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第七十九話 恋バナはまだ早いようです。

 入学してまだ数ヵ月で、つまりは寮に入ってからも数ヵ月。あっという間だと思っていた月日だが、自分が思っていたよりも気を張っていたのかもしれない。


「やっぱり、実家が一番だなぁ」


 帰宅初日、ベッドに寝そべって無意識の内にそう呟いていた。

 寮も使い勝手は最高だし、何事に置いても至れり尽くせり。料理も文句なしに美味しく栄養バランスも完璧だ。寮生活も割りと気に入っていたのだが、やっぱり実家には敵わないらしい。

 優しい両親に、家族同然の使用人達。幼い頃から舌に馴染んだ料理は、寮の食事とは違った安心感がある。ケイトは休み前に言っていた通り、自宅の荒れ様に文句を言いながらおじさんと片付けに奮闘していた。

 

 休みに入ってまだ十日ほどだが、攻略対象と会う事もなく学園に入る前の様な日常は穏やかそのもの。

 唯一不満があるとすればパーティーへの参加頻度だが、プリメラが一緒になる事も多いので今の所問題ない。


 つい先日も、とある貴族主催の会場で会って、楽しくお喋りしたばかり。

 そしてその時、念願だったあの約束も。

 

「マリアちゃん、お友達よー」


「はい、今開けます!」


 お母様の声に部屋と自分の姿を確認してから扉を開けた。日頃から綺麗にしている……してもらっているから問題ないとは分かっていても、緊張してしまうのは仕方がない。


「いらっしゃい、二人とも。来てくれて嬉しいわ」


「ごきげんよう、マリアちゃん」


「お邪魔しまーす」


 何たって今日は、初めて女友達を家に招いた日なのだ。ケイトだって部屋に招く事はほとんどないし、まずあれを友達と括っていいものなのか。友達以上の幼馴染みはカテゴリに困る。


「それじゃあ、ゆっくりしていってね」


「ありがとう、お母様」


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 お母様を見送って、部屋に入った二人の反応は予想通り。


「広っ!」


 エルの発言に思わず懐かしい気分になる。

 私も昔は思ってたなー……今でもたまに広すぎないかという疑問は持つけど。家の大きさに比べると妥当な気がしてきて、毒されてる気はしなくもない。


「紅茶の用意は出来ているから座って」


 少し前にアンが用意してくれたティーセットを囲み、私の部屋の内装のせいか女子会というよりお茶会みたい。間違ってはいないんだけど……友達と遊ぶってだけなのに物々しい気がする。


「にしても、凄い家だね。想像以上というか、ぶっ飛びすぎというか」


「でもマリアちゃんには似合うね」


「あ、それは思った。豪華な感じがぴったり」


「全っ然、誉められている気がしないわ」


 ようはこの豪邸に似合う派手顔って事ですよね知ってる。帰って来てまず言われたのが当主様に似てきましたねだったから、会わなかった期間たった数ヵ月なのに!

 子供の成長って目覚ましいもんねー、お父様は好きだからリアクションに困る。嫌ではないけど、完成形に近付いてるって思うと複雑です。


「でもマリアの部屋は結構予想通りだったなー、分かりやすく派手じゃないけど良い物って感じ」


「シンプルで可愛いね」


 マリアベルを反面教師にしたせいか、私の趣向はシンプル。部屋に然り服に然り、機能性の方が大事だと思ってます。

 廊下や応接室、お父様の書斎とかは人の出入りもあるから、貴族として最低限飾って威厳の視覚化を取り入れてるけど。私の自室なんて家の人か私の友達くらいしか見ないし。


「家に行ったらマリアへの貴族感を再認識するのかと思ったけど……うん、マリアはマリアだったわ」


「逆に学園での方が頑張ってお嬢様してるわよ」


 家でくらい気を抜かせて下さい、疲れるんで。


「でもマリアちゃん、パーティーでも凄く堂々としてて綺麗なんだよ!学園とはまた違った感じでねー、注目の的なんだよ」


「え、ごめん身に覚えない」


 注目の的?何それ私知らないです、別の人の話じゃないの。

 でも本気で不思議がる私に、プリメラは楽しそう。この差はなんだ、同じ場所に参加していたはずなのに次元でも歪んだの?

 当人は興奮した様子でキラキラしたお目々がうっとりしてますが、プリメラ、お願い戻ってきて。


「マリアちゃんって凄く美人だし、偉そうにもしないし、挨拶も作法も完璧だし……黙って立ってる姿なんて絵画みたいなの」


「あー……確かに顔と所作は綺麗だもんなー」


 拷問か。こんなに絶賛されるって、どうしたのお金でも貰った?

