第三十三話 私の守護神は絶対疫病神だ
一応、あの暴言から一ヶ月ほど経ちました。
とりあえず今のところは問題なし……と言う訳でもないが、とりあえずツバルからの連絡や接触はない。それに関しては胸を撫で下ろしている。今のところは、なので完璧に安心はできないけど。
気にしてもどうにもならないので一先ずツバルの事は脳内から省きます。下手に覚えておくと噂をすれば影みたいにどっかから出てきそうなのんだもん。
今はとにかく目の前の問題に集中しよう。
「マリアベル・テンペストです。初めまして」
「……ネリエル、です」
弱々しく返ってきた返事は攻略対象とは言え怯える必要性を感じない。むしろこいつ大丈夫かと心配になるくらいに小さくて、自己主張が苦手だと証明していた。
モスグリーンのふわふわした髪に分厚い眼鏡、裾の長い服から見える指先とかは白くて細い。私も大概白いけど、目の前の彼はそう言うのじゃなくて……なんか、病的な白さ。青白いと言い換えても良い。
見た目の弱々しさを強調する声と、挙動不審な態度。さっきから私を視界に入れては反らしてを繰り返している。
いや、別に失礼だーとか言うつもりはないです。むしろ私ここにいて良いの?帰ろうか?
彼が名乗った時点でお気付きだろうけど、一応ご説明を。
私は今攻略対象の一人、伯爵家の末子であるネリエル・ジュリアーノと共にいる。
しかも、彼の家の応接室に。
事の発端は、三日前に遡る。
× × × ×
その日、私はいつものようにリンダ先生の授業を受けた後ケイトを待つために薔薇園にいた。
いつも通り、もうすぐ帰ってくるかなーなんて思いながらぼんやりしていた時。
「マリアちゃん、ちょっと良いかしら?」
「お母様?」
正直に言おう、この時点で嫌な予感はあった。
お母様が薔薇園に私を尋ねてくるときは必ず私にとって嫌なことが起こる。勿論お母様のせいじゃないんだけどさ。
「どうしました?」
「うん、実はマリアちゃんにお客様が来ているのよ」
「私に……?」
この瞬間にかいた汗の量はヤバかった。冷や汗が吹き出して、背中とか額とか、一気に体温が下がったのを覚えてる。
今家に訪ねてくる、しかもお父様やお母様ではなく私を。
そんな相手、一人しかいないじゃないか。
「マリアちゃんとお話がしたいそうなの。応接室にお通ししたから来てもらえないかしら?」
「はい、分かりました」
平然を装ってたけど、内心逃亡計画を練りまくってました。ケイトが帰ってきてない事への八つ当たりもした。
骨は拾ってってお願いしたのに……!承諾はしてもらってないけど!
ぶつくさ文句を心に溜め込みながら、私はゆっくりとした足取りで応接室に向かった。
「お待たせしました」
「失礼しま……す?」
部屋に入って一礼。それは礼儀であり、一種の習慣でもある。だから室内にいる人を確認する前にそれを行ってしまう事も多々あって。
頭を上げた時に、想像していた人物と違う人が目の前にいたりすることも、実は少なくない。
でも今回は間違ってない自信があった。
だってこの時期に私を訪ねてくるなんて、どこかのヤンデル人だけだと思っていたから。
「マリアちゃん、ジュリアーノ伯爵の息子さん達よ」
「レイヴ・ジュリアーノです」
「同じく、イリアです」
しかしそこにいたのは想像していた水色ではなく、モスグリーンの髪をした二人の男性。
えーっと……どちらさま?
いや自己紹介はしてもらったし、この二人の名前は攻略対象並みに覚えてるけど……私を訪ねてきたのってこの人達なの?
ヤンデル人じゃないことを喜ぶべきなのか、攻略対象の関係者だった事を悲しむべきなのか判断に困る。
「すみません、突然お邪魔しまして」
「アポを取ろうと思ったのですが……父には内密なもので」
「いいえ、構いませんわ。ただキルア様はお仕事なのでお話は私が同席しても?」
「はい、勿論です」
さくさく話進んでるけど私全く着いていけてない。
そんなサラッと受け入れられませんよ。だって私、ネリエルルートではこの二人に冤罪吹っ掛けられてるからね?
