第八十三話 幼馴染みは大切に
実をいうと、何時か来るんじゃないかとは思っていた。来なければ最上だったけど、いっそ呪われてるレベルで不運な私にそんな幸運が訪れる訳がない。学園にいる間何も無かったからちょっと期待してたけど。
私がツバルに売られた喧嘩を高額買い取り、元値の三倍をお釣りも丸投げくらいした自覚はある。
王子様の目の前で、あろう事か王子様を引き合いに出して。
いや、私は悪くないと思うけどね。元はと言えばツバルが返品希望で売り付けてきたから全力で予想を裏切ってやりたかった訳で。やられたから、同じ方法でやり返しただけ。
「……でも、流石に言い過ぎたか」
勿論ツバルにではなくルーナに。ツバルにはあれでも全然軽いと思ってます反省とか何それ美味しいの?
大切な幼馴染みを侮辱されたのだ、ぶっちゃけ今も変わらず根に持ってます。
でも、それはルーナも同じだ。私はあの時ツバルにされた事をそっくりそのまま打ち返したわけで、彼にとって大切なツバルという幼馴染みを侮辱した。
あの時の彼はケイトを侮辱された私と同じ。むしろ流れ弾みたいな物だから私よりも腹立たしく思って普通。
幼馴染みが私を傷付けようとしたからって、私がルーナ込みでツバルを攻撃していい事にはならない。
「やっぱりちゃんと謝るべきだったなぁ……」
まぁあの時言った事にはノミの心臓以下の後悔もないんですが、ルーナを不快にさせた事への反省くらいはしてる。
本当は学園にいる間に謝るべきだったんだけど、ツバルもいる敷地内でルーナに話し掛ける勇気はありませんでした。自分を嫌悪してる猛獣の飼い主に近付くとか自殺行為すぎる。
「……うん、いい機会だと思おう」
謝れる機会をもらったと、学園が始まればまた謝れなくなるだろうし。多少の怒りは覚悟の上で、きちんと頭を下げれば大丈夫……な、はず。ルーナって愛想はないけど優しいってキャラだし。ヒロインにだけかもしれないとか聞こえない。
「……あぁいう所って何を着ていけばいいのかな」
高級レストランなんて行った事がない。行く必要にない家ご飯クオリティーは素晴らしいけど、TPOがどうなるのか想像出来ないっていうまさかの欠点が。外食は好きではないのでこれから先も変わらずにいて欲しいものだが。
お母様に相談出来れば良かったんだけど、カードに書かれた内容を思うと止めておくべきだろう。
『尚、今回の件は内密に。二人で話したい』
仰々しいが相手は王子様ですし、つっこむの面倒なんでスルーが大事。
私としても王子様と会いますなんて、婚約者候補の話が蒸し返される恐れが無きにしも非ず。余計な不安は抱えたくない、というかこれ以上抱えるくらいなら引き込もって家から出ません。
「パーティーのドレスじゃ、おかしいわよね」
時間帯を考えても流石にそれはおかしい、というか動き辛いから。遊びに行ってきますが通用しない服装はどちらにしても却下だし、お母様に怪しまれない程度できっちりした服……。
「……どれでも行けるか」
クローゼット中身は、どれも上品な作り。私の見た目上年相応の物はあまり似合わないし、精神年齢的にも分かりやすく可愛い物には手が伸びない。
結果的に大人っぽくて上品な、私が着ても違和感の少ない物ばかりになった。まさかこんな所で役に立つとは嬉しい誤算。
「ワンピースよりもセットアップなら……うん、良さそう」
適当に見繕ったセットアップをスタンドに掛けておけば、アン達の誰かが似合う靴と小物を選んでくれるだろう。
概ね快適な寮生活で困る事といえば、こんな風にアン達に服のコーディネートを任せられない事だろうか。コーディネートといってもアン達は経験則から私の好む物を選んでいるだけではあるが、楽させてもらってます。
服さえ決まれば、後は当日を待つだけ。
お母様には遊びに行ってくるとだけ報告しておこう。ケイトには帰って来たら押し掛けよう。
「はぁ……胃が痛い」
この待機時間が一番苦痛に感じるのは私だけだろうか。
× × × ×
とかいいつつ、やっぱり当日が一番辛いですね。三日前に戻りたい、手紙を見る前に戻れれば一番。
ネリエルの癒し効果は当日を迎える前に尽きてしまった。断頭台に上る前ってこんな気分です、経験者は語る。
「マリアベル・テンペスト様ですね」
「はい」
店内に入ってすぐ、大きな音を立てた訳でもないのにすぐ人が来て恭しく一礼。完成され過ぎててちょっと気持ち悪い、人間味が無さすぎて。ずっと奉仕人形を世話係につけている私が言うのもおかしな話だけど。
案内された個室は、これまた恐ろしく豪華な扉をしていた。廊下の幅と変わらない両開きで、わざわざドアマンまで……ここって、本当に私が来てもいい場所なのか心配になる。
「マリアベル・テンペスト様、ご到着されました」
「入れ」
