第六十話 君への再確認
どうしよう。どうやって断ろう。
別にツバルが嫌いってバレた訳ではないんだけど……いや、バレても問題はないはずなんだ。人の好みはそれぞれなんだから、例え外面が素晴らしい相手であっても生理的に受け付けない人間は誰にだって存在する。
でも相手はツバルだし、目を付けられたらヒロイン関係じゃなくても死亡フラグにご案内される可能性が無くもないんだ、むしろ想像が楽勝過ぎる。
心の底から、常々思う、悪役令嬢にも攻略本をくれ。頼むから死亡フラグ回避のマニュアルを寄越せ!
「……マリア」
と言うか何で断る事を見越してくれてるのにこんな怖がらなきゃなんないの?
断るってバレてるなら迷う事なんかないじゃないか。荷が重いですとか適当な理由をつければそれで良い。カトレア様に対する後ろめたさは多少感じ無くもないが、元々カトレア様は生徒会の関係者じゃないんだし。
「マリア」
そうだよ、物は考えよう。ツバルとの遭遇で思考が混乱してたけど正常に考えたらこれはチャンスと言うもの。トーマ様は人手不足に困っていたみたいだけど、ユリウス様は入る事を期待していない訳だしハードルは低いと言って良い。
一度冷静になろう。考え過ぎて自分でも何がしたいのか分からなくなっている。そう言う時はいっそ考える事を放棄してしまうに限るのだ。特に私は元々考える事に向いていないのだから。
「マリア!」
「はい……っ!?」
「……それ以上進んだらぶつかる」
耳元で聞こえた私の名と、二の腕を掴んで行く手を阻んだ手に思考が浮上する。
ハッとした所でようやく自分が噴水に突っ込む一歩手前であったと気が付いた。このまま進んでいたら確実に石で出来た縁に膝をぶつけ、最悪そのまま水浸しになっていただろう。
「あ、ありがとう……」
「気を付けろよ。ここで怪我してもすぐには寮に戻れねぇんだから」
「うん、ごめん……」
ここは学園敷地内にある街『オズタウン』。日常の消耗品から食品、雑貨も装飾品も何でも揃う万能城郭都市である。
学生が不自由しないようにと完璧な設備を用意したんだろうかど……甘やかし過ぎも良くないと思う。通っている生徒の身分が身分だから文句は言わないけど。ゆるゆるにして誘拐でもされたら国際問題になりかねない。
それに今日はその店の多さ品揃えの多さ街の規模に助けられるのだから、文句ではなく感謝を述べるべきだろう。
「で、何を買うのかはもう決まってるの?」
「全然。考えては見たんだけど、男の人が貰って喜ぶ物って分からないのよね」
「だろうな……グレイ先生は大人だし、性別よりも年齢の差が問題だろ」
私達が……と言うか私が今日ここに来た目的は、グレイ先生に入学祝いで貰ったバレッタのお返しを探すためだ。
すでに一ヶ月ほど経ってはいるが、学園や寮に慣れるのに必死で買い物に出る暇など無かったんです。
結局こんなに日が経ってしまったけど……今日は授業も部活もない休日だからケイトに付き合って貰う事が出来たし、良しとしよう。
「身近な所だと……キルア様とか?」
「お父様?」
「マリアの身近な大人の男って言ったら」
「まぁ……そりゃそうだけど」
この上なく身近ではあるけど、イコール参考になるはまた別だろうよ。プレゼント関係は特に。
なんたって父親、しかも私を溺愛している。お父様なら例え私が道端の雑草をプレゼントしたって喜ぶだろう。
「お父様は……また特殊じゃない?」
「……確かに、そうだな」
流石、私の事もお父様の事もよく知っている。
私の脳内イメージが正しく伝わった様で何よりだ。
「……あ、それならオルセーヌさんは?あの人なら家族同然だけどキルア様みたいじゃないし」
「オルセーヌさんは……」
年上で、大人で、男性。三拍子揃ってるし、私に甘いがお父様ほどじゃない。家族同然だが、お父様の秘書と言うプラスアルファが良い意味で距離になっていると思う。
何よりオルセーヌさんにとって私は『主の娘』で『テンペスト家令嬢』だ。それはグレイ先生の中の私の存在ととてもよく似ていると思う。
完璧じゃない?後はオルセーヌさんが貰ってるプレゼントを思い出せば……。
「……ダメだ」
「え?」
「私、オルセーヌさんにプレゼントらしい物あげた事ない」
誕生日は毎回祝っていた。私が自分の判断で物が買える様になってからは、お世話になっているからとプレゼントを用意しようとした事だってある。
その時も今回の様に悩んで、結局本人に「何が欲しい」と聞きに行った。今思うと子供相手に素直な返答が返って来るはずないんだけど。
だからその時も、返って来たのは「お嬢様が健やかである事が一番のプレゼントです」と言われた。
