第二十八話 波乱とか望んでない
やっと始まった実技の授業はとても楽しい物だった。
元々普通の勉強はつまらないから苦手だし、知らない事を知る方が楽しい。それがファンタジーの世界を実感できる魔法なんて夢の科目なら余計に。
まずは杖の先に花を咲かせる事から始まって、光らせたり、軽いものを動かしたり、何かに魔法をかけると言うよりは杖の使い方になれるって感じの内容だったけど、どれも自分でやるのは初めてで楽しかった。
マリアベルの中に居た時は見ているしか出来なかったし、それにマリアベルはあんまり魔法学に興味がなかったみたいで知識量は少ない。
まだ初心者マークも外れていない私だけど魔法が楽しくて仕方がないのに、マリアベルは何をしてたんだか。……あぁ、ヒロインに嫌がらせしてましたね。勉強しろよ。
魔法は楽しいし、今のところ攻略対象との関わりはグレイ先生のみ。ツバルやルーナ王子とはあの日以来会う事も無かった。
取り戻した平穏な日々。恐怖体験が嘘のように穏やかで、私はすっかり忘れていた。
災厄とは、忘れた頃にやってくるのだと言う事を。
× × × ×
それはある日の昼食中。
「……お父様、もう一度言ってくださいますか?」
「マリアベル、信じられないのは分かるがもうこれて四回目だ」
「もう一度、お願いします」
四回?それが何だ、こっちは人生六回目だぞ、前言撤回してくれるまで何度だって問い返してやる。
だって、あり得ない。なんでそんな急展開なの?どこにフラグあった?なかっただろふざけんな。
「これで最後だぞ……マリアベルが、ルーナ王子の婚約者候補に上がったそうだ」
「………」
何で待ってどうしたらそんな事になるの、あの時だってルーナ王子とはほとんど話してないんだよ?
何より、こんな展開ゲームでは一度もなかった。
本来私達がお互いをきちんと認識するのは同じ学園に通い始めてからで……いや確かに今まで何度もゲーム外の流れはあったけどグレイ先生の出会いとか。でもグレイ先生は結局ちゃんと学園へ行ったし……!
「でも、どうして急に……マリアちゃんの婚約者はまだ探していないはずでしょう?なのにわざわざ王子の候補に上がるなんて」
「あぁ、俺も驚いている。いくら王族に近しいとは言えこちらから打診した事も無いというのに」
お父様もお母様も突然の事態に驚いている様だった。お母様にベタ甘とは言え基本は冷静なお父様も今日ばかりは意図が把握できなくて戸惑っているらしい。
私?私はもう、一周回って思考が冷めてきている状態です。
「まだ候補の段階で、マリアベルの他にも何人かいるらしいが……ただ一度、マリアベルを連れてきて欲しいと言われていて」
どうする?と、視線で問いかけてくるお父様。
どうすると言われましても、むしろ拒否権あるんですか?相手は貴族じゃなくて王族だよ?しかも私を指名して。
誕生パーティーに私宛の招待状が届くのとは訳が違うでしょうよ。
「……行った方が、良いですよね」
行きたくないけど、これも貴族の宿命かとも思う。
どうしよう今冷静すぎて正常じゃない。多分正気に戻ってから悶絶しちゃうパターンだ。
スカートを握り締め、俯く。嫌で仕方ないけど諦めモードって感じだ。
嫌々ながらも、行くしかない……そう腹を括った時。
「行きたくないのなら無理しなくて良い」
「え……」
「候補は他にもいるんだ、マリアベルがいなくても支障は無いだろう」
そう言って、お父様は優しく笑った。
身分上、断るのが得策でないことくらい私にも分かる。同じ貴族ならまだしも相手は王族、それも王子様の縁談に纏わる大切な婚約者候補の話。
断れるとは思えない。相手側がどっちでも良いというスタンスならともかく、王族からお願いされてしまったらその『部下』たる貴族はそうそう断れない。
特にテンペスト家は歴史が古い分王族との関わりだって深いだろうし、まず簡単に断れるものじゃないよね。
「……行きます」
「嫌なら断って良いんだぞ?」
「いえ、行きます。行って、候補から外していただくよう話して参ります」
うん、それが良い。下手に断ってずるずる婚約者候補の肩書きが引っ付いてきたらそれこそ学園に入ってからのフラグが恐ろしい事になりかねない。
それなら行って、断ってしまった方が早いだろう。
大丈夫やけくそとかじゃない、ポジティブシンキングなだけ。あれ、日本語あってる?
「……分かった、日取りは決まり次第知らせよう。しかし本当に嫌になったら直前であろうと言うんだぞ?」
「はい」
いつになるかな……出来るなら、私の威勢が萎む前にお願いしたい。
あぁ、今から胃がキリキリしてきた……。