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第六十五話 学習してください

「本当に素晴らしかったわ、生で見たくなっちゃった」


 娯楽の時間が終わり、夕食の食料調達ゲームを片手間に私は昂った気持ちを二人に話していた。

 内容は勿論、午前中に見たばかりの演劇。

 結末は、狼と赤ずきんは手を取り合い生きていくハッピーエンド。でもそれまでにはいくつも心を締め付ける様な展開があったし、ハッピーエンドと言えど何も失わない大団円ではなかった。私はそこがまた好きだったけれど。

 是非、シアター越しではなく実物を、生で見たい!


「うちの演劇は倍率高いぞー」


「カトレア様だけでも凄い人気だもんね」


 ……ですよね、分かってた。一緒に観ていた子達も皆感動して、泣いてる子も結構いたし。

 元々紳士的で憧れの眼差しを受けている演劇部の王子様だもんなー。私は何故か可愛がって頂いてるけど、カトレア様と話してるとあっちこっちから視線の矢が飛んでくるのにはもうなれてしまった。


「カトレア様も素晴らしかったけど……赤ずきん役の方も凄かったわ。本当に目が見えていないのかと思うくらい、舞台の淵に立つシーンなんかハラハラしちゃった」


 焦点が定まっていない感じとか、向かい合っているのにずれた視線とか、赤ずきんがはしゃいでいるのを見て身を案ずる狼のシーンはこちらも一緒にドキドキしていた。

 カトレア様の事ばかり耳にしていたけど……あの人は誰なんだろう。主演を任されるくらいだから三年?でもカトレア様は実力主義とか言ってたような。


「どんな方だったの?」


「金髪で、目は緑だったわ。大人っぽくて綺麗な方よ」


 顔立ちは大人びていて、三年生だと思うんだけど……見た目年齢は私と言う見本がいるのであてにならないんだよ。悪女顔って高確率で年齢不詳だけど、なんか老けて見える事多いよね。マリアベルも高校生には見えなかったし。


「金髪に緑の目……珍しくないから断定は出来ないけど、主演って事はクリスティン様だと思うよ」


「クリスティン……様?」


「演劇部で、凄く綺麗な人。うちの部にファンだって先輩がいてさ」


 エルの部、って事は陸上か。確かにあの人綺麗だし演技も上手いし、ファンを公言してる人がいても可笑しくない。カトレア様みたく部活が出来ちゃうパターンを思えば全然健全だ。


「でもマリアちゃんがそこまで言うなんて、私も見たくなって来ちゃった」


「確かに、珍しいよな」


「そうかしら?」


「マリアちゃん、何でも器用にこなせちゃう所あるし冷めにくいけど熱しにくい感じだから」


「あー……うん、否定はしないわ」


 一応高校生五回分経験豊富だし、何回か死んでるし、マリアベル自体のスペックも割りと高いし。器用貧乏なのも色々淡白なのも否定はしない。

 と言うか、死亡フラグがいつでも脳内にちらついてるからそこまで気持ちに余裕が無かったのもある。因みに現在進行形で余裕はございません。


「だからちょっと興味あるなって。マリアちゃんが熱弁しちゃうくらい凄い舞台」


「マリアは明日も観に行くんだよね?」


「えぇ、そのつもりだけど……」


「じゃあさ、あたし達も見に行こうか。こう言う機会でもないと見れないし」

「いいね!後で先生の所に言いに行こっか」


 何か二人で盛り上がってますけど、私置いてきぼりですか。結構当事者だと思うんだけど。

 いや、別に二人と一緒に劇を見るのは構わない、むしろ歓迎する。一人で見るのも楽しいけど、友達と同じ物を見て感想を言い合うのも楽しいと思う。ただ娯楽時間に何をするかは一応事前に決めている訳で、そんな突然『友達と一緒が良いので変えます!』って、女子か。女子だ。突然変更して先生に迷惑とか、道具の無駄とか……は、今さらか。予算の使い方ずぼらだもんな、金持ちは投資を惜しみませんし。

 これは……問題無いか。勝手に変えてるけどちゃんと先生には言うみたいだし、報連相はギリギリセーフって事で。

 なんか、私も随分毒されて来たなぁ……一応まだ堕落とかはしてないはずだけど、このままだと知らぬ間に足突っ込んでそうで怖いわ。


「あ、マリアちゃん!ポイント地点ここじゃない?」


「新しい問題あるし、間違いない」


 見つけた目印と、そこにあった新しい食材への道標を見て喜ぶ二人が私を手招く。本当に元気な二人だ。

 普段は教室でも静かだし、公共の場でのマナーもしっかりしてるし、高校生だったマリアベルよりも随分大人だと思ってるけど。

 こうやって行事に参加してはしゃいでる姿はやっぱり中学生だなー……なんて、私も中学生なんだけど。

 いつもはどうしても銀髪とか水色が頭を過るせいで心から流れに身を任せる事が出来ない。ある程度の慎重さはどっかに持ってないと足元が怖いから。勿論慎重を心掛けるのと実際出来ているかは別として。

 死亡フラグがほんの少し遠退いただけで、こんなにも体が軽いんだな。


「ここの食材はなんだったの?」


「えーっと……リーティア産フルーツ盛り合わせ、だって」


「量は稼げたけど、夕食には問題ありね」


 紙に書かれた絵と言葉を見て、三人とも眉間を寄せた後で次の問題に向かって笑いながら歩き出す。

 友人と笑い合って、一つの事を達成して、また笑って。今までの経験では無かった感覚、マリアベルのままだったら絶対に手に入らなかった物。ケイトは違う、グレイ先生とも違う、女友達と言う唯一のポジションはきっともう一つの特別だ。


 楽しくて、嬉しくて、軽くなった足取りは余裕を生むと同時に私から大事な感覚を失わせていった。

 何時もなら絶対に忘れない。もし同級生にツバルがいたら絶対に忘れなかった。

 私の近くにいる注意すべき人間がサーシアで、彼なら大丈夫だろうと。実際、彼に責任はない。


 強いて言うならば、そう……私の油断が招いた事だったんだと思う。




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