第二十九話 ヤンデレ策士絶許
結局その日が訪れたのは衝撃の通達から一週間後の事だった。
お父様とお母様二人ともがついてきてくれたけど、結局二人は途中で止められて今私は長い廊下を案内役の人と二人で歩いている。
誕生パーティーの時も思ったけど、こうして廊下を歩いているとこの城のでかさを痛感する。王様の城と自宅を比べて落ち込むような不相応な真似はしないが、落ち着かない事は確かだ。
挙動不審になりそうなのを堪えて進んでいくと、一つの部屋の前についた。
隣の部屋との距離がありすぎて部屋の内部が想像できない。恐ろしく広いことは確かだけど。
「マリアベル・テンペスト様をお連れしました」
「入れ」
中からの許しと共に案内役の人は「どうぞ」とだけ言って去っていった。
いやどうぞ、じゃないです。え、こっから私一人?王子様相手に?ほぼほぼ話したこと無いんですけど。
すっごく嫌だし緊張するけど……このままここに突っ立っている訳にもいかない。
意を決して、目の前の扉を開いた。
「お久しぶりです、ルーナ王子」
部屋に入ってすぐ、王子を認識するよりも先にスカートの裾を詰まんでお辞儀をした。先手必勝!……何かちょっと違う気もするけど。
久し振り、であってるよね。一応初対面じゃないし。
頭を上げると、王子は広い部屋ど真ん中に設置された応接セットに陣取っていた。
十歳にして完璧な造形美のイケメンが何をしていた様子もなく、ただソファーに座って今は私を凝視している。
頼むから何か言ってくれ、沈黙が怖い。
「……座れ」
「失礼致します」
沈黙からの命令。さすがは王子、堂々としてらっしゃるね。緊張で腹立つ余裕もないけど。
王子の言葉に従い、彼の前に腰を掛けた。ケイトとかとは全く違う緊張感、当たり前だけど。
あぁ胃が苦しい……食欲無くて朝食食べてきてないからなぁ。
「誕生パーティー以来か」
「そうですね」
「…………」
「…………」
会話、続かねぇ……!
でも話す内容なんて思い付かないよ。だってまだ二度目ましてだし、初めましての時も会話と言う会話はしてないし。
と言うか、近くで見ると本当に綺麗な顔してるな。
光を浴びて煌めく銀髪にサファイアの瞳、顔立ち自体は優しそうで柔らかな印象を抱かせる。一国の王位継承権を持つ者としても、少女マンガや乙女ゲームで容姿家柄能力三拍子揃ったモテの権化としても、彼は王子様の見本みたいな人だと思う。
性格については保証しかねるけどね。ヒロインを操るプレイヤーにとっては知らないけど、フラれて破滅か死の究極の二択を突き付けられる私からしたら容姿と家柄以外は認めない。大多数にとっては魅力的でも私にとってはただの恐怖対象です。
「突然の事で驚いたろう」
「それは、そうですね。全くそんなフラ……気配はありませんでしたし」
危なかった、フラグって言いそうになったよ。
「あぁ、俺も誕生パーティーの時点では何も知らされていなかったし、恐らく話自体出ていなかったはずだ」
え、そうなの?てっきり前からある程度話があったのたかと思ってたんだけど……誕生パーティーで対面したから話が進んだんだって。
でも王子の反応を見る限り、どうやらその予想は外れているらしい。
「あの……ではどうして?あのパーティーでも特別変わったことは……」
あったけど。うん、色々面倒なことがあったけどさ。でもあの事と私が王子の婚約者候補になるのはイコールしないと思う。
あれからフランシア様が罰されたと言う話は聞いていないし、お父様もお母様も何も聞いてこない。隠している可能性は否定できないけど……当事者である私に何の確認もしないはずは無いだろう。
つまりあの一件は王には伝わっていない、と言うことだ。なら王がわざわざ私を指名する理由は『僅か』から『皆無』になるし、王子自身が私を選ぶ理由もない。
なら何で、こんな面倒な事になったんだ。
「どうやらツバル……パーティーで俺と一緒にいた者が、父に進言したらしくてな」
あいつかああああ!!!!
ふざけんなよあのヤンデル男、私に何の恨みがある!
「とても素晴らしい令嬢だ、と。元々マリアベル嬢が優秀である事は伝え聞いていたので候補に入れても良いのではないか、と言うことになったそうだ」
「そう、ですか」
嬉しくない、誉められても全く、これっぽっちも、毛頭ほども嬉しくない。
そんなの絶対に確実に百パーセント裏があるに決まってる!最後に見たあの恐ろしく冷たい笑顔を思えば余計に!
「とは言え本来俺の婚約者は身分だけでなく、婚姻により結び付きを強めたい相手を選ぶべきだ。テンペスト家は確かに位としては申し分ないが昔からの縁で今更婚姻を結ばずとも問題ない」
口元だけは辛うじて笑顔を張り付けていたが内心はツバルに対する罵詈雑言で埋め尽くされていたが、ルーナ王子の発言に一瞬思考が停止した。
何か……私に都合の良い発言が聞こえた気がするんだけど。
「君は確かに候補者だが……あまり期待しないでもらいたい」
「え、と……つまり」
「君が正式な婚約者になる事はないだろう、と言うことだ」
ルーナ王子の誤魔化しの無いストレートな発言に、私は息を止めた。でないとこの場で叫んでしまいそうだったから。
やったー!!大歓迎です!!って。多分ガッツポーズもつくだろう。
「そ、そう……ですか、わかりました」
あぁ声が震える。力を入れていないと今すぐに口元がにやけてしまう。両手を握り締めて何とか気を引き締めようとするが上手くいかない。
だって、断ろうと思ってたけど難しいかもしれないって覚悟してたのに、まさか向こうから否定してくれるなんて!
ツバルに対する好感度がだだ下がった一方でルーナ王子の印象が上昇傾向を見せている。婚約は全力で遠慮するけど。
「仕方がありません、ご縁が無かったと言う事ですから」
「……すまない」
「謝らないでくださいな。ルーナ王子は何も悪くないでしょう?」
むしろありがとう。土下座して感謝したいくらいです、出来ないけど。