中に声をかけた案内人は、答えを聞くとそのまま一歩下がり。ドアマンの手によって扉は開かれる。
私が入るまで頭を上げないらしいお店の人を見て、絵本の舞踏会を思い出した。お姫様が会場入りするシーンの、入ったら皆が一瞬静まり返る見たいな。
この部屋の中にいるのが舞踏会を主催できる人物だから笑えない。
「失礼いたします」
一歩、足を踏み入れる。追い付いた雰囲気の室内は、やっぱり私の様な子供が来るには不釣り合い。
それでも、真ん中にセットされたソファに座る人物は違和感なく……むしろ彼に合わない周りが悪いとさえ思えてくるほどに堂々としている。
「お待たせして申し訳ありません……ルーナ王子」
「予定も聞かず急に呼び出したのはこちらだ、気にしなくていい」
気にします、貴方の身分ではなく攻略対象と悪役令嬢の図式がある以上気にします。
「え、っと……」
近付いて、ルーナの向かいにあるソファの隣で止まる。いや座ってもいいんだけど、その前に言いたい事だけ言っておきたい。
「先日は、申し訳ありませんでした」
「っ……!?」
勢いよく下げた頭に遅れて、肩から滑り落ちた髪はが視界を遮る。
先手必勝……とは違うかもしれないけど、説教の前に謝っちゃえば温情がもらえたりしないかなという打算。怒りっていうのは長続きしないらしいし、一旦勢いを削いじゃえば振り返すのに時間がかかる。
「……顔を上げろ、そして座れ」
「……はい」
頭を上げるのと同時に髪を後ろに払う。この辺は社交界で何度もお辞儀をしてきた経験、乱れた姿は最低限見せないという令嬢の涙ぐましい努力の結晶だ。
スカートを直しながらソファに腰を下ろすと思いの他沈んで驚いた。さすが高級店は机や椅子も格が違う、私の部屋もこんな感じだけどここはただの飲食店です。
「謝罪の内容は、生徒会室での事だな」
むしろそれ以外にありませんよね……え、ないよね?
あるとか言われても身に覚えがない。
「あの時の事なら、マリアベル嬢に非はない」
「え……」
「こちらこそ……ツバルが失礼な事をいった。申し訳ない」
「え、いや……ルーナ王子が仰った事ではありませんし、私こそ巻き込んでしまって」
「いや……あれは完全にツバルの言いがかりだ」
まさかの展開に頭がついていきません。今目の前で頭を下げているのは本当に王子様ですか?影武者でなく?
いやいやいや王子様に謝罪させるなんて私色々問題になりませんか。しかもルーナが悪い要素どこにもないですし。
どうしようこの展開は予想外でした……!
「あの場にいて、ツバルを止められなかった。本当はもっと早くに謝罪すべきだったんだが……学園ではツバルと共にいたからな」
まぁ、そうですね。だから私も謝りに行けなかった。
「家に呼ぶ事も考えたが……どこからツバルに伝わるかわからん。本来ならあいつも共に謝るべきだが……俺が強制しても意味のない事だからな」
強制された謝罪なんて余計に溝を深めるだけですからね、ツバルなら溝ではなく一気に奈落が出来そう。流石幼馴染み、英断です。
どうやらルーナが私を呼んだのは、同じ事を考えていたかららしい。
私は巻き込んでしまったルーナに、ルーナは幼馴染みを止められなかった事を、お互いに謝罪したかったがツバルという共通の障害のおかげでこのタイミングになったと。
私の緊張を返せ、ルーナではなく間接的な原因のツバルに請求してやりたい。
「マリアベル嬢にも、エイリスにも、不快な思いをさせた。本来ならエイリスも呼ぶべきだとも思ったが……」
「ケイトには伝えていません」
「あぁ、そう思って呼ばなかった。自分が幼馴染みへの攻撃に使われていたなど、わざわざ知らせて無意味に傷付ける必要もないからな」
「……ありがとうございます」
本当に、ルーナを見てると何でツバルはこの人をお手本にしなかったのか不思議でならない。
あいつの性格が家庭環境によって構成された事は分かっているけれど、それでも幼い頃からこんな良く出来た人間がそばにいたのに……あぁ、だからあのヤンデレなのか。ヒロインが第二とすれば、第一のヤンデレ対象ルーナだろうし。妹はあくまでお兄ちゃんだから今回は除外。
「私も、あの時はルーナ王子まで巻き込む様な真似をし、申し訳ございませんでした」
はい、これで私とルーナの間にあった不和は解消。
元々仲良かった訳ではないけど……多少の気まずさを放置出来ない程度には知人だから。
「ですが、ルーナ王子」
謝罪は受け取りました。そして私もあなたに謝罪しました。それは心からの本音、形だけでもなければ撤回もしない。
だけど、勘違いだけはしないで欲しい。
「私は、ツバル様を許す気はございません」
私が反省し、謝罪したのはあくまでルーナに対してのみ。
ツバル?心から大嫌いなままですけど何か?
