第七十四話 幼い友人
第一巻本日発売です!!
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安心から涙腺の崩壊した友人達には、真っ先に心配を掛けた事を謝った。擦り傷だらけのままだったからまず手当てをしてこいと怒られたけど。
今回の事は、私が道を間違えたせいで起こった事故にサーシアが巻き込まれたと説明した。地図が間違っていたかどうかは落ちた時に無くしてしまったので確かめ様がないし、私の不注意が原因である事には違いないのだから。
地図がどうこう言って犯人探しみたいになるのは避けたかったし、平民が貴族を怪我させたとなれば面倒な事が多いが逆になると色々緩くなるから。身分で差別はしなくても区別はする、世知辛いが世の中そんな物。
引率の救護担当の人に手当てをしてもらって、部屋に戻るとまずはシャワーで泥を落とした。どうせ着替えなきゃいけなかったし、怪我に沁みない様に、折角の手当てがほどけない様に気を付けて。どれも大した事なかったけど細かい傷が多かった。
浸かる事は勿論出来なかったけど髪も洗って、パジャマに着替えると丁度扉がコンコンと音を立てた。
「はい……?」
もう随分遅い時間なのに、誰だ。この時間にシャワー浴びてた私がいえた事じゃないけど、こっちは不可抗力です、泥だらけで就寝とか令嬢とか女の子以前の問題。
「マリアちゃん、起きてた……?」
「プリメラ?」
いつもより大分しょんぼりした声色だが、間違いない。
相手が分かれば躊躇う理由はなく、扉を開いたら立っていたのは一人ではなかった。
「エルまで、どうしたの?」
私と同じ様にパジャマに着替えた二人が、どちらも明るいとは言いがたい表情で。目と鼻は真っ赤だし、涙こそ出ていないが今にも泣きそうだ。
私を心配して、安心に泣いて、身も心も疲れただろうからもう寝ているとばかり思って話すのは明日にしようと思ったのだけど。
「……怪我、平気?」
「えぇ、ちょっと大袈裟に見えるけれどどれも擦り傷程度よ」
細かい傷を一個一個するよりも、ちょっと大袈裟だが包帯で大部分を保護する効率的だったので、私の足と腕は今ぐるぐる巻きにされている。魔法による防水機能のおかげでシャワーには困らなかった。
「学園に戻ったらもう一度見てもらう事になっているけれど、痕が残る心配もないはずよ」
本当にただの擦り傷だし、一応転げ落ちたのは事実だからちゃんとした検査は受けるけど。手当てをしてくれた先生も、大丈夫だとは思うけど念の為と言っていた。
「よかった……」
「心配をかけて、本当にごめんなさい」
心底安心したという様に、目に見えて肩の力を抜く二人に、その心労が自分のせいである事が申し訳ない。楽しい気分をここまで墜落させたのかと。
「それを気にして来てくれたの?」
「え、っと……それもあるんだけど……」
「……あの、さ」
さっきまでの暗い表情から、今度は少し困った様な……戸惑ってる、みたいな。二人でアイコンタクトをしたと思ったら、今まで唇をギュっと結んでいたエルが口を開いた。
気が付かなかったけど、エルがずっと黙っているなんて珍しい事だった。特別口数が多い訳じゃないけど、いつも率先して話すのはプリメラよりエルなのに。
「あの……今日、こっちで寝てもいい?」
「へ?」
「マリアは怪我してるし、本当は一人でゆっくりした方がいいんだろうけど……でも、何か……落ち着かなくて」
友達が、森へ入って帰ってこない。
それは私の想像以上に二人の心を傷付けていたらしい。考えてみれば当然で、もし逆の立場ならきっと私も同じ事をしていた。
無事に戻ってきたと分かっていても、姿が見えないと不安で仕方なくなる。無意味なたらればが頭を駆け巡って、もし見つかっていなかったら、もし怪我をしていたら、友人はここにいなかったかもしれないと。
「……ベッドが広くてよかった」
一人で寝るには大きすぎるが、女の子三人が寝るには丁度いい。
「私、友達と並んで寝るのに憧れてたのよ?」
「じゃあ……っ」
「どうぞ、入って。早く寝ないと明日置いていかれてしまうわ」
「っ、うん!」