ヒロインに対する名誉毀損とか傷害とか、実家のお金に手を付けたとか違法な手段で儲けてるとか。
……前半は事実だから否定しづらいけども。
「では、早速本題に……」
お母様と並んで彼らの前に座り、お母様が話を促した。
出来れば前言撤回して忙しいですって逃げ出したいけど、まぁ無理だわな。最近の私諦めが良くなってきてる気がする。
「実はマリアベル様に、我が家に来ていただきたいのです」
え、嫌です。
ごめん理由とか聞くべきかもしれないけどきっと聞いても嫌って言います。だって攻略対象の家とか敵地じゃん!そこに行くってどんな自殺行為。
「え、っと……それはどういう……?」
ほらお母様も困ってる!
十中八九私とは別の理由出たけど。家に来てくれ、なんて下手したらプロポーズになりかねないから。
そんな事になったら私は十歳なので、ロリコンはお断りですと丁重にお帰りいただきます。ロリコンってほど二人とも歳いってないけど。
「私達には歳の離れた弟がいるんです。マリアベル様の一つ下でネリエルと言うのですが……その、ずっと、部屋から出てこなくて」
「元々あまり外出を好まない性分ではあったのですが、歳を重ねる事に酷くなっていき、終にはルーナ王子の生誕記念パーティーまで行かず引きこもるようになってしまって」
それって結構重症だよね。私も招待状に名前が載っていたから、多分ジュリアーノ家に来た招待状にはネリエルの名前も記載されていたはず。
それに貴族にとってパーティーは大切な社交場で、子供にとっては様々なマナーを覚える大切な勉強の場だ。
王族の招待を無視した挙げ句、学びの機会を放棄するのはあまり得策ではない。
「理由は、分かっているのです。身内の事なので詳しい明言は避けたいのですが……」
「言いたくないことは無理しなくても大丈夫よ?」
「……すみません」
言い淀むレイヴさんにお母様も何か感付いたらしい。
私の方はすでに大方の見当は付いているけど、口には出さない。学習した、余計な事は言うまいと。
「それで、何とかネリエルに外に出てほしいんです。せめて社交界だけにでも」
深刻そうにレイヴさんは俯いた。イリアさんも両手を握り締めて眉根を寄せている。
二人とも、ネリエルの事をとても大切なんだな、心配なんだなと感じた。
でも……だからこそ分からない。
「そう……用件は分かったわ。でもそれなら、きちんとした大人の方にお話しすべきではない?何故家のマリアベルに……」
そうそこ。お母様の言う通り、ネリエルは結構重症みたいだから大人に相談した方が言いと思う。
ジュリアーノ侯爵がいるから難しいかもしれないけど……だとしても、私を呼んだところで解決にはならない。
と言うか、一応二人とも初対面だよね。私は過去の記憶によりそんな感じがしないけど、二人にとって私はただの幼い女の子のはず。
そんな相手に大事な弟任せていいのか?
「大人は、俺達には呼ぶ事が出来ないんです。父に知られると断られてしまうので……」
あぁ、一回やったのか。口調的に経験した後な感じがする。
「子供であれば俺達でも家に入れることが出来ますし、それにマリアベル様なら……」
私なら?いや私カウンセラーの資格とか持ってませんけど。
「あのタイガーソン家の令嬢──」
「やります、やらせてください!!」
レイヴさんの言葉をかき消すように大きな声で、両手をしっかりと上げて主張した。
突然の事でお母様も、レイヴさんとイリアさんもポカンとしてるけどそれどころじゃない。
レイヴさん……今何を言おうとしました?
タイガーソンとかおっしゃいました?
何、あなた私の恐怖記憶を思い出させに来たの?
こうして、私のジュリアーノ家訪問は決定した。
お二人が帰った後ケイトに八つ当たりしたのは言うまでもない。




