第六話 ケイト・エイリス
お母様との交流に成功した私は順調に前進しています。
……なんて、言えたらよかったんですけどね。
せっかくの前進が無になりそうな予感にドキドキなマリアベルです。何故そんなプチ窮地に陥っているのかは後程、本日はそれよりも余程重要なイベントが待ち構えているのです。
「マリアちゃん、大丈夫?人が沢山いるから疲れてしまった?」
「いいえ、だいじょうぶですわ。お母様こそ、むりなさらないでね」
疲労と緊張で心臓が過剰運動しているのに母を気遣えた私を誰か誉めてくれ。表情筋が苦痛を訴えている。これぞ正しく筋肉痛、先人はよく言ったものだ。
何故私がこんな苦痛に耐えなければならないのか。多少の事であれば幼児の権限を駆使して回避しているのだが、今回はそうもいかない。
何故なら、今日の主役は、私だからだ。
「マリアベル様、おめでとうございます」
「もう四つ……子供の成長はあっという間ですね」
本日はテンペスト公爵家一人娘の生誕を祝うパーティ……つまり私の『お誕生会』だ。
規模が『お誕生会』なんて可愛らしい物でないのは、言わずもがな。四歳児の誕生日に両親、親族以外がわんさか……皆暇なのか。
誕生日なんてプレゼント貰えれば満足するのに、会まで開いて頂いて……始まって一時間とたっていないが既に帰りたいです。
美味しそうな料理やスイーツが目の前に並んでいるのに、ドレスに締め付けられた腹部は虫が鳴く隙間も無い。代わる代わるやって来る偉い人の挨拶は、どれも父に対する物なのに一応彼らの大義名分として両親の真ん中で笑ってなきゃいけない。
でも一番の帰りたいと思うのは、偉い人のご婦人方が来た時だ。
「マリアベル様は本当にご当主そっくりで、将来が楽しみですわ」
「えぇ、本当に……瞳の色もそうでしたら良かったのに」
そう言ったご婦人の目が見るのはお母様。その目が友好的で無い事は、馬鹿でも分かるだろう。私が本当の四歳児だったとしても嫌な雰囲気は感じとったはずだ。
お父様の写しの様に、私はお父様そっくりだ。成長につれて顔立ちは変化していく物だけど、私の記憶通りなら十年後には父親の冷たい美貌を存分に受け継いだ美少女が出来上がるだろう。
そんな私の唯一お母様に似た所が、パステルパープルの瞳の色。目付きはお父様似のせいでキツいけどね。お母様に似たかった。
多種多様な色彩が許容されるファンタジー世界でもパステルカラーは珍しいらしい。さっきからチクチク嫌味を言いに来る奥様方にはうってつけのネタだ。
私自身は父譲りの菫色の髪に合っているから気に入ってるんだけど。と言うか私からすればパステルカラーも青も緑も大差無い。
「…………」
「……お母様、だいじょうぶ?」
「えぇ、大丈夫よ……マリアちゃん、お腹は空いていない?ケーキもまだ食べていないでしょう?」
「へ……?」
「ご挨拶はお母様達がやっておくから、何か食べていらっしゃい」
いつもの穏やかな笑みは息を潜めて、ひきつった苦笑いは有無を言えない雰囲気があった。
多分まだ子供の私に大人の汚い部分を見せない様気を使ってくれたんだろう。そうでなければあの優しいお母様がこんな強制する様な物言いをする訳がない。
「……はい。わたくし、ケーキをたべてきます」
お母様を置いていくのは心配だが、私がいても何も出来ない。いや、むしろ私がいればお母様を貶めるネタを提供してしまう。
そう思うと私は抗う訳にもいかず、ただその場を離れるしかかなかった。
× × × ×
「……つかれた」
お母様に言われた通り、一通りパーティを回ってケーキやら何やらを食した私は……疲れ果てていた。
皆の目当てはお父様だと思ってはいたが、読みが甘かったらしい。
私の父、つまりテンペスト家当主アスタキルア公爵は公爵と言う身分だけで見ても上位貴族であり、テンペスト家のネームを合わせるとさらに上位……物凄く簡単に言うと国の二番手、王族の次に身分が高い。
もちろん色々な役職、状況を踏まえてれば変わって来るけど。私の知識じゃこれ以上の詳しい説明は無理なので諦めよう。つまりめちゃくちゃ凄い家、って事だ。
そして私はそんな家の一人娘、しかもご当主が溺愛する愛娘とくれば、誰もが特別視するだろう。いやはや迷惑。
しかも今の私は四歳児のガキだ。中身はともかく見た目は飴玉一個で落とせそうな幼女。
お父様は無理でも娘の私なら……なんて下心全開の大人達、そんな大人を親に持った子供達が次から次へ。人間不信になりそうだった。下心は隠してくれないと怖い。
やっと撒けたと安心できたのは人気の無い裏庭に来た時だった。
「おなかくるしいし足はいたいし……」
