第六十四話 たまにはこんな非日常
見た目はログハウスの様で、合宿感は思っていた以上に出ている。ただ規模が異常過ぎるのは思った通り。建物だけでなく敷地の広さが、ゴルフ場かよ。
飛行船を降りて先生から軽い説明を聞いた後は荷ほどきの時間が設けられている。転移魔法で先に送った荷物はすでに個々の部屋へと運ばれているらしく、とことん楽が出来そうで何より。過保護は堕落の引き金になりかねないので慣れたくは無い所だけど。
「……ホテルかよ」
部屋に入った瞬間の私の第一声はこれだ。一人で良かった、心の声であるべき台詞がそのまま口から出てしまった。
でも、本当に、ホテルかここは。
私の実家も、寮も似たような物ではあるが、ここ合宿場だよ?毎日生活する自宅や寮とは訳が違う。下手したら年に一回しか活躍しない場所にお金かけ過ぎじゃない?
まだ十数年しか経って無いけど、百回位思ってる気がする……やっぱり人が使うのと自分で使うのとでは気分的に色々違います。あの時は学校の施設よりマリアベルの散財の方が問題だったしな。
「お、良い感じ……」
荷物を置いてベッドに腰を掛けると程好い弾力があって、柔らかすぎず固すぎず。枕は高すぎる気がしたが、高級な場所って往々にして使い勝手よりも見た目だ。マットレスは良さそうだし、全然構わん。
一通り内装を見て回ったら荷ほどきの時間は終わっていた。私の場合使う時に鞄から出せば良いと思ってるから、転移魔法で鞄が部屋に運ばれている時点でする事はない。
娯楽時間を過ごす為のシアタールームへ向かうべく、部屋に置かれた簡易の地図と少しの貴重品を持って部屋を出た。
× × × ×
演目は『赤ずきん』。と言っても童話のままではない。赤ずきんをモチーフにはしているが内容はほとんどオリジナルで、赤ずきんちゃんと狼の切ないラブストーリーだ。
勿論カトレア様が狼役。さすがだと思ったのと同時に王子様とかじゃないのかと意外だった。
後から知ったけど実際は王子様役を演じる事の方が多く、この『赤ずきん』の様に王子様以外を演じている作品の方が少ないらしい。
レアな方を見られてラッキーと思うべきか、最初は初心者向けから見たかったと嘆くべきか。
そんな事を思っている間に、室内が暗くなる。
明かりがついている内に用意されたお茶とお菓子を傍らに始まった映像は綺麗だけれど、ドラマの様に映像が移り変わることがなくずっと同じ場所から舞台全体を映していた。
まるで子供のお遊戯会を撮ったホームビデオを見ている気分になったけど、そんな物は一瞬。
『ねぇ、あなたの名前は?』
『……さぁ、当ててみなよ』
赤い頭巾を被った少女は、目が見えない。森の中にある家で暮らしている彼女は、ある日血の臭いを感じて外に出た。
そこにいたのは狩人から逃げてきた狼で、赤頭巾の少女は彼の手当てをした。
カトレア様を目的としていたけど、赤ずきん役の女の子も本当に目が見えていない様だ。赤い頭巾から覗く金髪が照明を浴びて美しく煌めいていて、ぼんやりとしている様に見えるのは演技なのだろう。
カトレア様も、いつもの穏やかな感じは微塵もなくて、それ所か女性である事さえ忘れそうなくらいに格好いい。全身を黒で纏め、耳と尻尾をつけている。元々身長も高いしスレンダーなモデル体型だから物凄く似合っている。
冷たげな態度、目線。それが和らいでいく過程。秘密によってすれ違い傷付く二人。
王道だけど古臭くなくて、ロマンチックだけど嘘臭くない。
役者の力か脚本が良いのか、もしくはその両方か。
気が付くと、私はスクリーンに映る世界の虜になっていた。




