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第七十話 トラブルメーカー

 地図では花畑の広がっているはずの木の前は、花どころか雑草すら生えていない。木の根に押し上げられてぼこぼことした地面は歩き辛そうで、綺麗なお花畑の影も形もなく、むしろ狼とかが住んでいそうな雰囲気を纏っている。


「何で……私、道を」


 間違えたのか。そう思って急いで地図を確認してみるけど、ここまでの道はほとんど一本道で間違い様がない。唯一の分かれ道もちゃんと左を選んだ。

 ちゃんと、地図通りに、進んだはず。


「……もしかして、地図が間違ってる?」


 あり得ない事じゃない。地図は見るからに手書きだし、恐らく書いたのは私と同学年の生徒。つまりまだ中学に上がったばかりの子供だ。

 先生が地図を確認していたとしても一枚だけで後はそれを複写したと判断するだろう。


「サーシア様、この地図って──」


「っ……ぇ、あ……何?」


 私の声に肩を震わせるサーシアの表情は、もう取り繕う事すら出来ないほどに強張っている。唯一口角だけは辛うじて上がっていても目の瞳孔は開いたまま。

 恐怖が、もう隠せていない。


「戻りましょう。道か、地図の間違いみたいなの……来た道を進めば平気だと思うから」


「あぁ……うん、そうだね」


 私の言葉に、ほっと息を吐く。無理をしすぎだと思う反面、彼の葛藤を知っている身としては複雑。

 申し訳ないが私にはどうにも出来ないので安易な慰めすら口には出来ないが、今は何よりも早く明るい合宿場に戻る事が先決だ。

 出来る事なら戻るまでにその力みすぎている表情筋も直っていると良いのだが。


 私は目印とは似て非なる大きな木に背を向けて、来た道への一歩を踏み出す……はずだった。


「え──」


 私の足が地面に付く前に、カサリと後ろで音が聞こえた。視線の先には目を大きく見開いて驚いているサーシアの顔があって、条件反射に近い形で私は振り返り……後悔する事になる。


 黒い塊。手足はあって、でも指は三本。風も吹いていないのに揺れる体は毛の様な何かに覆われている。目は、無い。鼻もない。でも口はあって薄く開いた中には白く尖った歯が見えた。例えるなら大きなトカゲのシルエット。

 口しかない黒い顔は真っ直ぐこちらを向いている。目がなくても見られていると分かるくらいに意識が私を捉えていた。


 人ではない。動物と、いってもいいのだろうか。

 生まれて初めて見る、個体名称も知らない、分かるのはその総称だけ。


「魔、物……?」


 教科書の記述とは少し違う所もあるけれど、あれが愛玩動物でない事くらい分かる。可愛らしさも美しさも無い、勇ましさに似た迫力も獅子のそれとはまるで違う。

 鼓動や呼吸と同じ様に一定の間隔で揺れる体も黒々光る色合いも、誘われるのは寒気を感じるほどの不気味さだ。


「何でここに……っ!」


 ここは合宿場の中で、森といえど生徒が肝試しの会場に出来るのだから安全は保証されてるはずの場所。

 でも私達は、本来のルートとは外れてしまっている。知らない内に捨てていた保証が必要になってくるなんて、こんな所で保証の重要性など再認識したくなかった。


「マリアさん、こっち……ッ」


「っ……」


 魔物の視線は……目がないから分かり辛いけど、視線が合っている感覚は間違っていないだろう。

 背を向けてはいけない、いきなり走り出してもいけない、視線を合わせたままゆっくりと後退するのが熊を遭遇した時の対処法だったはず。今回の相手に通じるかはともかくとして、回れ右で全力疾走が得策でない事くらいは理解していた。

 防御壁は正しく作動しているだろうけれど、何かの間違いで抜けられちゃいました、なんて洒落にならない。

 ゆっくりゆっくり、視線は前を向いたまま。

 緊迫した状況の中で、私は不意にある事を思い出した。昔よく、お母様から言われた事。

 ちゃんと前を見て歩きなさい。よそ見をしてはダメよ。


「あ……っ!」


 あなたは、よく転ぶんだから。 

 ケイトと走り回る度に転んだりぶつけたり、小さな傷を作って遊ぶ私にお母様は心配そうに言い聞かせていた。子供らしく遊んで安心させるつもりが逆効果だったのだと、言われた通り気を付ける様になった。

 今この瞬間まで忘れていたのに、タイミングが良いのか悪いのか。

 下を確認せずに後退していた私が大きく盛り上がった木の根に足を取られたと同時に思い出すなんて。


 とっさに手を付いたという事は、私の防衛本能は正しく働いていたという事だろう。

 問題はその手を付いた場所に、地面が無かったという事で。


「ッ──!?」


 片手はちゃんと土の感触が伝わってくるのにもう片方は空を切る。

 バランスの崩れた体は重力に抗う術を持たず簡単に流されて、気が付けば木の間から宙に放り出されていた。


「ちょ、嘘……っ!!」


 何が起こっているのか、どうしてこうなったのか。

 無意識で掴まる所を求め伸ばした手が空っぽである事を理解する前に、私の思考は音を立てて停止した。

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