱいがイヤだって言ってる内にもっとたいへんなことになるかもしれないよ」


「……だ、よね」


 そう、それが問題だ。

 後約一年凌げなかった時どうするか……何より二人が五歳を過ぎたら離婚をしないと言う保証は無い。私の記憶違いが無いとも限らないし、ゲーム通りに事が運ぶとも……私のオートモードが切れた時点で断言出来ない。

 それに今のままだとお母様が何時お父様を嫌いになってもおかしくないし……離婚してもお父様なら後釜候補に事欠きはしないだろう。ゲームでは父子家庭だったし、子がいればわざわざ再婚せずとも問題無いのかもしれない。


「……どうしよう、わたしが困るてんかいにしかならない」 


 二人の離婚阻止は、私がこれから生きる上で必要不可欠な保険だ。

 『オートモードに戻った時、再びオートモードが切れた時』を不安に思って生きる何て絶対に嫌。そんなストレス耐久生活ならヒロインにも攻略対象にも会わない様引きこもった方が余程健康的だと思う。

 そうならない為にも、二人には良好な関係でいてもらいたい。


「……やるしか、ないかぁ」


「なにが?」


「そうときまれば、じゅんびしなきゃ……アンにたのめば……」


「だから、なにを──」

「ケイト」


 訝しげなケイトの声を遮って、私は笑った。

 今まで悩んでいたはずの人間が変わり身の早い事、なんて自分でも思うけど、決めた事に対して考え出すとまたぐだぐだ悩んで決心が鈍る。


 ビビりだしチキンだし、危険と面倒は避けるべきだと思うけど。

 石橋を叩いて叩いて最終的に他の道を探す様な人間だけど。


「あなたにも、協力してもらうわよ」


 他に道が無ければ石橋のど真ん中を渡ってやるくらいの度胸はあるんですよ?

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