「ありがとう、マリアちゃん」
広々としたベッドの上に三人で座って、まだ濡れている私の髪をプリメラが優しくタオルで拭いてくれる。ごしごし擦るんじゃなくて髪を傷付けない様に、水気をタオルに吸わせる感じで。寮に入る前、アンにやって貰ってたのと似てる。
出来る限りの湿気を取ってから温風で一気に乾かす。出来るだけ髪を下に引っ張る感じで、真っ直ぐに伸ばしたまま乾かすイメージ。そうするとボリュームが抑えられる……気がする。タオルドライはプリメラがやってくれたから、ドライヤーで乾かすのは自分でやりました。
プリメラって髪の毛触るの好きみたいね。私の髪は長いから余計に。
「マリアは真ん中!」
「え……私は端でいいわよ、落ちたら大変」
「それはこっちの台詞だよ、マリアちゃんは怪我してるんだから」
三人川の字でも余裕な広々としたベッドだが一応一人用、何より私の寝相が良いとは……断言できないんだよね見た事ないから。
蹴り落としたりとかしたら友情に亀裂入ったりしない?結構本気で。
「それにマリアちゃんが真ん中じゃないと来た意味ないもん」
「……分かった」
私が生み出す不安を解消したいなら私が二人の視界にいる事が重要で、二人はその為に来たのだから当然と言えば当然。
並び順が決まれば、後は寝るだけ。明日は帰宅するだけといえど起床時間は勿論きっちり決まっているのだから。
「それじゃ、お休みなさい」
「お休みなさい」
「おやすみー……」
エルなんかもうちょっと寝そうだし。ふわふわした声で挨拶したと思ったらそのまま寝息が聞こえてきた、お休み三秒羨ましい。
「プリメラ、そっちキツくない?布団ちゃんとある?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
私もエルもそんなに大きくないし、プリメラに関しては小さい方。それでも中学生が三人で寝てぎゅうぎゅう詰めにならないって凄すぎないか。しかもこれ本来なら私一人で使うはずだったからね。
本当、金持ちのこだわりとはよく分からん。
「……ごめんね」
「ん……?」
「突然押し掛ける様な事して。ちゃんと分かってるんだよ、マリアちゃんは無事だって……助かったんだって、分かってるの」
エルを起こさない様に背を向けて、向かい合ったプリメラは私の手を両手で握りしめた。いつも柔らかな雰囲気で、清楚って言葉がよく似合う彼女のイメージからは想像出来ないくらい強く、痛くはないけど血の巡りが悪くなりそう。
でもその強さがプリメラの不安を表している気がして、離してなんて言えなかった。
「でも、ダメなの……寝ようとすると、不安で、夢を見そうで。ううん、もしかしたらマリアちゃんはまだ森にいて、見つかったっていう方が夢なんじゃないかって」
「…………」
「良かった、本当に……ありがとう」
何に対するお礼なのか。見つかった事か、それとも大きな怪我が無かった事か、もしくは全ての恩恵に対する感謝なのか。
その言葉を最後に私の手を握る力が抜けて、穏やかな寝息が聞こえてきた。
そういえば二人とも随分泣いていたから、寝付きが良いと思ったエルももしかしたら疲れていたのかもしれない。
「ごめんね……」
きっと私は、普通の女の子よりも色々な物事に対する耐性がついている。勿論悪い方向への。正直、死ななきゃ安い。
今回の事だってきっと、周りが思うよりもずっと傷付いていない。森で遭難(仮)したのに、普通の令嬢なら……普通の子供ならトラウマになるレベルだと思うけど、きっと私は明日もう一度森へ入れといわれても平気で進んでしまえる。
ただ、彼女達の涙は、痛いと思う。
私を心配して、私の体と心を気遣って気を揉んで、姿を見ただけで泣いてしまうくらい不安にさせた。
「ありがとう」
申し訳ないと思うのに、何だか嬉しく思うのは私が歪んでいるからだろうか。
くすぐったいような、落ち着かないような、素直に受け取るには経験値が少なすぎる感情。沢山の結末を経ても尚、私には無縁だった関係性。
マリアベルには決して無かった、私が一から手に入れた大切な物に挟まれて、今日は良い夢が見られそうだ。