 いやエルのは微妙な所だけど、顔と所作『は』って何。まるで内面は駄目みたいじゃんか、否定はしない。


「挨拶が他人行儀過ぎて話し掛け辛いらしいけどね」


「失礼な!」


 上げて落とすとか、いつの間にそんな手段使う様になったの!というか誰だそんな事吹き込んだのは、私のオアシスになんて事を。


「作法が完璧過ぎるからかな、お手本通りに見えるらしくて」


「それは……否定出来ないけど」


 私の持つ作法の技術と知識は、マリアベルを見て覚えた物をお手本に従って修正した物。経験値は低いのにステータスと使える技だけ増えたみたいな。

 使い所とか、応用の仕方とか、経験則が圧倒的に足りないせいでそう見えるのかもしれない。


「正直、疲れるから好きじゃないのよね。プリメラがいれば話していられて楽しいけれど」


「それは私もだよ。ああいう華やかな感じは……気疲れしちゃう」


 マリアベルはパーティーとか大好きだったけど、私はどうも性に合わない。令嬢としての務めだから行きたくないとは言わないけど、積極的に参加表明する気は全く無い。


「学園に戻るまでの辛抱ね」


 まぁ私は学園よりもパーティーの方がまだ安全なんですけどね。攻略対象が沢山いらっしゃる私的魔境なんで。

 三名ほどパーティーでも遭遇の可能性はあるが、お父様という最高最強の盾がある。例え話し掛けられてもお父様がいる前で滅多の事は言えまい。発揮されるのはとある一名に対してですけども。


「そういえばマリアちゃん、ハイネちゃんがお礼言ってたよ」


「ハイネ……?」


 どちら様でしょう?

 プリメラ私も知ってる体で話すって事はクラスメイトとかか、でも申し訳ないが私まだクラスメイトとの交流超少ないの。理由は、知りたくないですがどうせ顔だろ怖いんでしょうよ。


「合宿の時、肝試しのペアの事って言えば分かるらしいんだけど……」


「あぁあの子!分かったわ」


「おかげでいい方向に向かってるって、凄く喜んでたよ。直接は恥ずかしいらしくって」


「ふふ、良かった。どういたしましてと伝えてくれる?」


「うん、分かった」


 そっか、上手くいったのか、あの吊り橋効果作戦。可愛らしい青春に羨んだりもしたが、ちゃんといい結果に終わったならそれは嬉しい事だ。

 ハイネちゃん、婚約者と末永く幸せになるといいけど。


「トワの事、進展あったんだ?」


「みたいだよ。色々考え込んでたみたいだから」


「二人とも、知ってるの?」


「ハイネちゃんは手芸部だから」


「で、その婚約者のトワは陸上部。ハイネ、ずっとトワとの事気にしてたからさ」


 なんとまぁ、世間は狭いというか、学園内同学年ならこんな物かもしれない。私が極端に狭いだけで、部活もやってる二人は交遊関係もそれなりにあるだろう。


「婚約者なんて全然想像出来ないけどね」


「あたしもー。貴族じゃないから出来る予定もないし」


「婚約者どころか恋愛すらよく分かんないもんね」


 何か、女の子な会話だ。恋バナってやつ。残念ながら一人も話せる内容が無いらしいけれど。

 婚約者がいる子もいれば、初恋もまだな子だっている。私達の歳なら当然かも知れないが。

 正直、自分が誰かを好きになる姿を想像出来ない。

 マリアベルの失敗を目の当たりにしてきて、幸せな恋愛の踏み台みたいな立場だった訳で、自分が幸せになる側の未来が思い浮かばない。


「私も、全然分からないわ」


「だよねぇ……今はマリアちゃんとエルちゃんと三人でお話してる方が楽しいし」


「色気無いなー」


 笑う二人を、眩しく思う。

 今、こうして友達がいる事。それだけでも私にとっては充分奇跡で、恋なんて夢のまた夢、婚約者なんて遥か遠くの出来事。幸せな恋愛には憧れるけれど、これ以上を望んだらどちらも消えてしまいそうで。

 今の、この瞬間が続けば、それでいい気がした。



× × × ×



 空が赤く染まる夕焼けの時間。

 お母様が呼びに来るまで、部屋に差し込む光の色すら気が付かないくらいに、私達は夢中になってお喋りをしていた。

 毎日一緒の教室で授業を受けて、休憩時間もたまに休日だって話して遊んでたのに。話の種は尽きなくて、お菓子も紅茶も気付いたら空っぽだった。


「今日は楽しかったわ、また来てちょうだい」


「こちらこそ、お邪魔しました。紅茶もお菓子もご馳走さまでした」


「遅くまでありがとう、お邪魔しました」


「また、連絡するわ」


「うん!あ、お土産送るね」


「あたしも」


「えぇ、楽しみにしてる」


 門の前で迎えの車に乗り込んだ二人を見送って、真っ白になったこの先の予定をぼんやり思い出した。

 二人は旅行の予定があるらしいが、私は特に何の予定もなく。きっとこのままいつも通りケイトと遊んで終わるんだろう。

 別にその事が不満な訳ではないし、二人の土産話を楽しみにしていよう。


「おかえり、マリアちゃん」


「お母様、何かありましたか?」


 ただ門の前まで行っていただけなんだけど、広い敷地内はそれだけでも時間が掛かる。プリメラとエルを玄関で見送ってくれたからもう部屋に戻っているかと思っていたけど、まさか待っていてくれたとは……ごめんお母様、嫌な予感がします。


「マリアちゃんにお手紙が来てたの」


「手紙?」


 このタイミングという事は、プリメラとエルではない。さっきまで一緒にいたんだから。

 ただ寂しい事に、この二人を除外すると心当たりが全くない。いやケイトだって手紙をくれてもおかしくない間柄ですけど、同じ敷地内で手紙とか資源の無駄ですよね。

 じゃあ……誰だ。私にってなると嫌な相手しか思い浮かばないんですけど。

 ドキドキしながら、受け取った手紙の差出人を確認した。綺麗な字で書かれていたのは、予想外の名前。


「ネリエル……?」



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