これが一年に一回……勘弁して欲しい。外交はよそでやれ。
「はやくおわらないかな……」
「何が?」
「っ……!!?」
デジャヴだ。
いやデジャヴュだっけデジャブだっけ?もうどれでもいいけど。つまりは既視感。あれれ前にも見た気がするなぁ、ってやつ。
あぁでも確かデジャヴって『一度も体験した事が無いのに、体験した事が有る様に感じる事』を言うんだよね。だったらこれはデジャヴでは無い。
誰もいないと油断していたら実は人がいた……前にも体験した事がありましたね。今度から『油断大敵』を座右の銘にしよう。
「きこえてる?」
「ききたくないけどきこえてます」
額に手をあて項垂れながら声の主を見ると、声の主は予想通り。
「またあなた……」
いつかの少年が、そこにいました。エンカウント率どうなってんの?普段はそんなに高くないのに一番会いたくない時に会うって一番嫌なパターン。
「おれの方が先にいた」
「そうですか……」
またしてもか。私が周り見てなさすぎなのか?いやいやこの子が影薄いんだろう。責任転嫁とか知らない。
「で、今日はなんでそんなに疲れてるの?今日ってきみのたんじょうびなんでしょ?」
「へ……な、なんで知って」
「マリアベルさまのたんじょうびだからってとうさんがはりきってた」
「………とうさん?」
背筋に嫌な汗が流れる。
口調がくだけていたから勝手に平民か、貴族だったとしても下位だと思っていたけど……もしかして結構良いとこの子だったりするのだろうか。私の誕生会に呼ばれているなら、まず平民では無いだろう。
だとしたら非常にマズイ。私一応お嬢様なので。
「入り口のアーチ、あと会場のおはなも。おれのとうさんがそだてたやつ」
「…………」
ん?アーチ?花?
「カイト・エイリス。にわしをしてるんだって、おれのとうさん」
「にわ、し……にわ……」
にわし、二鷲、鰯……?
いやいや違う、テンパりすぎだ。大丈夫私は冷静あいむくーる。
「にわし……って、おにわの手入れをしてくれている……?」
「それいがいにあるの?」
そうですね。でも『なに言ってんだこいつ』って目で見ないで欲しい。子供に馬鹿にされるって辛い。
「あ……だからあの日ばら園にいたのね」
「とうさんのしごとがおわるまでひまだったから」
なるほど納得。そして一安心。
今回も前回も、私は偽り無い本性を少年に露見している。裏表が無いと言えば聞こえは良いが、上流階級でそれをするのは自殺行為……馬鹿のする事だ。でなければ貴族のご子息ご令嬢が幼い頃から英才教育を受ける意味が無くなってくる。
私?私は過去五回の(マリアベルの)経験を活かして四歳児に求められる程度の礼儀作法は完璧だ。あくまで四歳児程度だけど……基礎は出来ている、と捉えている。ポジティブ大事。
「そう……えっと、少年は」
「けいと」
毛糸?え、編み物でもしたいの?
「ケイト・エイリス。五さいだからきみよりとしうえだよ」
「あ……そう、ですか」
正直五歳の子に歳上主張されてもピンと来ない。事実なんだけど……私の精神年齢を考慮してくれ。いや間違いなく事実なんだけどね?私は今日四歳になった訳だから間違いなくケイト君は歳上です。例え五歳でも、歳上です。
「ケイト、君は」
「ケイトでいいよ。いまさらけいごとかきもちわるい」
「……ではケイト、ここで何してるの?パーティにさんかしないの?」
「にわしの息子がさんかしたら色々いわれるから。当主さまは気にするなって言ってくれたけど、まわりの目がやだった」
ズバッと物言う子だな……同意するけど。
「きみこそ、しゅやくでしょ。こんな所で何してるの」
「……まわりのみなさんがいわってくれるのはありがたいけどうれしいかといわれればそうでもなくつかれの方がまさると言うか下心まんさいで来られると少々どころでなくうっとうしいと言うか」
「うっとうしかったから逃げて来たんだ」
人が必死に誤魔化してたのに、あっさり言ってのけたなこいつ。事実だけど、事実だけれど言わぬが花って言うじゃないか!……あれ、使い方あってる?
「だって、四さいになっただけでみんな大げさなんだもの。わたしにはもっとだいじなことが……」
「このあいだ言ってたこと?」
「……そう、ケイトのおかげでお母様とは仲良しになれたの、ありがとう」
「おれ、なんかしたっけ?」
「……わたしがありがとうって思ったから、それでいいのよ」
何か……マイペースな子だな。ペースが乱される、って言うか。五歳児って皆こうなの?私、同世代と交流できるかな……。
「でも、またあたらしくなやんでると言うか……」
「おかあさん?」
「ううん、お父様」