毎年、毎年、私の健康や幸せをプレゼントに指定され、結局物体をプレゼント出来ぬまま私は学園へ入学した。
「お父様達は何か渡していたのかも知れないけど……私の前ではそう言うやり取りをしていた事がないから」
「まぁ……そうだよな。マリアの所は使用人との距離が近いから忘れそうになるけど、普通はまず使用人の誕生日を主の家が祝ったりしねぇし」
「そうなの?」
「俺が聞いた所は、な」
平民として小学校に通っていた時に聞いたのだろうか。もしくは学園に来てから他の貴族に聞いたのか。
どちらでも良いけど……確かに、私も使用人の誕生日を祝っている家を他に知らない。
私が友達も少なく他人との交流がないせいだと思っていたがそうではなかったらしい。
あれ……そうなると、もしかしてグレイ先生も受け取ってくれなかったりする?もう家庭教師でもないし、使用人でもないけど、グレイ先生は私にオルセーヌさんと似たような対応をするから。
お礼のつもりだけど、逆に迷惑だったりとか……。
「…………」
「マリア?」
「……やっぱり、止めた方が良いかな?」
「は?急にどうした」
「だって、欲しい物も見当がつかないし……下手な物ならあげても迷惑にならない?」
お節介や有り難迷惑と同じ、押し付けられる物ほど邪魔な物はない。相手を想う想わないに重きを置く者もいるが、そんな物は送る側のエゴだ。
要らない物を、それも感謝の名目で送られたら、私は正直困る。捨てれば済む事だけど罪悪感半端無いもん。
それならもう手紙か何かでお礼を伝えるだけに止めておく方が無難な気がしてきた。
「それはマリアが決める事だから、好きにすれば良いと思うけど……マリアは、それ貰った時嬉しかったんだろう?」
「え……えぇ、勿論」
ケイトが指したのは、今日も私の髪を華やかにしてくれているバレッタ。お気に入りで貰ってからほぼ毎日使っている。
「それを選ぶ時、グレイ先生だって同じ様に思ったかもしれない。向こうだって女の子の欲しがる物なんか専門外だろうし」
「それは……」
どうかなぁ……だってあの人一応プレイボーイ枠なんですよ。私やケイトに対する振る舞いは完全に気の良い兄ちゃんだし、私のゲームと違った行動が設定に影響している可能性は否定できないけど。
まぁでも、女好き設定が生きていたとして中学に上がったばかりの子は守備範囲外だろうからケイトの言う通りかも。
「でもグレイ先生はお前に渡す為にそれを選んで、お前はそれが嬉しかったから同じ様に何か送りたい。他に気にする事なんて無いと思うけど」
あっけらかんと、どこまでもマイペース。甘えてるなって思うけど、この関係性が心地良くて。
ケイトのそばは、いつだって呼吸がしやすい。
行き当たりばったりだとか、無鉄砲だとか、誉められてるのか貶されているのか……後者な気がする。
でも私は過去五周の体験で、肝は据わってるかもしれないけどビビりだし、二度とあんな恐怖を味わいたくないから出来るだけ慎重に行動したいとは思ってる。考えが結果に反映されているかは兎も角ね。
いつだって、私を大胆に無鉄砲に行き当たりばったりさせるのは、ケイトの存在だと思う。
気を張る必要が無くて、警戒も必要なくて、どこまでも楽でいられる。二の足を踏む私の背中を押してくれる。
きっとケイトに見えている私こそ本来の私なんだと思う。過去五周の体験がなく、初めから全自動なんてなかったら、なっていたであろう私。
「……やっぱり、ケイトと一緒でよかった」
「……何、急に。転けてないのに頭打った?」
「言葉可笑しいし失礼だからな」
思わぬタイミングでケイトの有り難みを再認識したけど……本人には絶対言わないでおこう、おちょくられるに決まってる。もしくはお化けでも見たような顔で気持ち悪がられるか。
「それじゃ、良さそうなお店片っ端から突撃するわよ!気を引き締めなさい!」
「ただのプレゼント選びなのに物騒過ぎるから。後ちゃんと前見て」
ぶつくさ言いながらも付き合ってくれる辺り、本当良くできた幼馴染みだ。
この後数件店を回って、最終的に万年筆を送る事にした。実用的だし、場所も取らないし、使い所が必ずある。貰って困る類いではないだろう。
何より、一目見た瞬間グレイ先生に似合うと思った。
月白のグラデーションの様なマーブルの様な神秘的な柄、光沢があり艶やかで瑞々しい質感が美しい。クリップとペン先の金色がグレイ先生の目に似てる気がして。
メッセージカードはお店で書かせて貰ったし、寮に帰ったらすぐ給仕さんに頼んで職員寮に届けて貰おう。




