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第六十一話 幸せな方のドキドキ

 グレイ先生に送ったお礼の品はその日中に届いたらしい。同じ敷地内にあるのだからある程度早く着く予想はしてたけど、私が給仕さんに頼んだの夕方だったのに。流石と言うかなんと言うか……これに慣れたら色々堕落しそう。もしくはとてつもなく面倒かつ迷惑なクレーマーになりそう。どっちも嫌すぎる。

 さらには朝、登校する前にグレイ先生からのお礼の手紙まで私に届いたし。規格外と言うか、私の常識外過ぎてつっこむのが面倒くさい。

 何事もなく届いて良かった、と言う感想だけでスルーしよう。この学園……と言うかこの世界に私と同じ常識を求めるべきではないのだ。大分前から知ってたけど。


 それに今日はちょっとしたイベントがある日だ。他の事を考えている暇はない。


「私、プリメラ、エル……三人だけで良いの?」


「エルちゃん、他に誘いたい人いる?」


「あたしは別に、二人は?」


「私も特には……」


「私も。まず誘える相手がいないわ」


 一枚の紙に三人の名前を書いてペンを置く。

 メンバーとだけ書かれて後は罫線すらもない紙は余白がまだまだたっぷりある。しかし申し訳ないがこれ以上書く事はない。

 友達とまったりお喋りを楽しんでいる様に映るだろう光景だが、今は本日最後の時間割りを消化中である。

 本来なら授業中であるはずの時間にこうしていつものメンバーで集まっているのは、今が自習……と言うよりこれが行うべき作業だから。


「じゃあこの三人で出してしまって良い?」


「うん、あんまり人が多くても連携取れないし」


 今月の下旬に新入生合宿と言って、毎年中等部の新入生は親睦を深めると言う名目で二泊三日の旅行に行く事になっている。高等部への進学は持ち上がりが前提なので態々行われない、中等部一年だけの特別な行事。

 合宿と言いながら説明とかしおり、場所のパンフレットを見ると避暑地に遊びに行くセレブにしか思えないけど。

 朝起きたらシェフが作った朝食、午前は色んな娯楽の中から選択した物を楽しみ、朝食同様シェフの昼食を食べ、午後には班に別れてレクリエーションタイム。これが二日間、三日目は昼食を食べて帰宅。

 部屋も一人部屋だし、本気でただの旅行でしかない。合宿要素どこいった。

 唯一合宿っぽのは班に別れてのレクリエーションタイム。夕食の食料を調達するために班で力を合わせて謎を解いたりちょっとしたゲームをしたりするらしい。普通は料理自体を自分達で協力して作らせる物だと思うけど……お嬢様にはこれが限界なんだろうな。

 詳しい内容はその時に聞かされるらしいが親睦を深めると言うコンセプトには合っていると思う。

 問題はその班を各自で、それも人数制限なく決めさせてる所ね。こう言うのって親睦のない人との親睦を深める物だろうに、各自でやらせたらすでに友達な人同士で固まるに決まってる。そして友達がいない人にはこれほどの地獄はない。

 自主性を重んじるってこう言う事じゃないよね、これはただの丸投げです。


「サーシャ、こっち入ってよ!」

「こっちのが人少ないから!」


 少なくとも隣の人はそんな心配は無用みたいですけど。むしろ誘われ過ぎて苦笑いが止まらない。


「……サーシャ君、大変そうだね」


「クラス別なのがまだ救いだな」


 すぐ隣で行われるサーシア略奪戦にプリメラもエルも気の毒そうに見守るが、これは長引きそう……誰を選んでも文句は少なからず出そうだし。

 それにサーシアの性格上断るって言うのが苦手だろうし、人気者も大変だねぇ。未だにクラス大半からマリアベル様と呼ばれている私とは大違いだ。

 ……羨ましくなんかない、断じてない。


「まぁサーシャなら何とかするでしょ。それより班が決まったなら持ち物チェックしようよ」


 興味が失せたのか、一番に視線を外したのはエルだった。プリメラはまだちょっと心配そうだったけど、結局自分に出来る事は無いと判断したらしい。エルが机に広げたしおりに意識を移して、楽しそうに話し始める。

 私は初めからほとんど興味がない、私に変な影響が無ければそれで。隣の席だからとか訳の分からん理由で同じ班になったりしたらどうしようかと思ったけど、杞憂に終わりそうで何より。

 何せ今まで色んなフラグが降り注いでますからね、勿論嫌な方の。サーシアはまだ良心的だからって気を抜いたらどうなるか……今回の合宿はサーシア以外の攻略キャラが絡んで来ない、私にとっては存分に心休まる環境で、折角プリメラやエルと言う心の許せる人との旅行(がっしゅく)だと言うのに。

 結構、楽しみなんだよね。今までの学校行事ってサボるか嫌がらせするかの二択だったから。


「二人はもう準備してんの?」


「まだだよ。合宿だし、服装に迷っちゃって」

「同じく」


 合宿とは言え九割旅行だし、泊まるのは並みのホテルより設備の整った学園所有の合宿場。辺り一面森と山で整備が行き届いていない場所も多々あるらしいが、自然がありのまま保持されていると考えればそれも避暑地の長所だろう。行くのは合宿なんだけどさ。

 一通りのアメニティは揃っているらしいから、私達は最低限の衣類と筆記用具さえあれば二泊三日を快適に過ごす事が出来る。シャンプーとか歯ブラシとかタオルとか、こだわってる人は持参も可らしいけど……私はいいかな。この学園の合宿場なら間違っても品質の悪い物は使っていないだろうし、リンスインシャンプーとかの心配もないだろう。あれ髪がギッシギシになるんだよね。

 持ち物は三日分の洋服と学校指定のジャージとパジャマくらいかな。私服可と言えど合宿だし、プリメラの言う通り動きやすさとかを考えると迷う所だ。


「じゃあさ、今度の休みにオズに買い物に行かない?足りない物とか、お菓子とか」


 何とも、旅行前の友達同士な会話。

 高校二年では修学旅行があるし、私五回経験してるのに何故だろうとても新鮮に感じる。あぁ、マリアベルもその取り巻きも買い物に『行く』んじゃなくて『来て』貰う人種だったからか。貴族内では普通の事かも知れないが、高校生が外商を呼びつける違和感だけはどうしても拭えなかったっけ。

 その辺、平民のエルの感性はとても安心出来る。小学校にも通っていたからこう言う時の行動は一番なれているだろうし。

 いやー、普通って素晴らしい!


「良いね!私新しいパジャマが欲しいんだ」


「新調するの?」


「うん、オズに家が使ってるお店の系列が入ってて」


 ……この辺はやっぱりお金持ちな感じがするけど、以前の派手な取り巻きを思えば余程健全。お金持ちの令嬢なのは事実だし。


「マリアも、良い?予定とかあったりする?」


「ううん、大丈夫。私も新しい服買おうかしら」


「マリアちゃん綺麗だから何でも似合うよね」


「いや、逆に体操着とか似合わないじゃん。顔が綺麗すぎて」


「ほめてるの?貶してるの?」


 和気藹々、打算の無い素を晒せる関係性が心地良い。

 ここにも、私がありのままでいられる場所が出来上がりつつある。

 サーシアの事さえ飲み込んでしまえるほど、合宿が楽しみだと思えた。

 その前にまずは週末のお買い物だけど……女友達と買い物行くの、初めてだな。どうしようちょっとドキドキだ。

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