「彼の発言の意図は分かりません、分かりたくもありません。ルーナ王子には申し訳ないと思いますが……私は、彼を許しません」
「……あぁ、分かっている」
怒っている訳ではない、ましてや憎んでいるとか恨んでいるなんて大袈裟過ぎる。きっとツバルが笑顔で話し掛けてきても私は笑顔で答えられる。内心で罵倒はするだろうけど、あの日の出来事を水に流した様に振る舞うなんて楽勝。
ただ許せないし、許さないだけ。私がツバルを心から嫌いなだけ。
ルーナにとっての大事な幼馴染みである事を重々承知だが、もしこの謝罪を受け取る事がツバルを許容する事に繋がったらルーナ込みで嫌いになってしまう。
「君にとってツバルは最低なのかもしれない。どんな理由も理屈も、あいつの言動を正当化は出来ないから」
ツバルが私に喧嘩を売ったのは、ただ私が嫌いだったから。もしくは年単位で過去なとある城での一幕を根に持っていたか。
どちらにしろ、私に非はない。両方売ってきたのはツバルで私は快く買い取っているだけで。返り討ちにしているとも言う。
「ただ俺にとって、ツバルは大切な幼馴染みなんだ」
だから嫌わないでとも、悪く言わないでとも、許してやってくれとも言わない。
ただ、私にとってどうであってもルーナにとって大切である事実は揺らがないというだけ。
「それはルーナ王子がお決めになる事です、私にとやかく言う権利はありません」
私だけではなく人の交友関係に口を出す権利は誰にもない。
自分の嫌いな人が好かれると、その人を好きだという人まで悪くいう者がいる。趣味が悪いだの騙されてるだの、性格が悪いから気が合うだの、類は友を呼ぶの曲解だ。いっそ清々しいほどに、自分にとっての悪が世界基準だと信じる人って意外と多い。
はい、私ですマリアベルです、ヒロインを周りから孤立させる時にその心理を利用してました。勉強は微妙なくせに悪知恵だけは素晴らしかったから。
「私の気持ちは、私だけの物です。今回の事も本来は私とツバル様の間だけで終わらせるべきでした……ルーナ王子の前で大切な幼馴染みを罵倒した、その事は本当に申し訳なく思います」
自分で言ってて、何とも上からな気がしてくる。でも他に言い様がないんだよなぁ……巻き込んだ事は申し訳ないって思ってるし、心から。
ただその気持ちはツバル相手だと完全消滅するだけで。
「そうか……」
「生意気を申しました」
「いや……ありがとう。マリアベル嬢の謝罪、確かに受け取った」
冷静に聞かなくても変な会話だと思う。お互いに謝罪しあって、でも肝心の当事者はいなくて、いても許さないけど。
最後はお礼で幕引きとは、私の謝罪は受け取ってもらえたので満足だけど。
用件は終わったけど、折角なので紅茶とお菓子を頂いてから帰りました。王子様の奢りで。
誘ったのは自分だからって何の躊躇もなく、ここべらぼうに高いですよ?何か支払い方法もサインをササっと書いて終了なやつで、これが王族かってちょっと感動してしまった。私も一応貴族ですけど中身は庶民派ですから。
あ、因みにこれが私の長期休み最後の思い出となりました。何となく辛かった、終わりよければ全て良しって言うけど、終わりが良くも悪くもない場合は何……普通って事なのだろうか。




