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第七十二話 やっぱり環境は大切だよねって話

「……真っ暗な中に、光ったのが見えた」


 初めは、月明かりに反射したガラスかなにかだと思った。次は猫、狸、近所の飼い犬が逃げたとか。

 ビー玉みたいな丸い光が、二つ。人だと気付いた時は友達が戻って来たのかとも思った。


 結果は、どれも外れ。


「ここからはよく覚えてないけど……血走った目がギラギラ光ってたのはだけは覚えてる」

 

 大人だったのか子どもだったのか、性別も顔も、かち合ったはずの瞳の色すら思い出せない。それなのにあの暗闇に浮かぶ二つの光だけは忘れられなくて。


「後から聞いたら、その森に逃亡犯が潜んでたらしくてさ。俺が見たのもそいつだろうって」


 部屋から抜け出したサーシア達を心配して探しに来た大人達に気が付いて逃げていったらしいが、後少し遅ければ目が抉られていたらしい。

 記憶の再開は、俺を心配して泣きそうになっている家族の顔。次に叱る声、泣きじゃくりながら謝る友達。

 非日常の恐怖は強烈だったけれど、当事者のサーシアは記憶がすっぽり抜けている。覚えていない恐怖体験よりも、目の前で恐怖と懺悔に号泣している友達の方がずっと重要だった。

 大丈夫だよと笑って、衛兵への説明はお父さんがしてくれるからと家に帰って、自覚していた以上に疲れていたらしい体は柔らかい布団に包まれるとあっという間に眠りに落ちていた。


 大丈夫だと思っていた。周りの心配が過剰だと思ってしまうほど、楽観的に考えていた。

 覚えていない事ならば、不意に甦る記憶に怯える事もないだろうと。忘れてしまった事ならば、初めから大した事ではなかったのだろうと。

 自らに降り掛かった出来事を綺麗に忘れている事自体が異常なのだと、この時は微塵も思っていなかった。


「灯りを消したら眠れなくてさ」


 初めは、ほんの些細な変化と違和感。

 真っ暗な場所では眠れなくなって、暗い場所ではドキドキと鼓動が早くなり興奮したみたいに目が冴える様になった。

 その内部屋だけじゃなく廊下が暗いのも気になりだして、外でも段々暗くなっていく空に不安を覚える様になって。

 息が切れてしまいそうなくらい激しく動く心臓に、これは恐怖なのだと気付くまで時間はかからなかった。


「あの夜の事、本当は凄ぇ怖かったんだろうなって……怖いから忘れたんだって、気付いたら駄目だった」


 自覚してしまったら止まれない。

 気が付かなければ無痛の傷も、気が付いてしまえば突然ズキズキと痛み出す。恐怖という形で自己主張するトラウマを見て見ぬふりは出来なかった。


「暗い部屋も、空も、夜も、全部怖くて。あの目がどっかで俺を見てるんじゃないかって」


 襲われた事とか、目を抉られそうだったとか、覚えていない事実よりもずっとずっとサーシアの背筋を撫でるもの。

 血走った目に輝いていたのは間違いなく狂気だった。

 お父さんの怒りに満ちた物よりもずっと熱く、お母さんの諭す様な静けさよりもずっと冷たく。熱く煮えたぎって見えるのに、触れたら凍ってしまいそうなほど冷たげな双眸。

 光が人の生活に根付いているのと同じ様に、暗闇も切っても切れない大切な物だ。たとえ必死に逃げ回った所で太陽は沈むし空は毎日一定の時間暗いまま。

 暗所恐怖症、毎日必ず訪れる恐怖の時間のストレスは想像するだけで吐き気がする。

 耐えるしかない時間、ただひたすら光にだけ意識を向けてやり過ごす。瞼を閉じた先の暗闇すら不安で、意識が飛ぶまで灯りを眺め続けた事も少なくない。

 しかし月日が経てば慣れてくるもので、苦手意識も恐怖心も変わらないし暗闇は依然として恐ろしいが、いつの間にか灯りのついた部屋では寝られる様になったし日が落ちるタイミングも掴める様になった。


「でも、気付かれたのはマリアさんが初めてだよ」


 まだ日がある内に家に帰るようになっても、夜に家を抜け出す事がなくなっても、毎年やっていた肝試しに参加しなくなっても。

 誰一人として、気が付かなかったし気付かせなかったのに。


「……お友達は、気付かなかったの?」


「必死に隠したからねー。あの時の事は謝ってくれたし、気ぃ使わせるのもさ」


 サーシアのトラウマの切っ掛けを作ったのはあの日自らの嫉妬心を行動に移してしまった友人達だが、それはいつもの悪ふざけの一貫であって原因となったのは瞳の持ち主だ。謝罪を受け入れ、友人として変わらず交流をしていた相手に再び罪悪感を抱かせたくはなかったというのも理由の一つ。

 でも、それよりもサーシアの心にあったのは。


「それに……火炎魔法士の孫が、暗闇が怖いなんて」


 闇を明るく照らす炎を継ぐはずの人間が、暗闇を恐れて逃げるなんて出来ない。

 誰もが口を揃えて偉大だと讃える魔法士の孫が、その偉業を継ぐと信じられている自分が、暗がりに震えて縮こまるなんて。

 沢山の人の期待を裏切ってしまうのではないかというプレッシャーに押し潰された心は、弱さをさらけ出す事から逃げ出した。

 

「せっかく、期待してくれてるのに……応援、してくれてるのに、出来ないなんて言えないじゃん」


 苦しそうな、まるで断罪でもされているかの様に辛そうな表情は、サーシアの優しさからくる責任感の強さを感じさせる。凄いと思うけど、同時に可哀想だとも思った。

 世界一とまで唱われる強力な火炎の血脈は、当然同じ方向へと向かっているという先入観。実際にサーシアは火属性なんだけども。

 まだ学園にすら入っていないサーシアの属性が火だと疑わない辺り、周囲がどれだけサーシアに期待をしているのか窺える。


「まさか気付かれるなんてなー……しかも最初から」


 今回の肝試しを聞いた時も、隠せる自信があった。地図が間違っているなんて、しかもその先で魔物に遭遇するなんて思いもしなったけど、それまでは今まで通り隠せているのだと。

 

「ごめん、本当。俺、こんなで……期待を、裏切って」


 必死に隠して来た、サーシアの弱点。

 天才に降り注ぐ期待とはその天才が地に落ちるまで止む事がない。そして一度地に落ちれば、今まで讃えていた事が嘘かの様に泥々になった姿を指差して笑うだろう。過去、彼に恋をしながらその恐怖心に失望したマリアベルの様に。

 勿論そんな人間ばかりではない。むしろ少数派だろうし、本物の天才ならばそれすらはね除けて泥だらけになっても走り続けるのだと思う。地に落ちた所で、その気高さが損なわれる事はないのだから。

 しかし、サーシアは違う。勝手な期待、生まれもった環境が彼を天才に押し上げただけ。


「全く……馬鹿馬鹿しいわね」


 ビクリと、サーシアの肩が震えた。

 きっと彼にとってもっとも言われたくない言葉の一つだった事だろう。必死に隠して来た心の奥の傷跡はまだ癒えていないのに、その上から新たに傷付ける所業はかつてのマリアベルと何が違うのか。

 それでも、私は思ってしまったから。


「貴方に世界一を重ねる周りも、そんな幻想を期待だと言う貴方も」



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